第8話 迷いの森で生き残った。
第8話
ナイトタウンの西端。
街のネオンが途切れた先には、薄暗い森が広がっている。
そもそも、ナイトタウンの周りには、街を囲むように森が広がっているのだが、西端の森は深く濃い霧に包まれている。
常に曇ったような空。
低く垂れ込める霧。
木々は細くねじれ、光を拒むように枝を絡ませている。
その中を、五つの足音が一定のリズムで進んでいた。
キーパーが先頭。 そのすぐ後ろにガンナー。やや遅れて、シーカーとハンマー。
最後尾を、気だるげにクラッシャーが歩く。
「ナイトタウンとサンライズヴィレッジの間には、この“緩衝森”があるらしい。」
シーカーが周囲を観察しながら口を開く。
「緩衝?」
ハンマーが槌を担ぎ直す。
「エリアとエリアの境界。こういう場所には、街からはぐれた生存者たちが盗賊団となって襲ってくる可能性も比較的高いと聞く。」
「まじかぁ。アタイは初めてナイトタウンの外に出るから、ちょっと緊張するや。」
ハンマーは肩を震わせる。
「まぁそもそも⋯今ある街だって、元からあったものなのか、先人の生存者たちが築き上げたものなのかも分かってないしね。」
クラッシャーが鼻で笑う。
「暇な奴らもいたもんだな〜。」
「森や荒野に放り出されるよりマシさ。」
垂れ下がる枝をかきわけながら、シーカーは続ける。
「サンライズヴィレッジについても、確かな情報はほとんど無い。ずいぶん前までは"Zoo"という派閥が仕切ってたそうなんだけど⋯。」
「今はいないのか?」
キーパーが前を向いたまま尋ねる。
「いや、彼らの名前は掲示板に残っているから、死んではないはずだ。だけど⋯」
「だけど?」
「突然、情報が遮断された。サンライズヴィレッジから出てくる人も極端に減ったらしい。」
ハンマーが目を丸くする。
「サンセットタウンみたいな感じなのかな。」
「時が止まった街はもういいよ!」
ケラケラと笑って茶化すクラッシャー。
「そこは分からない。」
シーカーは肩をすくめる。
「だがナイトタウンとは逆で、常に日が昇っているという話は聞いたことがある。」
「白夜、か。」
ガンナーが小さく呟く。
「そんなの眩しくて眠れないじゃん。」
「住民の目バキバキだったりしてな。」
クラッシャーが枝を蹴飛ばす。
「なんだってそんなところにアンサーの手がかりがあるってんだ?」
「それは⋯」
話していると、霧が一段と濃くなる。
足元の地面が湿っている。
どこかから、水滴の落ちる音。
そのときだった。
ガンナーの歩みが、わずかに止まり周囲を見渡す。
「……キーパー。」
「どうした。」
「視線を感じる。」
一同が黙り、空気が張り詰める。
キーパーがゆっくりと周囲を見渡す。
ハンマーも槌を構え、シーカーは耳を澄ます。
霧。木々。揺れない枝。
何もいない。
静寂だけが、森を満たしている。
「……気のせいかもしれないが、より慎重に進もう。」
ガンナーはそう言いつつ、銃にかけた指は外していなかった。
クラッシャーだけが、わずかに笑う。
「ふーん。」
その目だけは、霧の奥を見ている。
森は、何も語らない。
◆
進むにつれて、霧は濃くなる。
そして進むほどに、どこかから視線を感じる。今ではガンナーだけでなくキーパーやハンマーにもはっきりと分かるほど。
最初に異変を起こしたのは、地面だった。
ぬかるんだ土を踏みしめた瞬間、キーパーの足首に、ぬるりとした感触が絡みつく。
「――っ!」
反射的に足を引く。だが遅い。
土の中から、赤黒い蔓が弾けるように飛び出した。
同時に、霧の奥で“音”がする。
――ぱき、ぱき、ぱき。
木々が、連鎖的に軋んだ。
「来るぞ!」
ガンナーが叫ぶ。
霧の中から、まず一輪の花が開いた。
それは花と呼ぶにはあまりにも異様だった。
人の頭ほどもある巨大な蕾が一斉に裂け、内側から鋭い歯列のような花弁がむき出しになる。
――まるで食人花。
それを合図にするかのように、次々と蕾が現れては裂けていく。
数は、一つや二つではない。
それぞれの蕾から、歯だけでなく手のような触手も伸びる。
「うわああっ!?」
ハンマーの足元に、三つの花が同時に噛みつく。
ガンナーが即座に構え、撃ち抜く。
――轟。
閃光が貫き、一輪が消し飛ぶ。
だが、二発目を撃とうと構え直す一瞬の隙に、別の蔓がキーパーの背後から伸びた。
「チッ……!」
ガンナーは即座にキーパーの背後へ構え直すが、キーパーは振り向きざまに腕で受ける。
枝が槍のように突き刺さる。
衝撃は重い。だが、貫かれない。
「俺の方はいい!それより、ハンマーやシーカーを援護してくれ!」
キーパーは叫びながら、さらに二本の槍枝を身体で受け止める。
その言葉を聞いて、ガンナーは改めてハンマーの足元に絡みつく花弁を撃ち抜いた。
地面が蠢く。
木の幹が、ゆっくりと捻れる。
枝が、意思を持ったかのように四方から突き出される。
「アタイに任せろ!」
自由になったハンマーが跳ぶ。
巨大な槌が横薙ぎに振り抜かれ、木の幹ごと三本をまとめて叩き折る。
木片が飛び散り、食人花が押し潰される。
だが、森の強襲は止まらない。
一つ二つ折ろうとも、細い枝は無数に伸びてくる。
「キリがないな!」
シーカーが息を呑む。集中し、枝や花の動きを読む。だが、多すぎる。
ガンナーが再び照準を合わせる。
一閃。
――消滅。
だが、その間にガンナーの背後に蔦が伸び、獲物を絡め取ろうと襲いかかる。
「ガンナー!」
ガンナーが振り返るより早く、蔓が五本同時に襲いかかる。
キーパーはガンナーの背中に踏み込み、両腕を広げる。
「来い!」
衝撃が、全身を打つ。
枝が腕を締め上げ、花が肩に噛みつく。
だが、耐える。
「今だ!」
ガンナーが構える。
照準を合わせる、そのわずかな一瞬。
その間に、別方向から蔓が迫る。
「くっ……間に合わない!」
一体は確実に消せる。
だが、二体、三体と同時には対処できない。その間、さらに木々は襲いかかる。
「伏せて!」
ハンマーが再度槌を振り抜き薙ぎ倒していく。
「おい、くるぞ!」
キーパーの視線の先、霧の向こうで、さらに木々が揺れた。
森全体が、こちらを包囲しているようだ。
クラッシャーが小さな声で呟いた。
「へぇ……。」
その視線は、花や枝ではなく――地面のうねりを見ていた。
◆
キーパーが無数の枝を抑え、ハンマーが薙ぎ払い、ガンナーが花弁を撃ち抜く。
しかし止まらない。
さばききれず、ハンマーに細かな傷や疲労が見え始める。
「クソッ、私の銃撃じゃ⋯遅いッ!」
「……ちょっと聞いてくれ!」
声を上げたのはシーカーだった。皆、攻撃を受けながら耳を傾ける。
「闇雲に折っても無駄だ!」
彼の目の色が変わっている。
周囲の花弁、枝、蔓――それらの動きを一斉に観察し、動きを読んでいた。
「見ろ……!」
シーカーは一方向を指差した。
キーパーが次の一撃を受け止めながら叫ぶ。
「何が分かった!?」
「コイツラの根本は同じ方向からきている!」
全員が花弁の咲く蔦の奥、槍と化した枝の奥を見る。
確かに、よく見ると右から来た枝も、背後から伸びた蔓も、追っていけば同じ方向から伸びている。
「それに、攻撃してこない木々もある。森全体ってわけじゃない……これは一方向からの攻撃だ!」
シーカーが次に地面を指差す。
霧の下、ぬかるんだ土。
よく見れば、うねりがある。
太い根が地中を走り、 そこから枝分かれするように、細い根が四方へ伸び、枝になり蔓が伸びていた。
「中心がある……いや、“流れ”がある!」
ハンマーが槌を振るいながら叫ぶ。
「どういうこと!?」
「攻撃は、太い根から細い根へと伝播している!明らかに太い方が振動が強く、攻撃も早い!」
その間にも、蔓がキーパーの足元を絡め取る。
それは背後の幹へとつながり、幹はさらに奥の霧の中へと続いていた。
「逆だ!」
シーカーの声が森に響く。
「根の細い方へ進むんだ!」
一瞬、全員が理解に遅れる。
その間にも枝が迫る。
それらをキーパーが受け止める。
「先に行け!!」
ガンナーがキーパー周辺の枝を撃ち抜こうと構えるが、クラッシャーがガンナーの襟元を掴み、引っ張る。
「お前の銃撃一発程度じゃ無駄だ!アイツの耐えを無駄にすんな!」
「キーパーくん⋯!」
「俺は大丈夫だ!俺はーー耐える者だッ!!」
キーパーの眼力に圧され、シーカーは背を向け走る。
「行くぞ!細い方が末端だ!流れが弱い!」
走る方向に沿って、足元を這う根は細くなっていく。
シーカーが先導し、ハンマーとクラッシャーが着いていく。
だが、ガンナーだけは抵抗する。
「離せ!キーパーはどうするつもりだ!」
「仕方ねえだろ!とりあえず行くんだよ!"きっと大丈夫"だからよ!」
「きっととはなんだ!貴様見捨てる気か!!」
ガンナーは抵抗するが、振り払えない。
走り抜けていくと、わずかに勢いが落ちていく枝。
「いけるぞ……!」
シーカーの声に、確信が混じる。
「森全体が一つの生き物なら、血流と同じだ!」
「末端はこっちだ!こっちへ!」
三人は進路を変えながら走る。ガンナーも抵抗虚しく引っ張られる。
背後で、幹が大きく軋み、木々のざわめきが叫び声を上げる。
まるでーー怒号のように。
◆
走り続けると、枝の密度が急激に薄くなる。
足元を這っていた根が、細く、弱く、絡みつく力を失っていく。
「もう少しだ……!」
シーカーが息を切らしながら叫ぶ。
背後では、なおも木々が軋む。
だが先ほどまでの濁流のような連鎖ではない。
まるで血流を断たれた器官のように、動きが鈍くなっていく。
「抜けるよ!」
ハンマーが言うと、霧がふっと薄くなった。
次の一歩で、四人は森の外縁へと転がり出る。
霧と木々の隙間から薄く陽の光が差し込んでいる。
そこから先の木々は、襲ってこなかった。緑葉が優しく風に揺られている。
まるで境界線でもあるかのように。
四人は息を荒げながら振り返る。
濃霧の向こう。 枝がゆっくりと揺れ、やがて動きを止める。
キーパーの姿は――見えない。
「……」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「なにが“きっと大丈夫”だッ!!」
怒声が、空気を裂いた。
ガンナーがクラッシャーの胸を押し倒し、巨大な銃口を眉間に突きつける。
「キーパーは一人で残ったんだぞ!!」
銃を握る手が震えている。怒りだけではない。焦燥と、恐怖。
「お前が居たところで何になるってんだ?あぁ!?」
クラッシャーが言い返す。初めて聞くクラッシャーの大声に、シーカーとハンマーは少したじろいだ。
しかしガンナーは臆さない。
「私が撃ち続けていれば、キーパーも一緒に逃げられたかもしれないだろ!」
クラッシャーは銃口を突き付けられたまま、軽く息を吐き、いつもの表情に戻った。
「まぁ、落ち着けよ。」
「貴様ッ⋯落ち着けるか!!」
ガンナーの額がぶつかるほど近づく。
「貴様は見捨てたんだぞ!」
その言葉に、クラッシャーの目が、わずかに細くなる。
「見捨てた?違うな。」
その声は、いつもの口調のようで、軽さはない。
「信じたんだよ。お前はあいつのことを信じてないんだろ?」
「なんだと⋯ッ!?」
「アイツは耐えるさ。俺はお前より分かってる。」
「⋯ッ!」
一瞬、ガンナーが言葉を失う。
「……俺らが残ってたら、誰一人あの森を抜けられなかった。」
クラッシャーはガンナーの銃口を横にずらし、淡々と言う。
「いつまで経っても俺らを庇わなきゃなんねえ。」
「……」
「自覚しろよ。お前が残ってる限り、アイツは動けなかった。」
わずかに視線が森へ向く。
「アイツは、ああいう役だ。」
「役、だと……?」
ガンナーの瞳が怒りで燃える。
「仲間を役割で割り切るな!」
再び掴みかかろうとするガンナーを、後ろからハンマーが押さえて止める。シーカーはクラッシャーとガンナーの間に立つ。
「落ち着いてください!」
「割り切ってねえよ。」
クラッシャーは笑わずに、答える。
「それならお前の役割は何だ?
なぜ何もしなかった!?
お前の破壊の力で!周囲一帯を吹き飛ばせば良かっただろ!!」
ハンマーに抑え込まれながらも、ガンナーは止まらない。
「それじゃ全員まとめて破壊してお陀仏だろうが。」
クラッシャーは続ける。
「少なくとも、キーパーは死なねえ。」
断言だった。
「あの程度じゃな。そうだろ?」
その言葉に、ガンナーは言い返せなかった。怒りは収まらない。だが、キーパーはあの程度じゃ死なない。それには同意せざるを得ない。
「とりあえず、今は内輪揉めしている場合じゃない!」
シーカーは、メガネを押さえながら話す。
「キーパーくんは、僕たちに“進め”と言った!」
シーカーの声が震える。
「彼は耐える者だ。あの場で残ると決めたのは彼だ!」
ガンナーの呼吸は荒く、拳が震えている。
「……」
やがて、ゆっくりと手を下ろす。
「……戻る。」
小さく呟く。
「私は、戻る。」
森を睨む。
霧は静かだ。
何も起きていないかのように。
クラッシャーがぽつりと呟く。
「良いから信じて待とうぜ。アイツは抜けてくるって。」
ガンナーは銃を持ち上げ、クラッシャー達に背を向け森に向かう。
ハンマーはどうしたら良いかわからず涙目でガンナーとクラッシャーを交互に見る。
シーカーも、この押し問答に対する答えは探求できずにいた。
一瞬の静寂。
だがそのとき。森の奥から――
わずかに、枝が軋む音がした。
四人は同時に森を見る。
霧が揺れる。
そして――
ガンナーの表情が、ぱっと明るくなる。
音の主へ、駆け出した。
「心配かけたな。」
頬や額に浅い裂傷を負ったキーパーに、力いっぱい抱きついた。




