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2-2

「ああ、アンタがイチカのサイコな元カノ?」

 案の定というか、家主の学生くん(名前は聞いたその場で忘れた)は私を歓迎する気などサラサラないと言わんばかりに最初から若干喧嘩腰だった。その言葉に、そういえば私を最初にサイコパスと言い出したのはイツキだったな、と思い出す。

 宿代と称して学生くんがレポートで使う心理テストとやらに答えさせられたが、私はやっぱりサイコパス寄りのスコアを叩き出してしまったらしく、本人そっちのけでイツキと盛り上がっている。

「で、アンタ普段は何してるわけ?」

「潜伏殺人鬼」

 私は真顔で言い放つ。

 それからにっこり笑った。

「……………って言ったらどうする?」

 流石エリカ!というよくわからない賞賛と共に爆笑したのはイツキで、学生くんも笑ったが一瞬本気で顔を引き攣らせたのを私は見逃さなかった。

「…で、ホントのところは?」

「あー、エロ本作家」

 私の身もふたもない答えに、「官能小説家っていいなよ…」と何故かイツキの方が呆れた顔をした。

 この家でファックスのやりとりをさせてもらう以上、隠すのは無理があるだろう。そう思って私は事実を述べたまでである。

「人には言わないでね、マジで」

 バラしたら、それなりの報復はさせてもらうから。と、しっかり釘は刺しておく。

「報復って何する気よ」と、後にイツキに聞かれた。

「え?フツーに出版社とか弁護士通して告訴するって意味だけど」

「あーうん、そんなことだろうと思ったけど。エリカはサイコ()があるってだけで常識人だもんね、基本的には」

「基本的にはって」

「でも、絶対アイツ誤解したよ?多分、エリカの報復って言葉をすごいバイオレンスな意味で捉えてるよ?」

「だって、ガチでバラされたら困るし。最近の子って、人が寝てる隙に勝手に写真撮ってSNSで拡散するくらいのことはしそうじゃん」

 だからむしろ誤解大歓迎ですけど?と言えば、イツキは苦笑した。

「そんなことしないよ。相変わらずエリカは警戒心が強いというか何というか」

「でも嫌われてるのは事実でしょ?舐められたら何されるかわかんないし」

「別にエリカのこと嫌ってるとかじゃないと思うよ。アイツ、人見知りで慣れないうちは当たりが強いから。アレでも彼女には優しいんだよ」

「仮にも元カノの前でノロケか」

「なんとも思ってないくせにー」

 おっしゃる通り、なんとも思わないけども。

 イツキは多分、このまま彼の誤解を解く気はないんだろう。私たちのギスギスした空気感を面白がって、ただ成り行きを見るつもりに違いない。

「それにしても、エリカが小説家かあー」

「小説家なんて大それたものじゃないってば」

「本出してるんだから、もう小説家でしょ。今回ので何冊目?」

「7冊目」

「え、もうそんなに出してるの?よく続いてるね、エリカって飽きっぽいイメージだったのに」

「それは否定しないけど、そもそもアンタが向いてるって言ったんじゃない」

「え?そうだったっけ?」

 事実である。

 初対面の人間と楽しくしゃべれるので、一見コミュニケーション能力が高く見えても、長期的な人間関係を築くのは苦手(つまり、いつかハリボテは剥がれるということだ)。短期集中型の個人作業で結果を出し、報酬をもらう仕事が向いている。

 イツキは私にそんな分析をした。

 自分でも、世間一般の流れに乗って会社の終身雇用でOLをやっていくなんてありえないと思っていたところだった。

 イツキがゼミ仲間と作ったという「向いている職業分析アンケート」で「イラストレーター」「ライター」「小説家」と出たことに加え、人が好きそうな虚構のストーリーを作り出す才能に長けている自負はあったので、今の職業を見つけた時は天職だと思ったくらいだ。

 就職活動なんてハナから投げ出し、学生時代からアルバイトとして始めたキャバ嬢を続けながらテキトーにやっていくつもりだった私は、早速ネットで“体験談”を募集しているところに応募した。そこから徐々にステップアップして、書き上げた短編を出版社に売り込んだり、自分でオンラインで販売したりしているうちに、紙の書籍を本屋に並べられるまでになった。今では、こんな私にも「担当編集者」なるものがついている。

「まあ、イツキの占いのおかげで私は今の職を選んだわけだから、感謝はしてますよ」

「占いじゃなくて、心理学だってば」

 そのあとはイツキのネッキングにテキトーに付き合って、彼女が寝落ちしてしまうと私は1人でネットサーフィングをして過ごした。部屋が青白く明るさを増してくる頃にちょっと微睡んだ程度で、翌朝は案の定寝不足だった。

 枕が変わると眠れない、なんて繊細な性格ではないのだが、私は昔から他人がいる空間ではまともに眠ることができなかった。

 本来、私は一度眠ってしまうと眠りが深いタチだ。つまり、寝てる間に何かされても全く気づかない自信があるので、いろいろと“危険”だと思い常々警戒を怠らないようにしている。それに何より人に寝顔を見られるのが嫌だし、寝起きの顔を見られるのも嫌だった。モナさんの家でああもアッサリ眠れたのは、仕事で疲れ切っていたところが大きい。

 学校の合宿や修学旅行ではいつも最後まで起きていたものだ。「お腹が痛い」「みんなの寝言がうるさくて眠れない」「天井の木目が襲ってくる夢を見た」「みんながゾンビに変身して襲ってくる夢を見た」などと理由をつけて、別室を用意してもらったり救護室で寝かせてもらったりもした。

 私はすっかり日が上って明るくなった部屋でコンビニで買ったTシャツに着替えながら、イツキの無防備な寝顔を眺めた。

 イツキに関して言えば、最初の出会いこそ騙された形とはいえ、私が同性とは“できない”と言えば決して無理強いはしてこないくらいには常識がある。だから、彼女に何かされる心配は最初からしていなかったのだが。


「アンタさー、仕事で使うんなら自分で買えよ、コピー機くらい」

 コイツに関して私は決して油断するつもりはない。第一に男、第二に私より体格がいい、第三に私を快く思っていない。学生くんは、先程タバコを咥えながら部屋に入ってきたかと思うと、先にいた私に今気づいたという表情をしてから、わざとらしいくらいメンドくさそうにパッケージに戻してみせた。お前がいるから吸うのをやめてやったんだぞと言わんばかりだ。口に出して言わないのは昨日の脅しが効いているからだろう。唸り声をあげる“コピー機”(←ファックス機能付き)の前にいる私に対して、部屋の入り口から話しかけるという距離感から、それが伺える。

 ひょっとすると私が彼の大事なコピー機に、バラバラ殺人を働くと思われているのかもしれない。なんかコイツ、家電に名前つけて愛でるタイプに見えるし。

「なあ、これまでも仕事で必要になる度にイチイチ人からプリンター借りてたわけ?」

「まさか。自分で持ってたやつがあったけど丸焼けになったんだから仕方ないでしょ」

「丸焼けってなんだよ。プリンターの上で寝タバコでもしたのか?」

「違う。家ごと燃えてなくなった」

 はあ⁉︎と叫んだ学生くんはタバコをパッケージごと床に落とす。

「い、家燃えたって、それ大事件だろ⁉︎」

「実際、新聞に載ったし、テレビのニュースでも流れたしね」

「…待って。最近ニュースになった火事ってまさかアレか?部屋で焼身自殺した男のせいで木造のアパートが全焼したっていう」

「そうソレ」

「ウッソだろアンタよく無事だったな⁉︎結構夜も遅い時間だったのに」

「ていうか、イツ…イチカから何も聞いてないわけ?」

「いや、災害に遭って困ってるとしか」

「何そのアバウトな説明…」

 後にわかったことだが、火元になった男は焼身自殺をしようとしたわけではなかった。原因は料理の最中に起こった心臓発作。キッチンの上に取り付けてある収納棚からサラダ油と料理酒を取り出した、ちょうどそのタイミングだった。結果、彼はそれらの引火剤を火のついたガスコンロにぶっかけた上に自らも浴びた状態で昏倒。アレよアレよと火は燃え広がり、男自身も炎に包まれやがて部屋全体が…というのが事の真相らしい。名刺をくれた警察官が教えてくれた。

 死ぬなら人に迷惑をかけない形で死ね、とブリブリ腹を立てていた私も、流石にそれを聞いて死んだ男が気の毒になった。わざわざ花を手向けようとまでは思わないが、学生くんとイツキにはちゃんと真相を共有するくらいには。


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