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あとはとにかくひたすら出口を目指し、腕で泳ぐようにして傘をかき分け後ろに流す、を繰り返すこと複数回。ようやく長かった廊下を脱し玄関に降りられる、はずが不意に柔らかい何かに足を取られ急激に視界がブレる。転んだ。体を柔らかく分厚い布に受け止められる。そこ布は星形をして、玄関の床いっぱいに広がっている、その上を這うように進んでいくそしてついに外へと続くドアに指先が届くというところで、
「っく、あーははははは!つーかーまーえーたー‼︎」
凄まじい哄笑と共に左足首に手が掛かる。殺人鬼の手が。
右足でその手を蹴る。
彼はまるで意に介さない。
私の身体が引きずり戻される。
ねじ回しを振り回す。
ねじ回しが取り上げられる。
素手で殴りつける。
その手を捕まえられる。
反対の手で引っ掻く。
その手も捕まえられる。
両腕を頭上で一まとめにされる。
「っく、ふふ、暴れるねー、アキちゃん。でもだぁめ、逃しませーん」
鼻歌でも歌うような軽い口調とは裏腹に、無駄にデカくて重い体がのしかかってくる。
息が、詰まる。
「アキちゃんはさー、これから自分がどうなるかわかってる?具体的に」
殺人鬼が顔を近づけてくる。
「その辺をさー、始めにちゃんと説明してその場で色々見せてやる予定だったのに、アキちゃんてば目ェ合わせた瞬間逃げ出すんだもんな」
殺人鬼が何か喋っている。
「お前ホント逃げ足速いのな。おかげでいきなり追いかけっこになって段取り狂いまくりなんですけど。ま、それでも俺の方が速いしこうして捕まえたからもういいや。てかさー、ちゃんと見た?あの女の死体」
なるほど、先程パンパン鳴っていた謎の破裂音の正体はこれか…と、脳が理解するよりも先に、私の足が咄嗟に90度進行方向を変え、自室に向かっている。
「あーびっくりしたアキちゃんてば結構思い切った反撃してくれるねそれじゃあこっちも本気で行かせてもらおうかな!」
背中に投げかけられる声にもその内容にも、もはや私は何も思わない。ついに思考を捨てた本能が導くがまま、自室に逃げ込みカーテンの後ろに潜り込んだ。外にはリビングとも繋がっている、L字型のバルコニーがある。そこへ出るためのガラス戸は開けないまま、そこに映った私の顔を見つめた。
ニコ…と、笑ってみる。
部屋の暗さとも相まって、幽鬼のような、およそ人間らしさとはかけ離れた表情だった。
これでいい。これで、もう大丈夫だ。
「ぶはっ!何それアキちゃんそれで隠れたつもりなの?」
カーテン越しに殺人鬼が嘲笑混じりに吹き出すのが聞こえる。が、しかし、もはや無思考の境地に達している私には響かない。私はただ無言でカーテンを鷲掴みにすると、全体重をかけてぶら下がった。
ギィ、と金属の軋む音、続いてブチブチブチ!という音とともにカーテンがレールから引きちぎられ、布とレールを繋ぐ役割を果たしていた小さなフックの礫が飛び散る。
そして、
「は?何して、っうぶ!」引きちぎったカーテンを手に殺人鬼に突進、頭からソレをおっ被せ、反対側のカーテンも同じ要領で引きちぎる。ガシャン!と、今度はカーテンレールごと落ちてきて頭に当たる、が、もはや私は痛みを感じない。もがいている布の塊の上から、カーテンレールごと新たな布をバッサー!と追加で被せる。ついでに蹴りを数発入れ、ドテッと間抜けに倒れた布の塊を横目に今度こそ私は玄関へ向かう。
あとはとにかくひたすら出口を目指し、腕で泳ぐようにして傘をかき分け後ろに流す、を繰り返すこと複数回。ようやく長かった廊下を脱し玄関に降りられる、はずが不意に柔らかい何かに足を取られ急激に視界がブレる。転んだ。体を柔らかく分厚い布に受け止められる。そこ布は星形をして、玄関の床いっぱいに広がっている、その上を這うように進んでいくそしてついに外へと続くドアに指先が届くというところで、
「っく、あーははははは!つーかーまーえーたー‼︎」
凄まじい哄笑と共に左足首に手が掛かる。殺人鬼の手が。
右足でその手を蹴る。
彼はまるで意に介さない。
私の身体が引きずり戻される。
ねじ回しを振り回す。
ねじ回しが取り上げられる。
素手で殴りつける。
その手を捕まえられる。
反対の手で引っ掻く。
その手も捕まえられる。
両腕を頭上で一まとめにされる。
「っく、ふふ、暴れるねー、アキちゃん。でもだぁめ、逃しませーん」
鼻歌でも歌うような軽い口調とは裏腹に、無駄にデカくて重い体がのしかかってくる。
息が、詰まる。
「アキちゃんはさー、これから自分がどうなるかわかってる?具体的に」
殺人鬼が顔を近づけてくる。
「その辺をさー、始めにちゃんと説明してその場で色々見せてやる予定だったのに、アキちゃんてば目ェ合わせた瞬間逃げ出すんだもんな」
殺人鬼が何か喋っている。
「お前ホント逃げ足速いのな。おかげでいきなり追いかけっこになって段取り狂いまくりなんですけど。ま、それでも俺の方が速いしこうして捕まえたからもういいや。てかさー、ちゃんと見た?あの女の死体」
殺人鬼が喋り続けている。
「なあってば、聞いてる?見たんだろ?あの死体さー、首から上が無かったっしょ?」
殺人鬼が楽しそうに嗤う。
「ソレね、鍋にぶち込んで今煮込んでるとこ」
殺人鬼が
「は、」
今、なんて言った?
「あれ?何、もしかして料理してるって言ったの、嘘だとでも思ってた?心外だなー」
「りょうり、って、」衝撃によって生まれた疑問が、思考を取り戻す。
人間の思考を、取り戻す。
「んー?」
「料理って、人を…?」
「そうだよ?まあ、今の今まで材料を確保するのに忙しかったからー、アキちゃんの前でキッチンに立つのは初めてだねそういえば」
殺人鬼が事もなげに言う。
「まずはー、じっくり痛めつけて肉を柔らかくしてー、」
「いや」
「お腹を開いて内臓の色を確かめてー、」
「いや」
「首を切り離して上から順番に解体してー、」
「いや」
「鍋で煮込んで骨までしゃぶり尽くしてあげる、ってのがいつもの流れなんだけどー、」
「いや」
「アキちゃんってさ、目がすげえ綺麗なんだもん。初めて会った時から美味そうって思ってた」
だから、まずは目ね?と、殺人鬼が銀色の切先を涙袋に沿わせ狙いを定める。「いや‼︎」
痛いのは嫌だ死ぬのも嫌だこれから痛いのが死ぬまで続くだけなんてもっと嫌だ。
思考が悲鳴を上げる。
悲鳴が叫びとなって迸る。
「あ、コラ暴れんなよアキ狙いが逸れるだろうが!」
まるで私のワガママを嗜めるような物言いだった。万力のような力で顎を片手で掴まれ、あっさりと私は押さえ込まれた。
殺人鬼は満足気に獲物を見下ろす。
「ったく、手間かけさせやがって」
ハア…と彼が漏らした熱いため息に捕食者の興奮が滲む。
「ま、イキが良いのは大歓迎ってことで。
じゃ、いただきまーす」
もはや私は声すら出せず、ただ見上げる。
私に死をもたらす、強く美しい血塗れの死神を。
そして、死神は嗤いながら
ナイフを高く
振り上げて




