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「…ふう。すみません。ちょっと整理させてくださいね」
「はい」
そして仕切り直し、と言わんばかりに再び身を乗り出してくる安田さん。
「今は小説が書けない、とおっしゃいましたが」
「はい」
「でも、既に完結させた作品をお持ちという事ですか?」
「…まあ、はい」
「で、それが、本来の企画書のあらすじから大きく外れたものだと?」
「いえ、あらすじに関しては企画書ほぼそのままです」
「はい?え、あれ?企画書とはまるっきり違うものになったって、先程…」
「あー、その、私の言い方が悪かったです。というか、正直、企画書どころじゃないんですよ…このままじゃ小説として成立しない、というか」
「文章が破綻してるってことですか?」
「その……ジャンルが、ですね。官能小説ではなくなってしまったんです」
「はい?」
「端的にいうと、ギャグ路線にしてしまったというか」
「はい⁉︎ギャグ路線⁉︎」
「はい。なので、そうなるといくら企画書とあらすじが同じと言っても、趣旨がまるっきり違うものになってしまいますよね。しかも…」
「しかも…?」
「エロシーンを全然登場させないまま書き切ってしまったんですよ…」
要するに、今回私が書き上げてしまったモノはいわゆるコメディ小説であり、つまりそれは、官能小説家としてはあるまじき失態ということになるのだった。
官能小説だぞ。笑わせてどうする。
いや、コメディチックな場面が多少あっても良いだろうが、官能小説だぞ。
エロが書けなくてどうする、という話である。
そもそも官能小説とは、エロシーンがメインであり、ストーリーはそれを際立たせる為のものでしかない。究極のことを言えば、エロシーンを妄想して書き殴った後に、そのシチュエーションが成立する為の“辻褄合わせ”という形でストーリーを書けばいい。
私も昔はそういう書き方をしていた。
私が最初に挑戦した、エロい体験談(創作でも良し)やらショートショートやらを募集していたところでは、物語としての深さや文章力といったところは重視していなかった。
要するに、どれだけエロく書けるか、というのが最重要。
そして、官能小説は募集窓口によっては、ストーリーのテーマやキャラクターがある程度決められているところもある。例えば、「セレブで俺様系のキャラにベタ惚れされるロマンス」と言った具合に。
こうなってくると、自分で一からストーリーを考えなくていいので、頭を使うのはやはりエロシーンであり、そこから書き始めることになるわけだ。
そのうち出版社の方から短編小説を「依頼」されるようになったが、そのときも出版社の方からテーマを指定される形で書いていたので、ストーリーは後付けだった。
そこで書いた短編集を集めて本の形にして出してもらったのが、私の著書の記念すべき一冊目である。
しかし、長編を書くとなると、また話が違ってくる。
本を作るのにはお金がかかるものであり、そのお金を出すのは出版社だ。流れとしては、作者側がどういった小説を書くのかを資料にして提示し、その内容に出版社が納得してお金を出してもらう約束をし、出版に向けてそれぞれ仕事を進めていくことになる。
このとき、作者が出版社に提示する資料というのが企画書にあたる。企画書、というのはプロットとも言って、小説の骨組みとも言える起承転結大まかのあらすじである。
つまり、長編は結末までのストーリーをザッとあらかじめ考えた上で、書き始めることになる。これは作者側にもメリットはあるのだ。
長編を行き当たりばったりに筆任せに書くのは、正直一度やってみてキツイと思ったし、仕事が軌道に乗ってくると出版社側から最初に「企画書をください」と言われるようになって、どのみち作らざるを得なくなった。ハウツー本まで買って私なりにきちんと勉強し、最初に企画書を作ってから書くようになると、私としても楽だったのだ。
「今回の先生の企画は、珍しく現代物でしたよね」
「はい。たまには流行りからあえて外れてみようと思いまして」
というか、ぶっちゃけ飽きました。なんて、口が裂けても言わないけれど。
これまで私は、その出版社で今どんな感じの官能小説が出されているか事前に調査し、それに沿う形でストーリーを作っていた。
例えば今だと、これは官能小説以外でも言えることだが、異世界転生ものが大流行りだ。男性向けであれば、勇者やら騎士やらそれに準ずる立場に転生し、RPGの世界観で冒険を進めるうちに出てくる女という女に好かれるハーレムもの。
女性向けなら、悪役令嬢に転生し、そのままなら悲惨な結末を迎えてしまうことを避ける為にあれこれ奔走した結果、本来なら結ばれないキャラクターに見染められ溺愛される、というもの。
私としては一からストーリーを作りあげるのが面倒だったし、流行りものをお手本に細かい設定ちょこちょこ変えて、お決まりの展開をほんの少し捻ってしまえばアラ不思議!簡単に私のオリジナルストーリーに…というやり方は性に合っていたのだが。今作8冊目に至って生来の飽き性が発揮されてしまった。
そもそも私はRPGなんてやったことないし、異世界のお姫様に憧れる可愛げも持ち合わせていない。これまで要領の良さだけで需要に合わせたテーマで書いてきたものの、私の他にも作家さんはいるわけで。そして、流行りのテーマに関しては付け焼き刃の私よりはるかに知識&熱意を持って上手く書ける作家さんがそれなりにいるのだから、供給は間に合っているのだ。
というわけで、これからは異世界転生モノは読み専として楽しませてもらう所存である。
「とにかく、書き上げた物を一度読ませてもらっていいですか?あらすじはあらかた同じなんですよね」
「はい、一応印刷して持ってきてるんですけど」
「あ、じゃあ今から拝見します」
「…あの、結構字数、多いですよ…?」
「?はい」
「安田さん後あるんですよね?」
「ああ、大丈夫ですよ」
私が取り出した紙の束およそ100枚を安田さんは受け取るや否や、ものすごい勢いで読み始めた。目の動きがもう普通の人と違う。ほとんど瞬きをしない猛スピードでの上下運動である。原稿用紙一枚につき40字×40行×100枚で約16万字。彼女の今のペースだと、30分も有れば読み終わりそうだった。編集者すごい。
あまりの気迫に、邪魔をしてはいけないと思った私は黙ってチビチビとコーヒーを飲むに徹しようと決めた。
しかし、自分の作品を並々ならぬ集中力で読んでいる人間を前にして数分もたたないうちに、私の意識は目の前の現実から離れ、ここ最近の出来事の回想を始めた。
あらすじを膨らませキャラ描写を深堀し、怒涛のような勢いで今作を書き上げる事1ヶ月前。そこからいつもの流れでエロシーンを書き足せば良かったものを、一文字も進められなかったという、事実。
その原因について自分なりに仮説を立ててみるようと思ったのだ。自分なりに、と言っても何せ自分のことであるから自分で自己分析をして自分で解決方法を編み出し最終的には自分でなんとかしなければならないのだから当然だ、それを何だって「仮説を立ててみる」だなんて気取ったことを言っているのだ私は…………ともかく、それで原因究明をやってみた、その結果。
1つはまあ、有り体に言えば普段力を入れない部分にエネルギーを注いでしまって燃え尽きた、というのもので、これがほぼ有力なのだが、もう一つ。
蘭さんだ。
彼はここ最近、通販で何かを買い漁ってはコソコソと自分の部屋に持ち込み、1人でぶつぶつ喋り続けているかと思えばこちらが話しかけてもうわの空、かと思えば時折私の顔を窺っているような視線を感じて振り返るとヘラッと決まり悪げに笑顔を浮かべ、夜はなかなか布団に入って来ないから様子を見に行けば仕事部屋に灯がついている、といってもどうやら仕事をしているわけではないらしく、夜食を持っていけば妙に慌てて部屋の中を見られたくない素振りで私の前に立ちはだかって後ろ手で戸を閉める。




