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4-2

 もっとも、私は人殺しなんてハイリスクなことはしないけども。ああでも、ムカつく奴相手に脳内殺人ならしょっちゅうしてるな、それこそ連続殺人鬼並みに。

「ねえアキちゃんってばアキちゃんはああいう悪い男が好みなの⁉︎ねえねえアキちゃ「落ち着けってば!」ギャン!」

 思わず頭をはたいたら蘭さんは子犬のような鳴き声を上げた。少々力加減を誤ったかもしれない。しかし、こちらもガックンガックン揺らされて悪酔いしているみたいに気分が悪くなったんだからおあいこだ。

 実は私は、アルコールを少しでも飲むとすぐに世界が回りだすくらい酔いやすい体質で、缶チューハイでも2本目あたりから気持ち悪くなるタイプである。私が気持ちよく酔えるのは、せいぜい度数3%の350mlくらいまでだ。そのくせ、いつかは身体が慣れてくれるだろうと定期的に許容量オーバーで飲んでは、悪酔いしているのだから、我ながら自分の負けず嫌いには呆れる。

「気持ち悪い…」と呻く私の背中を慌てて摩ってくれた蘭さんだが、その後、件の映画の主人公を巡って軽い口論になった。

 どうも彼は、主人公をあたかも実在の人物として捉えているようなフシがある。いや、頭ではフィクションだということくらい理解はしているのだろうが。まあ、あの映画は、本当に実在した殺人鬼を話の中で登場させているところも、売りの一つだろう。それが、あの物語によりリアリティを与えている。蘭さんはそんな映画の生々しさに“やられた”のだろうが、一方私は、世間で言うところのいわゆる“推し”として、映画の主人公にハマったのだ。

 それに、仮にあの映画に続きがあるとすれば、主人公はこの先もヒロインを殺したりしないだろうと、私は思っていたりする(蘭さんとはこの部分でも考え方が違った)。

「映画の途中でもその伏線はあったでしょ?」

「ええ…?口封じの為にあの子を追いかけて来たとしか思えないけど。だって、アイツにナイフを向けられて助かった唯一の生き証人なわけだし」

「そうかな。主人公は、やっぱりヒロインのことが好きだったんだと思うけど。彼なりに」

「まさかあ。長い間一緒にいて、自分の本性を知られちゃった相手だよ?殺す一択に決まってる」

 怖がっている割にはシビアな意見だ。

「でも実際、サイコパスと一緒に過ごして、普通に生き残った人間はいるらしいよ。あの映画が史実だったとすれば、ヒロインもその中の1人になってたんじゃないかな」

 確か、実の娘までも惨殺しておいて、奥さんには手も上げなかった実在の殺人鬼の話が出てきていたはず。他にも、殺人鬼の恋人として一緒に暮らし、彼を怪しみながらも最後まで殺されなかった女性もいたという。それが世間でいうところの“愛”…だなんて綺麗な言葉を当てはめられるかと言われると、ちょっと違う気もするが。“執着”という言葉の方がしっくりくる。

 殺してそこで終わりにしてしまうよりは、そばに置いておきたい。

 自分なりに大切に扱うことで、相手からの気持ちがこちらに向いてくれれば、なお良い。

 そんな感覚だったんじゃないか。

 私も普通の人間とは違う、化け物(サイコパス)よりの思考でもって、そう思うのだ。

 まあ、そんな共感(と言えるのかはわからない。なんせサイコパスは共感能力がないものらしいので)と併せて、俳優の演技力の高さが何よりも評価ポイントだ。イケメンだし。綺麗なものが好き、という単純な()()もまた私だ。

 それにしても。

「あんなヤツがカッコいいだなんて、全ッ然理解できない」

 今回の蘭さんは妙に突っかかってくる。映画に出てくる登場人物や演じた俳優を、私が「カッコいい」と褒めることくらい今まで何度もあった。その度に少々嫉妬の片鱗を見せていた蘭さんだが、今日は特にしつこい気がした。

「アキちゃんは、ああいう強引でオレ様な感じが好きなの?」

「オレ様って」

 …なるほど。他者に共感できない化け物(サイコパス)は、いつも自分が中心な行動をするから、普通の人間からすれば“オレ様な感じ”になるわけか。そんなふうに見えるもんなんだな、と私が感心していると、蘭さんはむすっと顔でさらに言い募った。

「ねえアキちゃん、僕のこと好き?」

「うん」

「ホントに、ちゃんと好き?」

「“ちゃんと”とは」

「…わかんないけど。とにかく、アキちゃんは、ホントに、心から僕のこと好き?」

「じゃなきゃ一緒に暮らさないってば」

「…僕もアキちゃんのこと好きだよ」

「うん」

「ちゃんと好きだよ」

「ありがと」

 そこから、しがみつくヒトデ男を引っ剥がして夕飯の支度に取り掛かるまで、15分かかった。

 もしかすると、仕事で何か嫌なことがあったのかもしれない。キッチンに立ちながら、私は彼の態度をそう分析した。

 食事は基本、外食か出前だが、そうでない時は私が作ることになっている。

「料理ができる」というほど大層な腕ではないのだが、私は数年前になんとなく買った、スープばかりのレシピ本にハマって作りまくっていた時期があり、多少は自炊ができる。残念ながら、レシピ本そのものは火事で焼けてしまったが、本の内容は一通り頭に入っていた。

 とはいえ、時々開いて眺めるのも好きだったから、また買い直そうと思っている。

 ちなみに今私が作っているのは、スープにアレンジを加え、ソースとして使うパスタである。蘭さんが好きなメニューだ。

 案の定、彼はすっかり機嫌を直し、いつものように口周りをめいいっぱい汚しながら満足そうに食べていた。


 後にして思えば、私はこの時の蘭さんの言動に、もう少し注意を払っておくべきだった。

 あるいは。

 この日以降に始まった、彼の密かで奇妙な行動を、「同居しているとはいえ彼にもプライベートがあるんだしな」なんて、流すべきではなかった。

 疑問を持った時点で、ある程度追及しておくべきだったのだ。



 その日、打ち合わせに現れた担当編集の安田さんは、珍しくスカートを履いていた。それも、派手なオレンジ色のものを。

「おしゃれですね」と言うと、「この後、娘と娘の友達の家でパーティーをするんですよ」と安田さんは苦笑した。

「へえ、お誕生日パーティーですか?」

「いえ、ハロウィンパーティーですよ」

「え?あ、そうか。今日は31日でしたね。道理で、平日なのに若者が多いと思いました」

「先生だって若者じゃないですか。…まあ、そんなわけですから、少しでもハロウィンらしい格好をと思いまして」

「ああ、カボチャの色」

「はい。流石にこの歳で仮装はちょっと。…この辺りも、これから夜に向けて若者の仮装行列で凄いことになりそうですよね」

 腕時計を見ながら安田さんはそう言って、「で」と向かいの席から乗り出した。

「お話、というのは?」

 打ち合わせといっても、今回は私が自ら相談という名目で彼女を呼び出した形になる。私が今すぐ伝えたいことがある、と、無理に時間を作ってもらった以上、話は明確&簡潔にこちらから切り出さなければならない。

「実は……ちょっと今、小説が書けなくなっておりまして」

「スランプってことですか?」

「…はい」

「なるほど」

 冷静な安田さんは、事態をさらりと受け止めた。

「今の時点で私から言えることは、まあ、気分転換でもオススメするくらいですかね」

「はあ」

「これまでかなりのペースで書いてもらってますし、一度筆を置いてもらって、お休みなさってはどうでしょう」

「お休み…ですか」

「そうですねー、先生の執筆ペースだと…ひと月くらいは大丈夫だと思いますよ。ぶっちゃけ次回作に関しては、締め切りまでまだまだ余裕ありますから。前に提出してくださった企画書、かなりしっかりした内容でしたし、お休みを取った後に、ゆっくりじっくり詰めていけば良いと思いますけど」

「……それが」

「はい」

「書いているうちに、内容が、企画とはまるっきり変わってしまって」

「なるほど。別に、今から企画書の内容を変更したっていいんですよ?」

「それは…ありがとうございます」

「ちなみに、今の時点でどこまで書けてるんですか?」

「…それが」

「はい」

「完結してしまって」

「はい?」

「でも全然書けてないんですよ」

「……え、あの、ちょっと待ってください」

 そこで頼んだコーヒーが2人分運ばれてきて、話は中断した。安田さんは、自分のコーヒーにミルクを加えた上でさらに角砂糖を5つ放り込んだ。見てるだけで胸焼けしそうなソレをグビグビ飲み、深呼吸する安田さん。

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