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「じゃじゃーん‼︎どうよコレ?」
突然だが、帰宅したら家主が星人間になっていた。
何を言っているのかわからないかもしれないが、私も何が起こっているのかわからない。
「アキちゃんおかえりー」と、扉を開けた途端真っ白な何かを着込んだ蘭さんに抱きしめられたのである。
暖かい大きな身体が離れて彼の全体像が見えたとき、私は思考停止した。
「あれ?アキちゃん?どうしたの?おーい」
星の角?の部分が顔面の前でヒラヒラと振られる。どうやら柔らかいボワのような素材を思わせるそれは、正面は真っ白で無地だが、後ろは青い布で出来ていて、赤い星柄が模様として入っている。
「蘭さん…それ、何…?」
「何って、着ぐるみだよ」
「着ぐるみ」
「そう。かわいいでしょ」
とんがった頭を揺らしながらにこにこする蘭さんin☆。
さて、着ぐるみといえば皆が真っ先に思い浮かべるのはクマではないだろうか。グリズリーだとか、ツキノワグマだとか、現実の生き物として見れば「かわいさ」とは程遠いのに、何故か着ぐるみのモチーフとして定番となる動物である。
他にも着ぐるみといえばウサギだとか、はたまたネコだとかイヌだとか、まあ人によって異論もあることだろう。が、とにかくモフモフの毛がある動物を思い浮かべるのは共通だと思われるし、この私もその感覚は人と同じだ。
しかし、ここでも予想の斜め上の発想をするのがこの早見蘭という男なのだった。
「…色々言いたいことはあるんだけど、何でまた星の着ぐるみをチョイスしたの?」
「星?ちがうちがう、これはヒトデだよ」
「ヒトデ」
「うん」
「またマニアックな」
「そうかな?」
「そうだよ。そのへんの、ほら、クマとかウサギとか、もっと身近な動物がいるじゃん」
「?ヒトデだって動物だよ?」
「そうだけども」
「日本の海にもたくさんいるよ?」
「…そうだけども」
そういうことじゃない。
これで本人には奇をてらったつもりは微塵もないところがまた…と私は思わず遠い目をしてしまう。
というか、そもそも、何故突然着ぐるみなのか。今は9月で、ハロウィンの仮装にしたって気が早すぎる。それに何より暑いだろうと私が言うと、蘭さんは部屋の中でしか着ないから大丈夫だという。
「…あー、じゃあ、ヒトデになって渋谷を練り歩こうとか、そういう話じゃないんだ?」
「仮装じゃないよぉ」と笑われて、でも、だったらますます何なんだという話になる。
蘭さんはモコモコの手で私を引いてリビングに連れて来ると、そのままテレビの正面に壁を背にしてどかっと座り込んだ。そして、なぜかやたらキラキラした目で私を見ながらそれはもう自信ありげに己の膝を叩いてみせる。
おいでの合図だ。
素直に従って彼の膝の上に座り込むと、「ね?座り心地いいでしょ?」と蘭さんは言いながら私のお腹をホールドした。
「アキちゃんがさ、前に僕がリビングで座ってる時の姿勢を気にしてくれたでしょ?」
「え?あ、ああ、テレビ買いに行った時の」
「僕、やっぱりこうしてテレビ見る時もずっとアキちゃんとくっついていたいからさ。コレ、布が分厚くて中綿もたっぷり詰まってるから、背中もお尻も絶対痛くならないし」
「……そう。私とくっついてても暑くないの?」
「エアコン効かせとけば大丈夫!これならアキちゃんのクッションがわりにもなるし、一石二鳥だよね。悩んで悩んで通販で色々探したかいがあったよ」
お前はそんなことで2ヶ月間も悩み続けたんかい。で、2ヶ月間、悩み続けて出した結論がヒトデの着ぐるみかい。
まったく、アホの子の思考回路というのは摩訶不思議である。
「あ、そういえばアキちゃんも何か通販で買ったでしょ?ポストに届いてたよ」
差し出された平べったい袋を受け取ろうとするも、何故か避けられる。一度渡そうとしておいてどういうつもりなんだ。
「ちょっと、」
「おかえりのキスがまだだった」
んー、とヒトデ男が甘えるように喉を鳴らしながらキスをねだる。その絵面に思わず噴き出し、珍しく私から積極的に唇をくっつけみた。
喜ぶ蘭さんを尻目に、彼の手から掻っ攫った袋を早速開ける。
中身は私が待ちに待った映画のDVD &Blu-rayだった。随分前にこの家で蘭さんと一緒に金曜ロードショーで観て、その後は動画サービスでも繰り返し観て、ついにはDVDまで買ってしまった。
こんなことは私史上初めてのことだ。
自分でも驚くぐらい、その映画に“ハマって”しまったのである。
「アキちゃん、それ…」
蘭さんは私の手にあるものを見て、引き攣った顔をした。無理もない。
映画の内容というのは、シリアルキラーが主人公のサスペンスだった。蘭さんの苦手なグロいシーンが多々ある。私の苦手な不意打ちシーンに至っては、言わずもがな。しかし、この映画の見どころである心理描写の深さや、ヒロインvs殺人鬼の頭脳戦が、そのマイナス点を補ってさらにプラスにしていた。
映画は最初、主人公の幼少期から始まり、少年期までは彼視点で物語が進む。その頃から彼は普段は大人しいのに突然攻撃的になったり、動物を殺したりとサイコパスの片鱗を見せていたわけだが、実際に人を手に掛けたかどうかは曖昧なまま、物語中盤で視点がヒロインに交代。舞台は突然大学になる。
そしてこのヒロインが、最近巷で起こっている連続殺人の犯人は大学で出会った自分の彼氏(主人公)ではないか、と勘づくのである。大学では犯罪心理学専攻のヒロインは、アメリカで過去に実在したシリアルキラーの傾向を学びながら、主人公への疑いを深めていく。
最後はベタといえばベタなヒロインと殺人鬼の追いかけっこな訳だが、最後の最後で主人公はヒロインを手に掛けることを躊躇う。振り下ろしたナイフはヒロインから逸れ、彼はそんな己の行動に戸惑いながらも、自分から一生離れるな自分に自分だけに従順であれと彼女に迫る。
「僕、もう怖くて結末まで見れなかったんだけど、結局どうなるんだっけ?」
「蘭さんずっと私にしがみついて顔も上げなかったもんね」
「だって女の子がひたすら可哀想で。みんなの前ではカッコよくて人気者でも、ホントは中身が冷たいボーイフレンドでさ。そんな奴を理解しようと色々頑張ってた超健気な子だったのに」
「でも、だから主人公も彼女を殺さなかったのかもよ」
「え⁉︎あの子って最後助かったの⁉︎」
結局、2人は膠着状態で押し問答を続けた挙句、ヒロインがあらかじめ通報していた警察が駆けつけ主人公は逮捕されるのである。
ヒロインは助かったものの、物語はこれで終わらず、不穏な余韻を残した結末を迎えることとなる。
取調べを受けた主人公は、一連の事件にがんとして否認を続ける。その様子がいかにも誠実で無垢な好青年なように見えるのと、彼の実家が金持ちだったこともあって腕の良い弁護士がついた挙句、裁判は数年にわたって二転三転し決着がつかないまま。しまいには主人公を釈放せよとの運動を起こすファンまでつき、世間を騒がせることとなるのだが、一方ヒロインはそうした騒ぎからすっぱり距離を置き、田舎で新たな生活をスタートしていた。精神的ショックから声を失ったヒロインが、周囲の支えもあって、ようやく笑顔を取り戻した頃。
彼女の住む家の隣に、新たな住人がやってくるのである。ラストシーンでは、ヒロインをカーテンの隙間から見つめる目だけが映され、曲のない静かなエンドロールが流れる…。「ホラーじゃん‼︎‼︎」
怖っ‼︎‼︎とめいいっぱい叫んで、ヒトデの身体をよじらせる蘭さん。
「ホラーじゃないよ、サスペンスだよ」
「どちらにせよ怖いから‼︎」
「やーホント、あの俳優さんの演技力が光ってると思うわ」
「だから怖いんだよ本物の殺人鬼みたいで‼︎」
「まさに怪演!って感じでカッコいいよね」
「カッコいい⁉︎何言ってんの⁉︎」
「…ねえちょっとうるさい耳元でやめて」
悲鳴のような声を上げる蘭さんに、思わず顔を顰める私。
「アキちゃんどうしてあんな奴が好きなのあんなの最低野郎だよサイコパスだよ⁉︎」
そんな私の肩を掴んでガクガク揺さぶってくる彼に、「私もだよ」と言ったらどんな顔をするだろう。




