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3-6

「えっと、だから、アレもセミのせいでね?」

「……」

「だって、リビングのドア開けた瞬間目の前に居たんだよ?ビックリしたはずみで思わず、掴んでいたのをバキッと…」

「……」

「そ、それでヤツが部屋の中を飛び回るから、仕留めるつもりで投げ、て、しまい、ました」

「……」

 リビングの大型テレビには、真っ暗な画面にそこから蜘蛛の巣の如きヒビが走っていた。

 蜘蛛の巣の中央に突き刺さっているのは棒状の銀色の金属。あれは。

「…蘭さん、ドアノブ引っこ抜いたんだ?」

「わ、わざとじゃないんだよ!でもビックリしすぎて手加減とか出来なくて…」

「で、そのままぶん投げたと」

「セミに向かって投げたつもりだったんだよ!……ごめんなさい」

「いや、私に謝られても。ていうか、セミの方がよっぽどビックリしたと思うよ」

「…アキちゃんはセミの味方なの…?」

「いや違うから。フツーに蘭さんの味方」

「ホント…?」

「だから、こういう時は、次からはすぐに私を呼んでね、マジで」

「…ハイ」

「ていうか、私も買い物付いてくから」

「っ!ホント⁉︎」

 散歩を告げられた犬のように無邪気な笑顔の彼を見ながら、だってあなた1人で買い物に行かせたら何買ってくるかわかったもんじゃない、なんて。思っても言わないけれど。

 その一方で、私は頭の隅でこんなことも考えていた。

 この人は、その気になれば力にモノを言わせて私なんてどうとでもできるんだろうな、と。

 きっと全身全霊で抵抗したって、私じゃ叶わないんだろうな、と。

 でもまあ、蘭さんのことだ、「その気に」なんてならないのだろうし、大丈夫。それはもはや確信だった。彼は安全だ。私が本気で嫌がることなんて、絶対にしない。とまあ、私はすっかり、彼のことを信頼していたのだ。

 この時は。



 お互い在宅ワークで不規則な仕事をしているせいか、曜日感覚を失念していた。

 本日土曜日。学生からファミリー層までごったがえす店内で、蘭さんはガチガチになっている。

 ここに来るまではまだよかったのだ。車を駐車場に止めてから、そのまま店内に入らず、裏の川辺をのんびり散歩した。水面が太陽を反射してキラキラしていたし、釣りをしている人や河原で座っている人がいたりして、それはもう穏やかな空気が流れていた。

 まあ、ちょっとしたハプニングはあったが。

 途中で犬を散歩している人が正面からやってきて、その犬がブンブン尻尾を振りながら突撃してきたのだ。中型犬くらいのその犬はいかにも人懐っこい性格をしていて噛まれる危険はなさそうだったし、私は何故か昔から動物に好かれる(多分私の本性が獣に近いんだろう)のでこういったことには慣れていた。

 しかし、蘭さんは違った。

 まず犬の方が、私の隣で同じように屈み込んだ彼に何故か警戒心剥き出しで吠えたて、それだけでも驚いたのに、さらに蘭さんまで対抗してワンワン吠え始めた。そこから数分間、犬vs成人男性の吠え合戦のようなものが繰り広げられた。本人(犬)同士は至って真剣であまりにも気迫が凄かったので、双方を引き剥がすのは大変だった。

 可哀想に飼い主のお爺さんはすっかり怯えていたし、なんなら犬も人間に本気で吠え返されると思わなかったのか途中から及び腰だったし、蘭さんはそんな彼らが去った後もなおその背中を睨みながらグルグル唸っていた(比喩ではない)。お前はホントに犬か。常日頃から犬っぽいとは思っていたけども。しかも、彼は店内に入って真っ先にトイレに私を引っ張って行くと、「アイツに舐められたところ洗ってきて。石鹸で念入りにね」とまでのたまった。私も元よりそのつもりだったので素直に従ったが、それにしても彼はムキになりすぎな気がする。

「蘭さん犬嫌いなの?」

「アキちゃん以外の生き物苦手」

「何それ」

「大体、向こうが僕のアキちゃんに手ェ出すから悪いんだよ」

「手ェ出すって、相手は犬ですけど」

「アキちゃんの犬は僕なのに」

「ちょっと待てその理屈はおかしい」

 私はサイコパスだが、間違っても人を犬扱いする趣味はない。そんな変態的プレイに断じて興味などない。確かに彼のことを散々心の中で犬に例えていたのは事実だが、それとこれとはまた別の話だ。

 その場で色々追及しようにも、人混みのせいで“外”モードに入った蘭さんは、それっきり貝のように口を閉ざしてしまった。これはそのうち折を見て話し合いの場を設ける必要がありそうだ。

 テレビが大量に並べられたコーナーに行くと、一緒にソファーやらクッションが配置され売られていた。おそらく、通路を挟んで向かいにある家具屋さんのものだろう。この建物は、表向きは大型家電量販店の名を掲げていても、実は服屋だったり飲食店などさまざまな店が入っていたりする。

 蘭さんは仏頂面のまま男性店員と何やらツウな話で盛り上がっているので、手持ちぶさたな私は色々なソファーに順に座ってみた。中でもお一人様で持ち運びの簡単そうな小さなソファーは気に入った。ソファーというより、大きめの座椅子に近いかもしれない。見た目は硬そうに見えたクッションは私の形にフィットし、表面の手触りはもちもちしているがそこそこ反発性もあって気持ちいい。おおこれは、思って蘭さんを呼ぼうとすると、彼はすぐそばで私を見下ろしていた。

「あれ、テレビは?」

「もう決まった」

「早いね」

「うん」

「ねえ蘭さんも座ってみてよ、これ」

 蘭さんは長い体を折り曲げて、隣にあった色違いのソファーに座った。私が座っているのは白で、彼の座っているのは黒だ。

「すごいフィット感じゃない?」

「そうだね。欲しいの?」

「というより、2人でどうかなって」

「僕も?」

「実は前から気になってたんだよね、こういうの。2人でテレビ見るときに良くない?」

 ローテーブルを挟んで、壁にもたれながら私たちはテレビを見る。正確言えば、壁に直にもたれるのも、お尻が床にはみ出すその姿勢を取るのは蘭さんだけだ。何故なら、私はそんな彼の膝の上にいつも抱き抱えられているから。私はいいが、蘭さんは長時間その姿勢でいるのはつらいのではないかと、前々から気になっていた。

 あの家には何故かクッションの一つもない。それが生活感の無さを醸し出している原因の一つでもあるし、仕事部屋の椅子以外にゆったり腰を落ち着けられるモノがあってもいいのでは。

 と、私はそう思ったのだが。

「アキちゃん…?」

「うん?」

 何故か突然目を見開き、ぎこちなくこちらを見てくる蘭さん。

「僕とくっつくの嫌だったの…?」

「え?いや、そういうことじゃなくて」

「ホントはずっと居心地悪かった…?」

「いや、むしろ蘭さんの方がしんどいじゃないかなって」

「どうして?」

 蘭さんはソファーに座ったまま、ズイッとこちらに身を寄せてくる。

「だって、蘭さんはいつも床に直に座ってるし、しかも私が上に乗ってるから疲れない?」

「疲れない」

「あ、そうなの。でも、せめて背中にクッション挟むとか、」

「僕クッション嫌い」

「あ、そうなの」

 子供が駄々をこねるような口調に対して、顔は真剣そのもの。骨張った大きな手は私の手を取り、まるでお姫様(自分で言ってて背筋が寒くなってくる)にでもするように下から優しく包み込んでくる。

「アキちゃんがこのソファー欲しいなら買ってあげる。クッションもね。でも、リビングには置かないで」

「はい?」

「アキちゃんの部屋に置くのはいいよ」

「えっと、つまり、蘭さんは要らないってこと?」

「僕はアキちゃんとくっ付ければなんでも良い。だから、」

 嫌な予感がして咄嗟に彼の口を塞ごうとしたが、間に合わず。

 すっかり外モードを解除した王子様は、公衆の面前で声も高らかにのたまった。


「だから、これからも遠慮なく僕を椅子にして!」

「人聞きの悪いことを大声で言うな!」


 いったい全体、蘭さんは私を何だと思ってるのか。

 これは帰ったら早急に話し合い(お説教)だ。私は周囲の好奇の視線を浴びながら心に誓った。

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