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3-4

「蘭さんって林檎を片手で潰せるってホント?」

 と聞くと、私を撫で回していた手がピタリと止まる。

「………もしかして姉さんから色々聞いた?」

「蘭さん、昔学校の松の木をクリスマスツリーにしたんだってね」

「んに゛い」

 踏まれた猫のような声を出した蘭さんは、私の肩口に顔を埋めて「だから姉さんに会わせるのは嫌だったんだよー‼︎」と吠えた。

「人の黒歴史を嬉々としてバラしやがってぇ…!」

「なんで黒歴史?可愛いじゃん。一生懸命飾り付けしたんでしょ?」

「そうだよー頑張ったんだよー飾りはイチから全部手作りしてギンギラギンにしてやったのに最終的には全部捨てられてさー」

「えっもったいないね。写真とか撮らなかったの?見てみたかったな」

「……じゃあ今年のクリスマスに再現して見せてあげる」

 それは楽しみ、なんて言ってから、らしくもなく未来の約束なんてしてしまったことに気が付く。

「じゃあ、クリスマスまでに山の地主さんから、マツの木一本確保しておくね!」

「まさかの現物調達。…小さめにしてね」

 しかし、そんな苦い思いも、嬉しそうな彼の顔を見ていたらどうでも良くなってしまった。

 己の姉に他にはどんなことをバラされたのか知りたがる蘭さんに、不良との喧嘩の話を聞いたと言うと、今度は彼が苦い顔をした。

「ええと、誤解しないで欲しいんだけど、僕は別に不良だったわけじゃないからね」

「わかってるよ。やられたからやり返しただけなんでしょ?別に蘭さんから喧嘩ふっかけたわけじゃないってお姉さんも言ってたよ」

「うん、まあ、そうなんだけど…」

「背が高くなったってだけで目つけられるとかもう不可抗力じゃん」

「………………………………ピアスしてた」

「嘘ッマジで?」

 でもホントに不良とかじゃないからマイホーム(どうやら姉弟の口癖らしい)で流行ってたっていうか別に僕は興味なんて無かったのに姉さんが無理矢理!

 必死にいい募る蘭さんの髪をかき分けて見てみるも、ピアス穴があったとは思えない美しい形をした耳があるだけだ。今はピアスを着けなくなったことで塞がったのだろう、ベンチャーとはいえ仮にも会社の取締役なんだから当然といえば当然か。

「……僕のこと怖くない?」

「怖くないよ。だいたいピアス開けてたくらいで不良なんて思わないよ今時」

「林檎握り潰せても怖くない?」

「怖くないってば。蘭さんはむしろちょっと凄みがあるくらいでちょうど良いと思うよ。ね、それよりせっかく林檎が目の前にあるんだから実演してみせて」

「んに゛い」

「さっきから何なのその声。猫みたい」

「そうかな。猫の鳴き声ってミャーオ、とかフシャーッじゃないの」

「いや後半のは鳴き声というか威嚇だよね」

「じゃあ、アキちゃんやってみてよ」

「やってみて、って猫の鳴き真似?私あんまり上手くないし恥ずかしいんだけど」

「僕の黒歴史…」

「わかったってば。ニャ〜…これでいい?」

「………ワンモア」

「えっニャ、ニャア〜」

「……っ、ごめんアキちゃん」

「あーはいはい、どうせ私のモノマネは反応に困るくらい下手ですよ」

「勃った」

「た…?え、何…ひッ」

 ぢゅう、と音を立てて首筋に吸いつかれた。

 人より高い体温を持つ手で服の中をまさぐられ、その手よりも熱い舌で頬まで一気に舐め上げられる。

「アキちゃんごめんね我慢できない抱かせて」

「や、ちょっ、いきなりどうした⁉︎」

「アキちゃんが可愛いのが悪い」

「か、かわ…?」

 ぐっと腰を引き寄せられ、犬がじゃれつくように頬擦りされながら、器用な指先に服の中でブラのホックを外された。

「やだやだやめろってばまだ夕方だし明るいのヤだし林檎は⁉︎」

「林檎とかどうでもいいアキちゃん食べる」

「いやほらコレ食べかけだし表面が茶色くなっちゃうよ、ね!もったいないじゃん」

 明るいところでじっくり見られるのを良しとするほど自分の身体が完璧でない、と自覚のある私は必死だ。私は謙虚なのだ。大体、つい先程まで外を動き回っていたから外気とか汗でドロドロだしせめてシャワーくらい浴びたい。今にも喰らい付いてきそうな蘭さんの口元にぐいぐい林檎を押し付けるも、彼は難なく私の腕を捕まえてしまう。

「もったいない?何言ってんの」

 フッと隠微に、鼻で笑われた。

「アキちゃんってば、さっきまで握り潰させようとしてたくせに」

 どろりとした欲望の色をその目に認めた次の瞬間にはキスをされていた。

 それも、とびっきりディープなやつを。

 長い舌に喉の奥までかき回されて思わずうえ、とかうげ、とかカエルみたいな声でえづいてしまうし、身体は大袈裟に痙攣するし生理的な涙が溢れてメイクは禿げるしで、私は散々だ。

 ようやく口を離されて派手に咳き込む私を、蘭さんは愛しい生き物を見るような顔で見下ろした。息も絶え絶えにしゃわー…と訴えるが、うんうん後で一緒に入ろうねーと流される。

 最後の悪あがきで布団の上に押し倒されても林檎を手放さないでいたら「ふーんそっかわかったじゃあ今からアキちゃんの身体の上でこの林檎ぐちゃぐちゃに潰してアキちゃんごと食ってやる」なんてトチ狂った閃きを与えてしまった。…で、まあ、その通りにされて、色んなものでドロドロになった身体を喰い尽くされて、自力で動けなくなった私は望み通り(、、、、)お風呂に入れられた。

 ……もう当分、林檎は見たくない。



 先日の一件は、側からみれば蘭さんが容赦のない男のように見えてしまうかもしれないが、基本的に彼はかなり優しい部類の人間だと私は思う。同棲のきっかけにもなった生理に関しては、特にそうだ。姉がいるのもあって生理というものに理解があるのだろうが、ヘタすれば同性にもわかってもらえないツラさを彼は慮ってくれる。初日にしたように、彼は私をその温かい身体ですっぽり包んで、痛むお腹を撫で摩ってくれるというのが、今ではすっかり習慣化していた。普段はどちらかといえば甘えたな彼が、完全に私を甘やかす側に変わるのだ。一度なんてうっかりナプキンを切らしており、動けない私の代わりに彼がドラッグストアまで買いに行ってくれたこともある。

 そもそも彼は本来、人に乱暴をする性格ではないし、セックス云々で私の身体を捕まえ押さえ込む力にしたって、実はかなり手加減されているとわかるのは例えばこんな時だ。

「うぎゃあああああああああああ‼︎‼︎」

 時は6月の末、初夏と呼ばれる季節に差し掛かっていた。

 蒸し暑い早朝の湿気をつんざく濁った悲鳴と同時に、金属的な破壊音が上がった。

 私はその時絶賛執筆中で、それも前日の夜からパソコンに向かってせっせと指を動かし続けていた。つまり徹夜だ。いわゆる「筆が乗っている」状態とでもいうのか、私の中に“何か”が降臨し、取り憑かれたように原稿が進む時がある。こういうときは書けるときに書いておいた方がいいので、“何か”が途切れないうちに自分の中に浮かんでくる言葉を吐き出し続けておくことにしていた。

 そんな風に集中していたところに、不意に私の世界に飛び込んできた“音”に、まず身体がビクッと生理的な反応を起こし、次の瞬間には凄まじい苛立ちに駆られる。いつものことだ。

 私は昔から“不意打ち”というものが苦手なのだった。

 オバケ屋敷なんかに入ると、オバケそのものが怖いのではなく、突然視界に入られたり突然大きな音を立てられるのが嫌なのだ。ホラー映画が苦手なのも同じ理由である。日常生活でも“不意打ち”はそこかしこにある。子供の奇声、クラクション、果てはスマホの着信音にまで、私は不意打ちをされると苛立ち、殺意を持つ。

「アキちゃん…!」

 徹夜でおそらくは色々すごいことになっている顔に殺意まで添えて、どすどすと足音も荒くリビングにやってきた私を、蘭さんは救世主と言わんばかりに見上げた。

「…何。なんなの」

 レオタードから生えた長い手足を丸め、限界まで身体を縮こまらせている蘭さん。その尋常ではない怯えように苛立ちも霧散していく。

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