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3-3

 人から何かを貰い続けるのは、ましてやその量が過多であったり自分に不相応なものだったりするのは、困る。与えられることが当たり前になってしまい、その状態に甘えきった頃に、突然無くなってしまえば、もっと困る。

 何ごとにも対価というものはあるのだし、何ごとも永遠に続くことなんて有りえないのだし、ましてや人の気持ちなんて言わずもがな。

 たった一言、何かの拍子に口から出てしまった本音で崩れ去る人間関係も有れば、歳をとっていく女を魅力が無くなったとしてある日アッサリ捨てる男がいる。

 他人をアテにして生きる人生なんて、私には考えられない。

 というか、

「蘭さんがそういう風に思うのは、その、これまでの彼女さんが、皆そんな感じだったってこと…?」

「あー、ううん。そういうわけじゃないんだけど、ね。そもそもマトモに付き合うのはアキちゃんが初めてだし」

「えっそうなの?…ん?“マトモに”ってどういう、」

「だから大事にしたいんだよ、アキちゃんのこと」

 満面の笑みですり寄ってくる蘭さん。

 私は「マトモに(、、、、)付き合う」の意味が気になって仕方がなかったのだが、そのままセックスに持ち込まれ話を有耶無耶にされた上に、ガラス瓶の中のお金でプリンターを買うことを半ば無理やり約束させられたのだった。



「要するにアイツはね、アホの子なのよ」

 ナツコさんはバッサリと自分の弟を切って捨てた。

「あんた、蘭の使ってる布団についてのエピソードは聞いてる?あの、時代劇のセットにでも使われてそうなくらい、古臭いアレ。部屋の雰囲気にも合わないってのに、蘭ったら押し売りのババアに押され負けてたっかい値段で掴まされたのよ」

「はあ」

 いつかのお礼をと思い、菓子折りを持って喫茶店にやってきた私は、客がいないのをいいことにテーブル席でタバコを吸っていたナツコさんと、向かい合わせで一緒にお茶をしている。テーブルの真ん中には、持ってきた菓子折りがさっそく広げられており、何故か私までご相伴に預かっている状態だ。

 蘭と仲良くやってる?と言う質問に、ついこの前のプリンターの下りを話したところ、出るわ出るわ弟の天然エピソード。

 幼少期。近所に住んでいたガキ大将に「満月は走って追いかければ捕まえられる」と騙されて深夜1時まで月を追いかけ続け、隣町で保護された。

 少年期。マイホーム(ナツコさんがそう言った)にクリスマスツリーがなかったので、学校で一番でかい松の木を毎日少しずつせっせと飾り立てていた蘭少年。仕上げに出どころ不明の電飾を盛大に灯し、冬休みなのに校長室に呼び出しを食らった。

 思春期。修学旅行でバスに乗り遅れ1人取り残されたが、電車を乗り継ぎ何故か誰よりも早く自力で目的地に到着。他のみんなが来るまで1人で大いに観光を楽しんだ挙句、点呼の時にはシレッと輪に混ざっていた。

 青年期。遅めの成長期を迎え、数ヶ月で背が一気に伸びたのが目立ったせいか不良グループに目をつけられる。無理矢理路地裏に連行されるも、初喧嘩にして複数人相手に完全勝利をもぎ取り、何ごとも無かったかのように帰宅した。

「………破天荒ですね」

「ま、あたしほどじゃないけどね」

 それはそれは。私は苦笑するしかない。

「それにしても最後の、喧嘩に勝ったっていうエピソードは“天然”とは関係なくないですか?」

「それがアイツ、インドアな自分が喧嘩の得意な不良グループに勝てたのは、おかしなDVDのお陰だとか言い出すのよ。当時アイツが妙にハマってたヤツなんだけどさ」

「それって…」

「その内容ってのがまた、武道の教材とかじゃなくて、ほら、なんていうの?なんかやたら激しい動きの…音楽に合わせてやるんだけど、ダンスっていうよりは体操?みたいな」

「ジャンル的にはエアロビ、になるんですかねあのDVDは」

「そうそうエアロ……待って、アイツまさか」

「今でも毎朝やってますよ彼。バジリスクとかコンドルがどうとかって」

 あのバカ!とナツコさんは頭を抱えた。

「でもアレのおかげで喧嘩に勝てたっていうのはわかる気がするな。実際私もやってみたんですけど、結構な運動量ですもん」

「やってみた、ってあんた……」

 あんまり彼が熱心に続けているので、あるとき私も参加してみたのだ。しかし、元々人より体力のない私はものの10分でダウンしてしまい、蘭さんに抱き抱えてもらわないと自力で椅子にも座れないほどだった。

「いやいやいや…え?あんたもああいうの好きなの?」

 ええ…?と引いた目でこちらを見てくるナツコさん。

「や、私はただその場限りの好奇心でやってみただけですけど」

「……アキはさ、ヤにならないの?蘭のああいう変わった習性が」

 習性て。野生動物じゃあるまいし。

「…まあ、別に他人に迷惑をかけなければ、何したって本人の自由だと思ってるんで」

 これは私が常々思っていることだ。

 私だって普段は、同調と和が美徳とされるこの国で過ごす以上、悪目立ちしないように世間の価値観というものを自分なりに推察し、人と話を合わせたりなるべくそれに沿った行動を取るようにしている。暗黙のルールや定番、果ては類型というものから大いに外れた人間を目にすれば、周囲と同じように眉を顰めて見せたりもする。

 が、正直なところ、私は自分に害がなければ誰が何をしようとどうでもいいのである。「他人に迷惑をかけなければ」なんて言ったが、例え私以外の誰かが迷惑を被っていようと、所詮は他人事に過ぎず、実際はいちいち気にしたりしない。

 要するに、私は自分さえ快適で居られればそれで良し。これが、どうしようもない私の紛れもない本性なのだった。

「それに何より、見てて面白いじゃないですか。おかげで毎朝スッキリ気持ちよく目が覚めますよ」

「……やっぱ変わってるよ、あんたって」

「そうですかね?ありがとうございます」

 にっこり。年上受けを狙った、お利口スマイルを浮かべてみる。

 それに絆されたわけではないだろうが、ナツコさんは最後にしみじみと言ったものだ。

「あんなアホの子で申し訳ないけど、どうか蘭のことよろしくね。アイツ、察しが悪いっていうか、真正面からぶん殴られでもしないと人の悪意に気づかないくらい鈍いから、守ってやって。あ、身体張れって言ってるわけじゃないから。アイツ林檎を片手で握り潰せるくらいには強いから、その辺は安心して。ただ精神面がどうもね。これからもっと情けないところいっぱいお見せすることになるだろうけど、でも、とにかくアイツ、ホントにアキのこと大好きなんだよ」

 だからどうか見捨てないでやって。

 なんて、まるで私が嫁入りするみたいな言い方がおかしかった。笑って頷くに留めたが、どうか安心して欲しいと思う。

 私たちが別れるとすれば、いつか化けの皮が剥がれて私の本性の気付いた彼の方から、私を見捨てる可能性の方が高いのだから。なんだか随分買われているらしいが、私よりできた人間なんて、そこら中に掃いて捨てるほどいるのだから。

「蘭さんただいまって待って待って待って絵面がおかしいどうやってるのソレ」

 帰宅したら林檎を咥えた蘭さんに出迎えられた。文字通り使っているのは口だけで、器用に歯で齧り付いているらしい。控えめに言って衝撃映像だ。

「あいあんおあえい」

「垂れてる垂れてる汁が垂れてるってば」

「アキちゃんおかえり」

 んべっと林檎をワイルドに口から放った蘭さんは、いつもするようにぎゅう…と玄関先で私を抱きしめた。

 靴を脱ぐとそのままひょいと抱き上げられ、靴箱の上に座らされる。こうすると、ちょうど蘭さんと私の顔の高さが同じになるのだ。いつもならそのままキスの嵐なのだが、顔を近づけてきた蘭さんはすん、と鼻を鳴らして動きを止めた。

「アキちゃん…?」

「なあに?」

「今日は仕事の打ち合わせって言ってたよね?」

「うん。午前中はね」

「…そのあとは?」

「ナツコさんとお茶してきた」

「やっぱり!あーもーアキちゃんをタバコで汚しやがって!」

 服の袖でワシャワシャワシャ!と、痛みこそないもののそこそこ強めな力で身体中を擦るようにされるが、そんなことしたって匂いが取れるものでは無いだろうに。

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