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2-6

 おねーさんは私の為にわざわざ卵がゆを作ってくれたらしい。

「吐いてもいいから胃に何か入れとく方がいいからね」

 なんて、弟と同じようなことを言う。

 キッチンの前は足の長いスツールが並べられた、バーカウンターのような作りなっていて、その向こうに立つおねーさんは大変絵になった。

 でも、足の付かない椅子に座るのは今は正直しんどいな。という私の思考を読んだかのように、食事はテレビの前の低いテーブルの上ですることになった。

「私、蘭さんに運んでもらったからコアラになった夢なんて見たのかな」

 話題に困った挙句そんなことを言った私に、おねーさんは律儀に反応してくれた。

「だったら、コアラはちょっとおかしいんじゃない」

「ん?どういうことです?」

「コアラは基本的に子供をおんぶするでしょ」

「アレ、そうでしたっけ。コアラっておんぶですっけ」

「そうよ。抱っこするのはサルよ、サル。あんたは蘭に抱っこされてたんだから、サルになった夢を見るんならまだわかるけど。大体、コアラなんてマニアックだし、サルの方が身近にいるじゃない」

 そうだろうか。都会っ子なので、サルもコアラもテレビか動物園でしか見る機会はなかった。

 その動物園にしたってはるか昔に一度行ったきりだ。記憶なんて、檻の中でそれはもうアクロバティックに暴れていたチンパンジーと同じくらい、自分の弟が騒がしかった事くらいしか覚えていない。でも、そうか、人間の弟とチンパンジーが似てるんだから、やっぱり私たち人間はサルに近いのだろう。

「なるほど。言われてみれば確かに。おねーさんて頭良いんですね」

「…あんたは変わってるね」

「そうですか?ありがとうございます」

「…………ほんと、変わってるよ」

 変わってるって言われて喜ぶなんて。

 というが、私にしてみれば平々凡々でつまらない人間だと思われる方がよっぽど嫌だと常々思っていたりする。

 そこから、意外にも饒舌なおねーさんのお陰で会話のラリーが続いた。

 何故か動物のおんぶと抱っこについての話題が延々と展開した挙句、コアラも子供におっぱいをあげるときは抱っこになるだの、カンガルーは袋の中におっぱいがあるから便利(?)だの、議論は白熱した。鳥類や海洋生物にまで話は広がり、最終的に人間の場合は母親のおっぱいが目の前にある抱っこが、一番安心感があっていいという結論に達した。

 そこでようやく男性の前でおっぱいおっぱい連呼してしまったことに気づき、申し訳ない気持ちで蘭さんの様子を伺った。

 するとそんな私の視線を受けて何を思ったのか、

「もしかして僕、安心感が足りなかった?おっぱい無くてごめんね?」

 とトチ狂った謝罪をする蘭さん。手を胸の前でクロスするというオマケ付きで。

 私はもう少しで口に含んだおかゆを吹き出すところだった。表情ひとつ変えなかったおねーさんには、心から尊敬の念を抱いた。

 それでも最終的には、私はおかゆを吹き出すことも吐き出すこともなく、お皿に入れてもらった分を綺麗に完食した。

 おねーさんは、大鍋いっぱいに作ったというおかゆの残りをタッパに小分けにして冷蔵庫に詰めてから帰って行った。

 玄関先まで彼女を見送るとき、私はお互いに自己紹介もしていなかったことにようやく気がついた。

「あの、お名前は…」

 ああ、という顔をしたおねーさんは、自分の顔を親指で差しながら「ナツコ」と言った。

「ナツコさん、今日は色々ありがとうございました。申し遅れましたが、私は新山晶といいます」

「うん、知ってる」

 ナツコさんは最後にニヒルな笑みを見せてくれた。

 ナツコさんが颯爽と歩み去っていったあと、「おねーさん、めっちゃいい人ですね」と言うとと、蘭さんは「エエッ⁉︎」と叫んでマジマジと私を見下ろした。何故そんな珍獣でも見るような目つきで見られなくてはならないのか。

「え…何?」

「いや…あの人めちゃくちゃとっつきにくいでしょ?」

「え…そう?」

「愛想悪いし仏頂面だし」

「んーまあ、クールな感じですよね。カッコいいと思いますけど」

「……普段はもっと口悪いし乱暴だし。アキちゃんは相当気に入られたんだと思うよ」

「え…そうなんだ?」

 まあ、身内にしか見せない顔というものもあるだろう。とにかく大変お世話になったのは事実なので、後日改めてお礼に伺わなくては。

 そう言うと何故か「いい!いい!そんなことしなくても!」と、蘭さん(おとうと)に全力拒否されたので、こっそり行こうと心に決める。

「そういえば私の荷物って…」

「ん、こっち」

 案内されたのは私が寝かされていた部屋の隣で、どうやら仕事部屋のようだった。大きなデスクの上にパソコンのモニターが3つもあり、デスクの横には黒い大きな本棚があって、おそらくプログラミング関係と思われる専門書や、洋書が並べられていた。

 そんな大きな家具を入れてもなお、部屋はだだっ広く、スペースが有り余っている。

 私の荷物は、そんな広い部屋の真ん中にこじんまりと纏められて、異物と化していた。

 スマホの充電を確認し、メイク落としを取り出したところで、ふと気づく。

「すみません、荷物の中に白いビニール袋ってありませんでした?」

「……」

「割と大きめで、中に貰い物のカップラーメンがたくさん入ってたんですけど」

「……」

「蘭さん?」

 蘭さんは直立不動で固まっていた。

「……蘭さん?」

「っしょ、賞味期限が、切れてたから捨てた!」

「そうなの?消費の方は?」

「え⁉︎」

「賞味期限がダメでも、消費期限が過ぎてなければ食べれるんだけど」

「あ、ああ、消費期限ね。うん、たぶん消費期限も過ぎてたよ」

「たぶん?」

「過ぎてました!」

「…ホントに確認しました?」

「しました!」

 何故急に私相手《年下》に敬語。しかも、思いっきり目が泳いでいる。

 私は一歩蘭さんに歩みよった。

 蘭さんはきゅっと唇を引き結んだ。

 もう一歩歩みよった。

 ごくっと、その喉仏が動く。

 さらに歩みよって、体がくっついた。

 大きな目がさらに大きくなった。

「蘭さん」

「はいっ」

「洗面所、借りていいですか?メイクを落としたくて」

「はいっ、あ、うん。洗面所、洗面所はね、こっち」

 ホントは明るい場所でスッピンを晒したくはないのだが、今更やむなし、だ。

 蘭さんは私がメイクを落としている間、まるで監視するかのように入り口に立っていた。鏡越しに見ていると、彼がときおりリビングの方へチラチラと視線をやっているのがわかる。

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