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「よし、クラスに紙をばら撒くのは誰にも見られずに済んだな」
「ああ。でも、これじゃあ舞華まで巻き込むことになるんじゃないのか?」
放課後、ほとんどの生徒が出払った教室で、二人の男子生徒が話していた。
「だからそれもこれもあいつのせいにしちゃえばいいんだよ。数の暴力でな」
「ま、俺はバレたりしなきゃ何でもいいけどな。俺の目的は別だし!」
日が沈み始め夕日さす教室で、二人の密談は続く。
「てかさ、あいつが園田のことをいじめてたっての、ほんとのことなのか?もし違うなら、結構やばいんじゃないか?」
「そこは問題ねーよ。何せあいつと同じ中学の友達からの情報だからな。間違いない。だから安心してくれ」
「そうか、なら安心だな」
となれば、と一人が続けた。
「次はどうする?いっそのこと、直接脅してやるか?妥協なんてなさそうだし、手っ取り早くていいんじゃないか?」
「いや、まだ舞華との関係性は謎だからな。ここは慎重にいこう」
「確かにそうだな。となれば」
ピロン♪
「あ、悪りぃ。先輩からだ。早く練習でろってさ」
「そうか、練習終わったらまた連絡してくれ」
そんなやりとりの後、一人は足早にグランドへ向けて去っていった。
もう一人は教室を出て、廊下を歩きながらポツリとつぶやいた。
「大変だな、サッカー部のエース様は」
空になった教室に、冷たい風が吹き込んでいた。
ーーーー
甘いものが好きだ。
私が好きなのは特にわたあめ。
好きだからと言って、毎日食べるわけでもない。食べるのは年に何度か、お祭りとかでだ。
甘いものが好きだ。食べてて幸せになれる。
嫌なことがあった時は、いつだって甘いものに逃げる。そして気持ちを切り替えるのだ。
だけどそれは、甘いものが好きなだけで、元となる砂糖が好きなわけじゃない。
甘みの元は砂糖だ。それは間違いない。でも、だからって砂糖を舐めたりしない。
剥き出しのそれは、受け入れるには強すぎる。
必要な過程を経て、甘さは人に受け入れられるようになるのだ。
あの時の私は、その過程を経ていなかった。
ただ責めて、ただ貶めて、ただ許さなかった。
本人の弁解すら聞かずに、ただ決めつけたのだ。
実際私は、怒ってもいたのだ。いけないことをしたお兄ちゃんに本心から怒ってた。
もはや、それは糾弾とは呼べない。ただの一方的な暴力だ。
それでもいつか、ちゃんと元通りになるって、そう信じてた。
だけど気づいた頃にはお兄ちゃんは、すでに不登校になってしまった。
それでも当時は、いじけているだけだと、自業自得だと思っていた。
いつかきっと立ち直るって、底に叩き落とした当人のくせに、そう思っていた。
でも、兄が立ち直ることはなかった。それどころか、家族との距離はたちまち離れていった。
1番の原因は、お母さんの態度。明らかに、お兄ちゃんのことを煙たがっていた。
そしてついに、兄は家を出ていってしまった。
私はお母さんに止めるように言った。お母さんは止めなかったけど、ここで止めなきゃ、取り返しがつかなくなると思ったから。
私はお兄ちゃんに、どうして出ていっちゃうのって聞いた。
「言っても信じないだろ」
私にとって、決定的な一言だった。
取り返しのつかない事態は、とっくに過ぎていたのだ。
あの時話をちゃんと聞かなかった時点で、すでに手遅れだったのだ。
そんな事態を引き起こした自分の罪を、今更ながらに自覚したのだった。
そしてお兄ちゃんは独りになった。
家を出て行かれてからも、私は何度かお兄ちゃんに会いに行った。
繋がりが完全に途絶えてしまうのが怖かった。
お兄ちゃんは、優しい人だった。そんなお兄ちゃんを私は大好きだった。
そんな大切な人を傷つけた。
私がわたあめを好きなのは、お兄ちゃんがわたあめを好きだったからだ。
一つのわたあめを、二人で分け合った。そうやって育ってきた。
そんな日々を、私は取り戻したい。
だから私は、ある計画を実行に移すことにした。
迷惑を承知で、それでも私はするんだ。
私は覚悟に満ちた目で、お母さんにそれを打ち明けた。
「私、お兄ちゃんとまた一緒に暮らしたい」
ーーーー
あの日から一週間、学校を休んだ。
何故あの時涙を流したのか、答えを探すのは早々に諦めた。
何故って、それを見つけちゃえば、自分が辛くなるだけって、誰よりも分かっているから。
いろんな人が声をかけてくれた。電子上のやりとりだけど、とてもあったかい気持ちになった。
それが私を支えてくれる。証明してくれる。
「正しく」て「可哀想」な私を、作り上げてくれる。
私が登校したのは、火曜日のことだった。
もしかしたら、あの一件のことが露見しているかも、という心配も杞憂に終わった。
私が悪いという話はひとつも出回っていなかった。
代わりに彼の罪が噂となって出回ってることを、一週間ぶりに登校した私は知った。
誰もが「本当なの?」って聞いてきた。だから私は、口をキュッと結んで、下を見る。
私にとって苦い過去。
口をつぐんでしまっても仕方ない。
私は何も言ってない。
周りがみんな私を信じてしまうのだ。だから、私は悪くない。
噂を流したのも私じゃない。誰かは知らないが、誰かが勝手にやったこと。
悪いのは私じゃない。
私の知らない場所で起こってること。言ってしまえば、私だって「被害者」だ。暗い過去を掘り返されてる。
なんて「可哀想」な、『私』。
だけど、心配事が一つあった。
舞華のことだ。
昨日までメッセージも送ってくれてたのに、今日は一度も話していない。席に座って、私の方には来ようともしない。
もしかして?
舞華のことが書かれていた紙も私は知っていた。
私と同じで、可哀想だと思った。
だけど、彼女は先週ずっと彼と一緒にいたらしい。
私を心配していると口では言いながら、彼と会っていたのだ。
「また、そうやって」
多分彼女は、知っている。全てを知らずとも、怪しんでいる。
学校を休む前の私に対しても、そう思われる言動はいくつかあった。
「なんとか、しなきゃ」
このままではまた、私は辛い目にあってしまう。
だから、これは自衛だ。仕方ないことだ。
都合のいいことに、今日も彼は学校を休んでいるようだ。
ーー大丈夫。私はいつだって「被害者」だ。
きっと誰かが助けてくれる。




