表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一人と独りの静電気 改訂版  作者: 枕元


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/40

27

 「おはようございます、先生」

 「お、おお。体調は良くなったのか、喜多見」


 いくつかの視線を受けながら、何週間ぶりかに登校した俺は、先生に挨拶をしながら教室に入った。先生は特にそれ以上何かを追求することなく、職員室の方へと歩いていった。


 夏休みが終わるまで学校に来るつもりはなかった。だけど今日、こうして俺は何事もなかったかのように登校していた。結局俺は、何かに流されやすい人間だったというわけだ。


 自分の席に着く。教室の居心地の悪さは、効きの悪い冷房も相まって多少期間が空いたところで健在だった。篠原がご丁寧に俺の悪評を声高々に広めてくれたせいだろう。

 

 今思えば、どうせ風化するものだと弁解しなかったが失敗だったかな。


 実際俺はいい。今でもその考えは変わらない。これも榊原に言ったら怒られそうだな。


 ともかく、俺以外が良くなかったのだから。


 良くないと、そう思ってくれる人がいたのだから。


 「おいお前、いったいどのツラ下げて学校来てんだ?」


 いくらなんでも前時代的ではと思うような、そんなセリフを吐きながら俺の机の前に立ったのは、篠原と白河だった。

 

 ご丁寧に朝からご挨拶だ。


 白河の表情を見やると、やはりどこかばつの悪そうな表情を浮かべてこちらを見ていた。


 「おいてめぇ、何無視してんだよ」


 クラスメイトたちも、また何かあったのかとこちらに注目している。目立つのは苦手だ。何というか、否応にもなくどこか緊張してしまう。きっとそれは、俺だけってこともないはずだ。


 「聞いてんのかよ!!」


 ダン!!という机を叩く音が教室に響く。そんな剣幕に、俺は動揺することなく返す。


 「なに?」

 「てめぇ……舐めてんのかよ」


 凄み方が昭和。平成超えて令和だというのに、こいつはどんな育ち方をしてきたのか。


 「白河。俺決めたんだよ」

 「……決めたって、何をだよ」


 篠原の後ろで特に何も言うことなく、所在なさげに立っていた白河に、俺は急に話しかけた。大方今日も、篠原に仕方なくついてきたんだろう。もう引き返せない、その一心で。


 「次何かされたら、俺も黙ってないからな」


 それは正真正銘の脅しだった。篠原にはきっとわからないが、真実を知っている白河には正しく伝わったことだろう。今までは遠回しのものだったが、今回はそうじゃない。


 「そ、それは」


 わかりやすい動揺を見せる白河。その反応を見るに、白河はきっと手を引きたがっていたのだろう。だけど篠原は止まらなかった。どんな事情があるのかは知らないけれど、篠原は止まれなかったのだ。


 「おい、無視してんじゃねえぞ!」

 「篠原!今はとりあえずやめた方がいい!」


 「あぁ!?お前まで何言ってんだよ!!」

 「いいから!!ちゃんとお前にも説明するから!!」


 傍目から見れば急に心変わりした白河に、篠原も動揺を隠せないようだ。白河は有無を言わせぬ剣幕で、篠原の怒りを抑え込むように言った。


 「今ならまだ()()()()()()()一旦ここは俺の言うこと聞いてくれ!!」

 「お前、急に何言ってんだよ……ちっ、ちゃんと後で説明しろよ!?」

 

 その勢いに押されたのか、篠原は納得はしてないものの、仕方なくといった表情で教室を後にした。


 去り際にこちらをひと睨み。白河が振り返ることはなかったが、おおよそどんな表情をしているかは想像がつく。


 (こんなもんか。何というか)


 思ったよりもあっさりしていた。自分のクラスにおける扱いは大きく変わった気はしないが、彼らは、白河は一体どんな行動を取るだろうか。


 関わりがなくなるならそれでよし、というわけにはいかない。きちんと精算をしないと、きっとどこかで帳尻が合わなくなる。落とし前が、今の俺には必要なんだ。


 それを榊原の責任にしてはいけない。


 影響を受けたのは間違いない。それでも自分の意志でやることから逃げてはいけない。


 「喜多見?」

 「おはよう、福村」


 福村には、昨日の夜学校に来ることを伝えていた。だから、福村が俺のことを尋ねてくるのも予想はしていた。


 教室に入ってきた彼女は、俺の席まで来ると聞いてきた。


 「放課後、時間ある?」

 「うん。じゃあ正門の前で待ってるな」


 予想通りの提案に、二つ返事で了承する。彼女には伝えておきたいこともある。


 「じゃあ、また後で」


 福村はそれだけ言って教室を出た。言いたいことも聞きたいことも、後でゆっくり話すつもりなのだろう。


 (また後で、か)


 俺はその言葉が好きだった。関係性が途切れていない証明だから。次が保証されるから。


 言葉には意志が宿る。だから俺は、その言葉の響きが好きだった。



ーーーー



 時間は過ぎゆく。あっという間に放課後だ。


 「ありがと、急だったのに」

 「や、俺も学校来ないって言ってたのに、急に来たからね」


 学校が終わり、私たちは駅前のファミレスに来ていた。


 お互いにドリンクバーを頼み、軽く近況を話し合ったりする。まだ本題には踏み込まない。私としても、きっと彼としても心の準備が必要だった。


 均衡を破ったのは私だった。


 「ねぇ、篠原たちのこと、喜多見は一体どうするつもりなの?」

 「それは」


 彼が学校に来たということは、何か心変わりあったということだ。時間を置いて、問題を風化させる。それ以上の目的を持って、彼は登校したに違いなかった。


 (私は、なんにも知らないや)


 別に彼は、私に特段隠し事をしているわけではないんだろう。現にこうして私の誘いを断らなかったし、きっとこの質問には答えてもらえる。


 だけど、その答えに至った理由を、私が知ることはないのだろう。


 知らないということが、こんなに悔しいことだなんて思わなかった。


 「ある程度はさ、俺も黙っていないことにしたよ」


 ある程度、と彼は言った。それだけでもかなりの変化だと私は思った。だって泣き寝入りに近い方法をとっていた彼だ。些細な変化として扱うには、それは大きすぎる変容だった。


 「と言うと?」


 胸中の複雑な心境を悟られないように、私はなんでもないようにそう問いかけた。


 「少なくとも、やられた分の清算はするよ。何もやり返すわけじゃないし、その辺は色々考えてるよ」

 「そっか、もう決めたんだね?」


 「ああ。もう引かない。達観したふりは、もうしないって決めたんだ」


 その決意のこもった目を見て、あぁ、本当に彼は変わったんだなって思った。


 彼はきっと、この件について何かを諦めたりはしないんだろう。結果がどうなるにせよ、彼はきっと納得するんだろう。


 だから私は何も言う必要はない。ただその背中を押してあげるだけでいい。


 なのに。それなのに。

 


 「変わっちゃったね、喜多見」


 次いで出たのはそんな言葉。


 ちがう。言いたいことはそんなことじゃない。


 喜多見はすごいねって。私なんかちっとも耐えられなかったよって。出来ることがあったら言ってねって。


 ()()()()()()()って。


 そう言うべきで、そう言うつもりだったのに。


 「福村?」


 言葉は意味を伝えるだけじゃない。言い方から感情を読み取ることだって出来るのだ。


 だからきっと伝わってしまった。私の言葉に宿る負の感情が。


 「あ、ううん。なんでもないよ?」

 「なら、いいけど」


 なんでもなくなんかない。訂正しなきゃ。そんなつもりじゃないって言わなきゃ。きっと彼は気づいてる。私が何かに引っかかっているって。


 だけど言葉は出てこない。流してくれた彼の優しさに甘えてしまった。


 (変わったって、私は全然構わないのに)


 私がこんなことを言ってしまった理由は明確だった。


 

 ()()()()()()()()()()だ。



 喜多見を変えたのが私じゃなかったことに、その事実が悔しくてたまらないのだ。


 それはただの負け惜しみだった。


 喜多見を変えたのはきっとあの子だ。喜多見にとって、頼りになる心優しい後輩だ。


 彼女のことは嫌いじゃない。むしろ好感触で、一人の人間として尊敬すら出来る良い子だ。


 彼女は喜多見のことが好きなのだろう。そんなのきっと、喜多見自身だって気づいている。


 二人の関係性が進んだのでは?そんなことを不意に思った。


 きっと彼女が、彼の背中を押したのだ。


 その事実に歯痒い思いをしてしまう自分に嫌気が差す。




 私だって、と。


 自分で勝手に首を突っ込んだくせにそう思ってしまう。


 なんで彼女は、って。


 二人の関係性なんてろくに知らないのに、そんなことを思ってしまう。


 どうして、どうして、どうしてーーーー


 「福村?どうした?もしかして調子悪いのか...?」

 「ーーーーあっ」


 ハッとして前を見ると、心配そうに顔を覗かせる喜多見と目があった。


 その目を見て、私は気づいてしまった。理解してしまった。どうしようもなく、納得してしまった。


 (私……自分のことばっかりじゃん)


 「ううん。本当に大丈夫だよ。ちょっと疲れちゃっただけだから」


 嘘をついた。疲れてなんかいなかった。


 彼は優しいから。私はこの後に続く言葉をわかっていた。


 「そうなのか?だったら無理はしちゃダメだ。今日はこの辺にしておくか」


 そう言って帰る支度を始める喜多見。いつもそうやって、私が気を使う前に先に行動してしまう。


 でもそれは、私が特別ってわけじゃない。


 そんな彼だから、私はーーーー



 (なんかもう、わかんないや)


 

 ただわかるのは、あの子が真っ直ぐな思いで喜多見と向き合っていたってこと。私にはそれができなかった。ただ彼のために行動することができなかった。


 私は、私のために彼を助けようとしていた。


 だから私には、彼を変えることができなかった。


 こうやって自分の立場を特別視したからだ。なんでもないうちの一人なのに、舞台の上に立っていると勘違いしたからだ。


 (完敗だなぁ)


 勝ち負けの意識がある時点で、こうなることは決まっていたのだ。だから私は納得してしまったのだ。



 彼のような人に相応しいのは榊原さんだ、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ