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一人と独りの静電気 改訂版  作者: 枕元


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27/40

26

 朝、カーテンから差し込む燦々とした日差しに、心地よさと煩わしさを同時に覚えながら目を覚ます。


 今日は木曜日。本来なら学校に行くべき学生の身分なのだが、俺は絶賛不登校。身支度は最低限に朝食の支度を始める。支度と言ってもホットサンドを作るだけだから、大した手間はかからないのだが。


 幸には牛乳を。俺と母さんはコーヒーのブラックだ。元々ブラックのような苦いものは苦手だったのだが、店長に勧められていくうちに、最近飲めるようになった。上等な物を最初に飲んだのも大きかったかもしれない。まぁコーヒーと言ってもインスタントだから、店で飲むようないいものではないけれど。


 「おはよう、修也」

 「ん、おはよう母さん」


 食卓が彩られた頃に、母さんが起きてきた。ごく普通に挨拶を交わし、母さんは席についた。母さんも最初の頃は手伝うと言って聞かなかったのだが、俺が強情だったため今では無理に手伝おうとはしない。なんとなく俺がそうしたかったのだ。


 理由はわかってる。本来はきっとこうだったからだ。


 母さんが毎日仕事をして、幸は部活を頑張って、俺は家のことをする。役割は違えどきっとそんな未来はあった。


 俺は探し続けたい。この家族の形を、可能性を。


 「おはよー」

 「おはよう」

 「おはよう、幸」


 少しして幸も起きてきた。そのまま寝ぼけ眼で席に着く。


 「「「いただきます」」」


 会話は特にない。三人とも黙々と食事をする。それが自然で、それが苦じゃないのだから。


 それが普通で、特に気にすることじゃない。


 (っていうのはわかってるんだけどなぁ)


 わかっている。俺だけじゃなく、母さんも幸も気づいているだろう。


 なんと言うか、自然なのが不自然というか。それぞれが普通を装っている。そりゃ簡単に三人のわだかまりが溶けるわけがない。他ならぬ俺が全てに納得できていないのだから。


 ぎこちなさを土台に積み立てられた平常は、どうしても違和感をその風景に映し出す。

  

 (悪いことではないけども……なんだかなぁ)


 それぞれが空回りしている。そんな感じだ。まぁ全体がそもそもおかしくはあるのだが。なにせまだ許せないと公言した俺が作った状況だし。


 (まぁでも、別にいっか)


 焦ることはないのだ。時間はたっぷりあるし。


 そこが社会という枠組みにとらわれない、家族という特殊なコミュニティのアドバンテージだ。


 だから今は、ゆっくりとだ。



ーーーー


 「修也、ちょっといいか」

 「おじいちゃん?どうしたの?」


 お昼頃、2階からおじいちゃんが降りてきて、俺に話しかけてきた。


 ちなみに2階はおじいちゃんとおばあちゃんが過ごす空間となっていて、1階に俺たちが住んでいる。これはおじいちゃんからの提案だった。


 「ちょっと色々話がしたくてな」

 

 そう言っておじいちゃんは、俺の座るテーブルの対面に座った。真剣味を帯びたその表情から、おおよその展開が読めた。


 「最近、どうなんだ?」

 「最近、ね」


 その言葉に含まれる意味を、俺は正しく読み取った。つまりは母さんとのことだろう。


 「なんとも言えないかな」


 正直な感想を俺は返した。関係が改善されたのは間違いないし、いい方向に向かっているのはそうなのだが、問題の解決には程遠い。だからなんとも言えない。


 「そうか。まぁこればかりは焦ることじゃないか。多恵子さんにはもっと頑張ってほしいがね」

 

 おじいちゃんはそう言って、窓の外へと視線を移した。


 そして一息ついた後、こんなことを言い出した。


 「俺はな、後悔してるんだよ。修二と……修也のお父さんと全然話をしてこなかったとね」

 「父さんと?」


 父さんとおじいちゃんが仲が悪いなんて話は聞いたことがなく、後悔の意味が俺にはわからなかった。自分よりも早く死んだ息子に対して、無念に思うのならわかるのだが。


 「あいつが家を出たのが22の頃だ。大学を出て、就職したと思ったらすぐに家を出たよ」


 おじいちゃんは続ける。


 「別に普通の話だ。仲は親子として良好。何もおかしいことのない、普通の親子だった」

 

 だけどな、と。おじいちゃんは思い詰めたように言葉を紡ぐ。


 「それでも思うんだよ。俺はあいつに何をしてやれたかってな?家にいてもろくに会話はしなかった。母さん……おばあちゃんは修二のことをたくさん知っていた。修二とたくさん会話をしたからだ。だけどな、俺はろくに修二のことを知らなかったよ。修二が死んでから、やっとそのことに気付いたんだよ」


 話を聞いて、おじいちゃんは悪くない。俺はまずそう思った。


 自分の父親とそんなに腹を割って話す機会なんて、そうそう無いのではないのか?なんと言うか、父と息子なんてそんなものだろう。


 それでも思うと、おじいちゃんは言った。良好な関係を築いていたおじいちゃんですら、その点を後悔している。


 「だからな、多恵子さんには責任があるんだ。息子である修也がそれを望んだ以上、お前たちを悲しませない。後悔させない。そんな責任があるんだよ」


 厳しい目つきでそう言うおじいちゃんの目には、それでも隠しきれない優しさが滲んでいた。


 (不器用すぎるよ、おじいちゃん)


 つまりは遠回しに、気負うなと言ってくれているんだろう。大人の責任を、子供の俺が無理に背負い込むなと。


 (父さんは、幸せだったろうな)


 そんなおじいちゃんの面影に、父さんの影を見た気がしたり


 父さんとおじいちゃんはよく似ている。


 だから父さんも、こんな人の元に生まれて幸せだったに違いない。


 他ならぬ自身の思い出が、それを物語っていた。


ーーーー


 「ところでだが、家の方には何時ごろ戻る予定なんだ?」

 「それは」


 しんみりとした空気の中、その静寂を破るようにおじいちゃんが問いかけてくる。家というのは、もちろん俺たち家族が住んでいた家だ。


 「正直さ、もうちょっと拗れる感じになるかなって思ってたんだけど、思ったよりも普通でなんともないっていうか、二人には悪いんだけどさ、最初から三人でもよかったんじゃないかって思ってたりして」

 「まぁ俺たちへの迷惑はどうでもいいんだが、そうか、それならいいんだ。好きなだけいて、好きな時に出て行きなさい」


 最初は本当に三人で暮らすのに不安が大きくて、こんな方法をとったわけなんだが。思いの外三人で暮らすのに問題がなく、なんならすぐにでも家の方には戻れる気はする。


 もちろんぎこちなさはあるし、問題の解決とは違うのだが、そう思えるだけの空気は俺たちにはあるのだ。


 「そもそも一人暮らしを続けるかも未定だし。高校の距離を考えるとその方が便利なのは間違いないし、その距離感がまだちょうどいいのかもしれないし」

 

 別に一人暮らししてるから、家族仲が悪いなんてことにはならない。高校を卒業して、できるのなら大学進学。それから一緒に過ごすでも問題はないのだ。


 「とにかくさ、ありがとねおじいちゃん。気楽にやってみるよ」

 「そうだな。お前ももう子供じゃないんだな」


 そんなことはない、なんて言葉を俺は飲み込んだ。


 まだまだ大人になんてなれやしないけど、いつまでも子供でいられはしないんだ。


 だから目指さなきゃいけない。少しでも大人に、少しでも後悔のない未来のために。


 俺はそれを願ったのだから。



ーーーー


 「今日はお客さん少ないですねー。雨降りそうですし、しょうがないかもですけど」


 午後。学校は行かない俺だが、バイトには出ていた。学生としてどうなのかと言われれば、悪いという自覚はあるけれど、店長や榊原に隠してるわけでもないし良しとしよう。


 店内はガラガラだ。この後の天気は強めの雨らしいから、それの影響もあるだろう。


 「二人とも、今のうちに休憩入っちゃってくれ」

 「はーい」

 「わかりました」


 店長の指示で、二人揃ってバッグヤードへ。椅子に対面に座って一息つく。そして榊原がこんなことを聞いてきた。


 「先輩って、成績は大丈夫なんですか?先輩通ってるとこ、結構頭いいところですよね?」

 「ああ、成績ね。一応心配ないかな。それなりに勉強はしてるし」

 

 嘘じゃない。おじいちゃんちに住まいを移してからは、遅れないように今まで以上に勉強してるし、その点は先生にも相談済みだ。出席日数さえ気にすれば問題はない。


 「そう言う榊原はどうなんだ?勉強できるのか?」

 「え、私ですか?私はまぁまぁですかね。もう本当に中の中です。特に目標もないですし、ずっとこんな感じになりそうですかなーって」


 「部活とかはやってるのか?」

 「私は帰宅部ですよー。私めちゃくちゃ運動音痴なんですよ。かと言って文化部は興味ある物なかったし。ま、今はバイトが楽しいからいいんですけどね」


 榊原は運動が苦手なのか。それはなんだか意外だな。活発なイメージだから、勝手にその類も得意だと思い込んでいた。


 「珍しいですね。先輩がそんなこと聞いてくるなんて」

 「え……あ、嫌だったか?そうだったらごめんな」


 「もーそう言うんじゃないですってば。ただ今まで、そんなこと聞いてきてくれなかったし、私としては嬉しいですよ?」

 「……それは何よりだよ」


 首を傾げながら、上目遣いにそんなことを言ってくる。俺はそんな榊原に、つい目を逸らしてしまう。


 「あ、照れた」

 「照れてない」


 「いいや、照れました」

 「……勘弁してくれ」


 俺の困った顔を見て満足したのか、榊原はそれ以上からかってくることはなかったが、心なしか口元が緩んでいる。これはしばらく擦られそうだ。

 

 休憩を終え、その後1時間ほどで雨が降ってきた。


 その後は何人かの客が入って、その日の業務は終了。榊原と一緒に店を出て、傘を差し並んで歩く。以前一回家の近くまで送った時から、榊原を送って行くようになった。


 「ねぇ先輩、先輩はこれからどうするつもりなんですか?」

 

 そう問いかけてきた榊原の視線は前。だけどその横顔から、軽い気持ちで問いかけてきたわけじゃないのが容易にわかった。


 「学校に行かないで距離を置こうっていうのもわかりますし、実際にそれである程度解決すると思います。まぁあくまで先輩の中でですけど。きっと先輩は腫れ物になって、これ以上手を出されないと思います。証拠もあるんですよね?相手がよっぽど馬鹿じゃなければ、手を引くと思います」


 榊原の言う通り、それが最初の目論みだ。他者との関わりを諦めてしまえば、今回のことは簡単に片付く。


 なぜって、白河たちは知ったからだ。あの真実が偽りで、自分達が間違っていたことに。


 だから俺が追求さえしなければそれで終わる。俺次第で無かったことにできる。


 主導権は、宮島の登場でこちらに移った。宮島が送ってくれたある録音。それがこちらの手にある以上、「証拠」もぬかりない。


 最初はそうするつもりだった。無かったことにして、高校生活を終える。人間関係をリセットして、その先を心機一転頑張っていこう、と。


 「私はそれ、すごい悔しいです」


 震えた声で、榊原は言った。俺は視線を前に移した。そうすれば全部雨のせいにできる。彼女はきっとそれを望んでいる。


 彼女は俺を困らせたいわけではないだろうから。


 「おかしいじゃないですか。被害者の先輩がなんで気を遣わなきゃいけないんですか。いいんですよ。全部ぐちゃぐちゃにしちゃって。どうせリセットするなら、全部壊しちゃえばいいじゃないですか」


 震えた声に、それでも力強さを感じる。彼女の言葉は真っ直ぐで、彼女の望みを伝えてくれる。


 自分を大事にしてほしい、と。


 実際に投げかけられた言葉を、胸中で反芻する。


 「結局先輩は我慢ばっかりです。逃げることが悪いなんて言わないし、全く思いませんよ?でも先輩のそれは諦めですよ。逃げて得るものはあっても、諦めて手に入るものなんて、たかが知れてますよ」

 

 だから、と榊原は続けた。依然お互いに視線は前方。顔も合わせず、それでもその声に篭った熱は逃さないようにして。


 「ちゃんと悲しんで、ちゃんと泣いてほしい。それで最後には、ちゃんと笑っていてほしい。諦めるのは最後にしてくださいよ?」


 それを聞いて俺は、報われた気がしたんだ。


 今までの悩みも、後悔も、悔しさも。家族以外でそれを肯定してくれる人がいることに、安堵した。


 頬を伝うそれを、決して雨のせいになんかできなかった。


 「急にごめんなさい。こんな話して」

 「それは」


 困らせちゃいましたねと言って、前方に出て振り向いた彼女は笑った。


 そして、言った。




 「先輩、好きです」


 「榊原」



 「私、先輩のことが好きなんです」


 自然に、当然のことのように、彼女は真っ直ぐに告白した。視線は確かに俺を捉え、その瞳は俺が目を逸らすことを決して許さなかった。


 意外だ、なんて思うわけではない。彼女はその好意を隠してこなかったから。


 ただ、俺が気づかない振りをしていただけだから。


 返事をしなければいけない。


 彼女の真っ直ぐな想いを、裏切ることなんかあっていいわけがない。


 「返事はまだ、保留でお願いしますね?」

 「保留?」


 「だって後輩の話で泣いちゃうようなヘタレ先輩を、好きになった覚えなんかないですもん。だから、全部解決して、頼れる先輩に戻ったら返事をください。私、待ってますから」

 「……ああ、わかったよ」


 確かに、そんな榊原の言葉に「助かった」なんて思っているうちは、彼女の想いに応えられる自信がない。


 「じゃ、私も恥ずかしいんで帰りますね!送ってくれてありがとうです!」

 「ああ……こちらこそありがとな、榊原」


 そう言って、こちらを振り返ることなく走り去っていく榊原を、雨の中一人立ち尽くし見送った。


 空を見上げる。浮き足だった心とは裏腹に、依然暗い様相を映し出す。


 だけど、不安じゃなかった。


 無条件の信頼を、俺は信用していなかった。

 

 理由が欲しかった。行動に原理を求め、理由がなければ一歩も踏み出せなかった。


 だけど知ってしまった。鮮烈に知らされた。


 理屈を超える想いが、この世には確かにあるのだと言うことを。

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