19
嵐は突然やってくる。それはもう、事前予告なんてありはしないものだ。
予測ができる分、台風の方がましだとさえ思えてくる。
ここで言う嵐とは、もちろん天気の話ではない。
「おい、ちょっとツラかせや」
朝っぱらから俺に絡んできたのは篠原だった。
その後ろには白河もいる。
「嫌だけど」
そんな誘いにホイホイついていくわけもなく、俺は堂々と断ってみせる。
「あん?拒否権があると思ってんのかよ」
逆に何でないと思ってんだよ。何だ?考えることをやめているのか?
「あるに決まってんだろ。んな時代錯誤なこと言ってんなよ」
令和だぞ。拒否権ぐらいあって然るべきだ。いや、これ時代関係ないな。
ともかく、一歩も引く気はないので語気を強めてはっきりとそう言う。
さて、どうでるか。
「いいのか?俺は知ってるんだぜ?昔お前が何したのかとかさ?」
あぁ、そういやそうだった。
今篠原は園田と付き合ってるんだったな。色々聞かされててもおかしくない。
まぁ俺にはどうしても、園田に思惑があるって勘ぐっちゃうけどな。
そしてそれは多分間違ってないのだろう。
「関係ないね」
だってそれ、事実じゃないし。
てか今更脅しって言っても、お前ら十分暴れてるからさ、もう脅しにもなってないんだよね。
「ふーん。もしかしてただの脅しだと思ってる?だったら遠慮なく」
そう前置きして、篠原は周りに聴こえるように言い放つ。
「お前確か言ってたよな?本人に聞けってな?聞いたぞ?お前が恵美のことをいじめてたってなぁ!?」
篠原の発言に、教室がざわつく。
まぁ、そうくるよな。なんたってお前は彼氏さんだもんな。
「やっぱり本当だったんだ」「さいてー」
何て言葉が至る所から聞こえてくる。
以前とは違う彼氏という存在の言葉は、さぞ信憑性の高いことだろう。
これでよっぽどのことでなければ、俺の罪は確定してしまうだろうな。
少なくとも、無関係な奴らからすれば。
さて、ここで声を上げるのは簡単だ。
俺はやっていないと。これは誤解なんだと。
そう言うのは簡単だ。
だけどそれは悪手だろう。宮島というカードは、あくまで園田たち当事者にしか有効じゃない。
結局何を言ったって、俺に対する疑惑は拭えないのだ。
仮に拭えたとて、わだかまりは残る。
それがいじめの本質。遺恨が本当の意味で無くなることなんてない。
見て見ぬ振りができるなら、それに越したことはない。誰だって面倒ごとに首を突っ込みたくないから。
見ないフリをするのも共犯って聞いたことがある。
そんなの嘘だ。100%いじめた奴らが悪いに決まってる。
自分可愛さにそうすることが、悪いことなんて思わない。
そして残る結果は孤立だ。腫れ物みたいに扱われるだけ。本質的に解決は訪れない。
辿る結果が同じなら、俺は違う道を選びたい。
勝った負けたで語ってしまうと、園田が転校してきた時点で負けている。
勝利条件を思い出せ。もっとも、勝利なんて綺麗なものではないけれど。
きっと怒られるんだろうなぁ。たくさん文句を言われるに違いない。
だけど俺は決めた。やり通すと決めた。だから間違えない。
決してこれは、自己犠牲なんかじゃない。
「もしそうだったとして、お前は俺にどうしてほしいんだよ?」
告げる。何事もないように、できるだけみんなに聴こえるように。
まるで自分は悪くないと言わんばかりに、傲岸不遜に言い放つ。
「んなっ、開き直りやがった……」
きっと俺の苦しむ姿が見たかっただろう。困り果てる姿を望んだだろう。
チラリと篠原の隣のやつの表情を伺う。
「……」
そこには何ともいえない表情をする白河の姿があった。
薄々思ってたことだけど、これはもしや?
どちらにせよ白河がそちらにいる以上、俺の負けはない。
「話は終わりか?」
俺は座ったまま、見下ろす位置にいる篠原にそう言う。
篠原の目には、俺の姿がさぞ気味悪く映ったことだろう。
追い詰めるはずが、こうも堪えてないのだから。
「最低のクズだな、お前」
そう言い残して、篠原は教室を出た。それについていく形で、白河も。
思い出したかのように、喧騒を取り戻す教室。しかし視線は俺に集まったままだ。
辛くはなかった。それはもう、強がりでも何でも無くだ。
こんな茶番に、どうして俺が付き合ってやらなければいけないのだろうか。
ーーーー
「ねぇ、ちょっと待ちなさいよ。喜多見君?」
放課後、正門を出て自転車に跨ったところで俺は呼び止められた。
明らかな怒気を含んだその声の主は、福村だ。
「私が何言いたいか、わかるよね?」
そう言って、福村はにこりと微笑む。あぁ、これはかなり怒ってらっしゃる。
当然心当たりもあるわけで、というかきっと怒るだろうと思っていたわけで、俺は諦めてお縄についた。
「で、何か弁明はあるんでしょうね」
隣を歩く福村はそんなことを聞いてくる。
きっと俺が朝、誤解を解くことをしなかったことを知っているのだろう。まるで容疑を認めたかのような発言に彼女は怒っている。
「正直言うとさ、俺の立場を回復させるのってもう無理だと思うんだよね」
「それは」
ここで「そんなことない」って言わないあたり、その部分を楽観視はしていないようだ。
「結局誤解が解けたって腫れ物扱いだよ。だったら、そこにこだわる必要なんてない」
「でも、それって辛くない?私だったら耐えられない」
悲しそうな顔で、彼女は続ける。
「ずっと誤解されたままで、ずっと悪者扱いで。誰にも信じてもらえないなんて、そんなの辛くないの?少なくとも私は、そんな状況はほっときたくない」
「辛くないよ」
そんな福村の言葉に、自信ありげにそう答える。嘘じゃない。強がりでもない。
だって誰にも、ってわけじゃないから。辛くないのは、目の前の君のおかげだから。
なんて恥ずかしくて、口には出さないけど。
「そんなの嘘よ」
まぁ、そう思うかもな。だから安心させるためにも、少しだけ。
「別にずっとってわけじゃない」
「え?」
「俺も言われっぱなしじゃないってこと。まぁ、なんとかしてみせるからさ。だから」
待っててくれ。
そう言って俺は、何度目かの選択を強いる。そう言えば、相手が困ることを分かっていながら。選択肢が、一個しかないことを理解しながら。
「ずるい」
「あぁ、ずるいかもな」
そう言えば、彼女は待つしかなくなる。そんな卑怯な提案だ。
だけど本当に策はある。きっとそれは「最適解」ではないんだろうけど、きっと正解ではないし、彼女は絶対に反対するんだろうけど。
だけど今は、それでもいいと思える自分がいる。
だから、これはそのための布石だ。
「あのさ、本当は後で連絡しようと思ってたんだけど、ちょうどいいから聞く。板倉の連絡先、教えてくれない?」
彼女はさほど驚きはしなかった。まぁ、聞かれるかもしれない程度には思っていたのだろう。
「会うの?」
「うん。直接話したいこともあってね」
なにせ、板倉については不可解なことが多いもので。
「私も行っていい?」
「もちろん。てか、こっちからお願いするつもりだったよ」
二人だとなんか会話が成り立たない気がする。お互い冷静でいられないだろうから。主に向こう側だけど。
「わかった。じゃあ私から予定取り付けようか?」
「助かる。こっちからメールはあんまりしたくなかったから」
きっと福村の言葉なら無視されない。俺だとスルーされる恐れもあるしな。
「じゃあ、電話するね」
「はやっ。いや、助かるけども」
行動力の権化だな。いや、そういうところに何度も助けられてるんだけども
少し離れて、板倉と話をする福村。少ししてこちらに寄ってきてこう聞いてきた。
「今日大丈夫?」
「いいのか?早ければ早いほど俺は助かるんだけど。バイト終わりでいいか?」
「ん、それで大丈夫だって」
そこまでは期待してなかったが、これは助かる。
できるだけ早く確認するべきことがあったから。
「じゃあ、また後でね」
電話を切った福村は、俺とは違う方向、駅へと向かって歩き出す。
俺はその背中に声をかける。
「ありがとな」
「ん、どういたしまして」
夕日を受けて、そうはにかむ彼女。その表情に、一瞬影が刺したように見えたのは気のせいだっただろうか。
ーーーー
時計の針が8時を回ったところで、今日の営業は終了となった。後片付けを済ませて、俺は店を出た。
二人との待ち合わせ場所は、近くのファミレスだ。何度も店にお世話になるわけにもいかないから、場所を変えたのだ。
「ちょっと待ってください、先輩!」
「ん、どうした?何かあったか?」
そんな俺の手を掴み、引き止めたのは榊原だ。さっき挨拶はしたんだが、どうかしたのだろうか。
「もしかして、この後あの人と会うんですか?」
「え、どうしてそれを?」
予想外の言葉に、つい呆然としてしまう。隠していたわけでもないが、この後の予定は話していなかったからだ。
「だってなんか、おかしかったですもん。どこか上の空っていうか、集中しきれてないっていうか」
「それは、そうかもしれなかったな」
否定できなかった。確かに俺は、この後のことで頭がいっぱいだったかもしれない。
「そうだよ。ちょっと話をな」
「そうなんですか」
俺が肯定すると、榊原はどこか悲しそうな、そんな表情を浮かべた。
あ、そう言うことか。
その原因には、すぐに辿り着くことができた。
「勘違いすんなよ?別に榊原がいるから場所を変えたりしたわけじゃないぞ。そう何度も店を借りるわけにいかなかっただけだから」
「え、あー、そういう、いや、そうなんですけど。それだけじゃないって言うか、んー。鈍いのか鋭いのか」
あれ、何か微妙な反応。てっきり俺が、榊原をいるところを避けたと勘違いしたと思ったのだ、違うのか?
「わーごめんなさい!別に困らせたいわけじゃないんです!なんというか、えーと、その」
なんとか、と言った様子で彼女は、続く言葉を放った。
「わ、私も行っていいですか?」
恐る恐る、彼女はそう言った。
「それは、えっと」
俺は返事に困った。正直連れて行くという選択肢はなかったはずなのだが、いざ断ろうとしたら言葉が出てこなかったのだ。
それは多分、彼女の優しさに傷をつけることだから。それはかつての自分を、否定することだから。
彼女もまた、自分に踏み込んでくれる人の一人だ。
特に彼女は、この一件に全くの無関係。それなのに俺を案じて、気にかけてくれる。
踏み込ませてしまうのを愚策と思いながらも、前回彼女が話を聞くのを容認してたのは、結局その優しさに俺が甘えた結果だ。
前を向くと決意したって、やっぱり迷ってしまう。
その甘えを受け入れるか、切り捨てるか。俺の根底に根付く弱さは、未だなお健在だった。
沈黙が流れる。いや、流れてしまう。もちろん原因は俺なんだが、それを破ったのは榊原だった。
「ごめんなさい。さっきのやっぱ無しで」
「あっ……」
最低なことに、気を使わせてしまった。断るにしても、最悪なパターンだ。
何か繕う言葉を探したが、あいにく気の利いた言葉を言えるほど、俺の語彙力は豊富ではなかった。
ーーーーのだが、
「やっぱり、絶対ついていきますので。あの3人で会話とか正直、うまくいく気がしないです。だから、だから私が助けてあげますね?」
ニカッとはにかむ彼女は、俺なんかよりずっとずっと強い子だった。
そしてまた、俺は気づく。またしても、言われて気づく。
俺はこの言葉が欲しかったんだと。
卑怯だと思う。相手が望む言葉を言ってくれるのを待つなんて。
なんだかんだと言いながら、結局は踏み込んでもらいたいんだ、俺は。
それが俺にとって、信頼の証明になるから。
人を信じるのは、正直言ってまだ怖い。
あの裏切られた日からずっと、俺は変わらずにいる。
確たる証拠がないと、俺は人を信じられない。
自分でも気持ちが悪いと思う。
人に向けられた信頼を、信じないで拒絶するくせに、その実踏み込んでもらうことを心のどこかで望んでいる。
信じないくせに、信じて欲しいだなんて、全くもって傲慢と言うほかないだろう。
「そうだな。よろしく頼むよ」
俺の言葉に、ホッとしたような表情を浮かべる榊原。
いつのまにか、欲張りになったと思う。何もいらないと諦めていたはずなのに、今では欲しいものがたくさんだ。
だから間違えてはいけない。
捨てていいもの。捨ててはいけないもの。
選んだ以上、その行動には責任が伴う。だから中途半端じゃダメだ。
その優しさに報いるためにも、俺は前を向こう。
待ち受ける困難も、なんだか簡単に超えられる気がしてきた。




