18
「あ、おはよう」
「あ、うん。おはよう」
翌日、登校した俺は正門のところで福村と会った。
別に待ち合わせをしていたとかではなく、本当にたまたま。
「昨日はありがとね」
「や、俺も色々と話せてスッキリしたっていうか。だからまぁ、お互い様ってことで」
実際、色々と吹っ切れたというか、自分のとるべきスタンスはしっかりと確認できた。
「私はあんまり話せなかったけどね?」
「それは……なんというかすまん」
実はそうなのだ。結局板倉の乱入のせいで、本来の彼女の目的は果たせていなかった。
「また、時間作ろっか?バイト以外の時なら、全然暇だし」
「んーん。結果的にはあれでよかったかな」
そう言って、首を振りながら俺の提案を受け入れることはなかった彼女だが、その表情は特に思い詰めているようには見えず、それならばと俺も流した。
「あ、でも何かあったら、その、相談はして欲しいかな?」
少々上目遣いで、そう言ってくる。その姿は、照れているようにも見えた。
というか、俺の周り上目遣いする人多くないですか?気のせいか?
「あー、そうだな。そうさせてもらうよ」
そうならないのがベストだが、向き合うと決めた以上それは避けては通れないだろう。
「あと、これだけは言っておくけど……今は大してハブられたりとかしてないから。気にしてくれるのは嬉しいけど、そこはあんまり気にしないでね?」
「そっか。わかった」
とは言いつつも、気にはなるけどな。多分、向こうもそれはわかってる。
分かってて、聞いたんだ。「私は大丈夫」と、遠回しに伝えるために。
その気遣いに、胸があったかくなる。
「じゃ、またな」
「うん、またね」
俺たちはそれぞれの教室へと入っていく。不思議とこれまでの不安は、心なしか軽くなっていた。
ーーーー
そういえば、と思い出す。今篠原と園田って付き合ってるんだよな。
正直俺としては打算が見え透いているような気がしてならず、一応何かされるかも知れないので用心に越したことはないだろう。
その他嫌がらせ、何かあったら対応できるように身構えていたのだが。
特に篠原からのアプローチもなく、何も起きることはなく、6限の授業が終了して放課後となった。
白河が訪ねてくることも今日はなかった。
身構えていた俺にとっては少々拍子抜けだが、何も起きないというなら、それはそれで構わない。
別に、誰かを陥れるのが目的じゃない。あくまで俺は、俺を信じてくれた福村の立場さえ守れればそれでいいのだから。
だけどなんというか、このタイミングで嫌がらせがパタンと止むのも、どこかタイミングが良すぎるというか。
特に白河だ。あいつは俺に恥をかかされたと思い込んでるから、面倒なんだよな。完全に言いがかりであるのだが。
だけど思い込みは恐ろしいもので、自分の非を見えなくしてしまう。きっと彼はもう、引き返せないところまで来ているのだろう。
とは言え放課後だ。俺はさっさと帰ろうと思い、カバンを手に取った。
ぴろん♪
その時だった。俺の携帯が着信を知らせたのは。
【いつでもいいのですが、お時間ありますか?できれば会って話がしたいです】
そんな文面を送ってきたのは、宮島だった。
何かあったのだろうか。いや、そもそもまた話したいと彼女は言っていたし、まだ言い残していたことがあったのかもしれない。
彼女の想いを知った今、断る理由はない。
ただ、俺は一つ彼女にお願いをした。彼女はそれを二つ返事で了承してくれた。
突然だが、時間は今日の放課後になった。明日はバイトがあるし、できれば早めに話しておきたかったからだ。
ともなれば、待ち合わせ場所に向かおう。
その前に俺は、隣のクラスを訪れた。
「あっ、喜多見?」
「ちょっといいか?」
もちろん福村に用があってだ。
「この後、時間あるか?」
「へ!?い、いや、あるけど……?」
どうしたんだろうか。いきなり慌てふためく彼女。
俺は本題に入ることにした。
「実はさ、この後ある人と会うんだけど、くる?」
「え、あぁそういうこと。てっきり」
「てっきり?」
「いや、なんでもないから!で?どんな人なの?」
はぐらかされてしまったが、仕方ない。俺はご要望通りに宮島のことを少し説明する。
「行く!でも、向こうは大丈夫なの?私が行っても」
宮島のことを説明し終わり、彼女はすぐにそう答えた。だけど、向こうの都合が気になるようだ。
「大丈夫。確認は取ったから」
「なるほど、じゃあ安心だね」
というわけで、俺と福村は二人でその場所へと向かうこととなった。
福村と俺はバイト先へと足を進めていた。やっぱり話し合いをするなら、あそこが一番都合がいいからな。
その途中、福村は気づいていなかったようだが白河と目が合った。
十中八九なにか言われるだろうと身構えていたのだが、やつは俺に鋭い視線を向けただけで何もしてこなかった。
意外だった。あいつの狙いは福村だから、もっと突っかかってくるものだと思ってたんだが。
とはいえ、このまま現状維持が一番なのに変わりはない。向こうから何もしてこないのなら、こちらからは何もしないのが一番だ。
「どうかした?」
「や、何でもないよ」
考え事にふけっていたら、隣を歩く福村にそう聞かれる。福村に話すことでもないと思い、俺は適当にはぐらかす。
でも、そんな態度がお気に召さなかったようで。
「ふーん。そうやって隠し事しちゃうんだー」
なんて困ることを言ってきた。
「別に隠し事ってわけじゃ」
「ふふっ。冗談だよ。困らせちゃった?」
からかわれたようだ。困っていたのなんて、わかってるくせに。
「いいから行くよ」
そう言って少し歩を速める。
福村は特に文句も言わずについてきた。
そんなこんなで到着。店内を見渡す。宮島はすでに席についていた。向こうもこちらに気づいたようだ。
「え、加奈?」
「もしかして、まいちゃん?」
二人はお互いを見て、お互いに驚いたようにそうつぶやいた。
あ、そっか。もしかしてこの二人って。
「ちょっと、喜多見こっちきて」
「えっ?ちょ、福村!?」
急に福村が、俺の腕を引っ張って店の外まで連れ出した。
「なんで加奈がここに居るのよ!」
「いやなんでって、彼女が今日会うって言ってた人だし、てか、もしかして知り合い?」
「そうよ!小学校が同じで……その、中学では疎遠になっちゃったけど、仲が良かったのよ」
「あーなるほど」
仲がいい云々はともかく、知り合いだっていう可能性は普通に考えられることだったな。福村は中学が園田たちと離れたと言ってたし、それまでが一緒でも全くおかしくない。
「そ、それで、その」
「ん、どうした?」
福村は何か言い淀むようにしてもじもじとしていた。
「あの子とどういう関係なのよ。その、仲いいの?」
あーそっか。まだどんな人に会うかって話してなかったな。一応顔を合わせてからのほうがいいかと思ったんだけど、知り合いならまぁいいか。
どちらにせよ、福村には知ってもらうつもりだしな。
「例の証拠だよ。まぁ、詳しくは三人でな?」
「え、証拠?……ああ!そういうこと!」
明らかに動揺している福村。そこには安堵も見て取れた。何を危惧していたんだ?
あ、もしかして?
「別に付き合ってるとかじゃないから」
何に向けての言い訳なんだと思いながら、俺はそう言った。でも、俺の予想はおそらく当たっていたようで。
「ふーん。な、ならいいけど」
ならいいけどって、聞きようによっては、だよなぁ。
ここで余計なことを言って機嫌を損ねるのも嫌だしな。
そうやって俺は目をそらした。
「とりあえず。入るぞ」
「ん、そうだね」
そう言って俺と福村は、宮島のいる席へと向かっていった。
`ーーーー
「それにしても本当に久しぶりだね、加奈」
「そうだね、まいちゃん」
席について、二人はそんな言葉を交わす。しかし明らかに宮島の声色は暗いものだった。
それもそうだろう。なんせ彼女はこれから、自分の犯した罪を友人に明かすのだ。
俺以外の人間が来るのは事前に伝えていたから、覚悟はしてきただろう。だけど、かつての友人だったことまでは予想できていただろうか。
仮にできていたとしても、彼女はこの場に来たと思うけど。
「あのね、まいちゃん」
「ん、どうしたの?」
宮島の態度から、真剣な話が始まると察したのだろう。彼女は聞き入れる姿勢をとった。
「私ね」
彼女は話し始めた。その姿は、あの日と変わらず断罪を望む子供のようだった。
それだけで彼女の、この場にかける思いが伝わってきたのだったーー
ーーーー
「ってことなの」
「そう、だったんだ」
宮島は全てを打ち明けた。俺に告白したことを、彼女にとって関係のないはずの福村に全てを話した。
それを聞いた福村は、しばらくの沈黙の後、こう語り出した。
「正直、私から言うことはないかな?」
「え?」
そんな言葉に疑問符を浮かべる宮島。
きっと彼女は、福村に責められると思っていたのだろう。だけどそうはならなかった。
「そりゃ腹は立ったし、ひどいとも思った。でも、許すか許さないかは喜多見次第だし、そもそもそれを望んで行動したわけではないんでしょ?」
「うん。これは私がそうしなきゃって思ってるだけ。許してもらえるかは、関係ない、かな」
たしかにそうかもな。福村に宮島をどうこうする権利は無い。大事なのは俺と宮島の意思だ。
それに宮島は許されることを望んだわけではない、か。それって実はすごいことなんじゃないかって思う。
謝るのは、許してもらうためだ。許してもらえなきゃ意味がない。少なくとも、俺はそう思っていた。
許してもらえるようにと彼女は言っていた。でもそれはあくまで、許されることが彼女の罪滅ぼしに繋がるからそう言っただけか。
謝るという行為にも色々あるんだな。
そしてそれを、宮島は実行している。きっと、たくさんの勇気が必要だったことだろう。
「喜多見がいいっていうなら、もちろん私はいいと思う。それになんていうか……加奈の反省が伝わってきたっていうか、それをただ否定するのも、違うかなって」
「ありがとう、まいちゃん」
まぁなんだ?二人が納得できる形になって良かった。
ここで仲違いされても困るし、実を言うと少し懸念していたことでもある。
晴れて本題に入れると言うものだ。
ーーーー
「で、宮島。話って?」
「うん。まずはこれをみてほしい」
そう言って彼女は携帯を差し出してきた。その画面には、メールが表示されていた。
なんかデジャブ。
【☆速報☆喜多見、また色んな人に迷惑をかけてる模様!!反省の色なし!!】
「まじか」
「また?」
誹謗中傷、再びである。
「またこんなメールが回ってきてね、しかも送信元が、その」
彼女は画面をスクロールして見せてくれる。
画面には【Itakura@zmail.com】と書かれていた。
「板倉か…」
「そんな、瑞樹、どうしてよ」
隣の福村は、俺以上にショックを受けていた。
まぁそれもそうか。もしかしたらわかってくれるかも、なんて期待が彼女にはあったのかもしれないしな。
「その、他にもあって」
「これだけじゃないのか」
そう言って宮島は、似たようなメールを2.3通見せてくれた。
「一応伝えておいたほうが、いいと思って」
「ああ、助かるよ。ありがとな」
その後、宮島はすぐに帰った。といっても帰らせた、と言ったほうが正しいか。
この後俺はそのままバイトだし、用もなくこの場には留まりたくないだろうしないな。だけど多分俺が促してやらないと、帰りづらいだろうし。
福村は宮島と一緒に店を出た。きっとこの後、色々と話すのだろう。
「先輩、お疲れ様でした」
「ん?ああ、ありがとな」
俺がシフトに入っている時間まではまだ時間があったので、少しゆっくりしてたのだが、そこに榊原がお茶を持ってきてくれた。
「今お客さんいないからゆっくりしとけって、店長からです」
「ああ、あとでお礼言わなきゃな」
榊原は二人分のお茶を机に置いて、隣に座った。
「いいんですよ、お礼なんて。こんなの、あの時の分ですって」
「ああ、あの誤解の話か」
俺がクビになったと勘違いした事を言ってるようだ。それにしたって引っ張りすぎでは?
「いいんです!!だって、ショックだったのは先輩だけじゃないんですから」
「え?俺だけじゃない?」
それってつまり、榊原もショックだったってことか?
「さ、早く飲まなきゃさめちゃいますよ!てか、この気温ならあったかい必要ないかもですけど」
何だかはぐらかされた気がするが、まぁいいか。
最近どんどんあったかくなってるし、今こうして心が落ち着いてきたのも、きっとそのおかげもあるのだろう。
「あったかいですね」
「そーだな」
だけどそれは、きっとそれだけが理由じゃないってことを、俺はしっかりと自覚していた。
ーーーー
私は再会したかつての友人、加奈と駅に向かって二人で歩いていた。
喜多見はこの後バイトらしい。長居するのもアレなので、二人して出てきたというわけだ。
私の家は駅とは反対なんだけど、そんな距離もないし、何より今は彼女と話がしたかった。
「ごめんね、こんな再会になっちゃって」
加奈が神妙な面持ちで、そんなことを言ってきた。
たしかに、理想とはかけ離れた再会と言えるだろう。
「いいよ、別に。その、すごい反省してるみたいだし」
今日少し話しているだけでも、それがわかった。
彼女は後悔している。過去の行いを、自分の犯してしまった罪を。
その後悔を行動に移している。それが簡単なことでないことは、私にだってよくわかる。
それに喜多見が、加奈の行動を受け入れているんだ。私がとやかくいっても仕方ない。
「彼、不思議な人だよね」
「不思議な人?」
彼、というのはもちろん喜多見のことだろう。
「うん。なんていうか自分の痛みにというかさ、正直私ね、もっと恨まれていると思った。少しも受け入れてもらえなくて、はっきり拒絶されると思ってたんだよ」
「それは」
違うよ。そう、言うつもりだった。
だけどついで言葉が出ることは無かった。私はその言葉を飲み込んだ。
「確かに、そうかもね」
違う。本心ではそう思ってない。
彼は変わったんだ。以前に比べて、なんていうか余裕ができただけだ。
別に痛みに無頓着なんじゃない。彼は目を逸らしてるだけ。
実際に彼は、「辛かった」と言っていたわけだし。
本当は人並みに傷ついてるし、人並みに悲しんでる。
でないと、私が感じていた苦しみに気づけるはずがないから。
ただ、それを表に出さないだけ。
私は思うのだ。
彼が私の立場を案じてくれるのは、自分の痛みから目を逸らそうとしてるだけなんじゃないかって。
つまりは自分と似た境遇(噂や誤解による立場の悪化)に陥った私を助けることで、自分を助けたつもりになりたいんじゃないかって。
人を助けることは、時に自分を助けることになるから。
かつて喜多見に話しかけた私だって、「あの子」に対する後悔があったわけだし。
つまり彼は私に、自分自身を重ねてるんじゃないのだろうか。
要するに、「自分と似た境遇の人」を助けようとしているだけで、私を助けたいわけではない、ということ。
私が特別なわけでは、ない。
そう思ってしまったのにも、理由がある。
だって彼が加奈に向けていた目は、すごく優しいものだったから。
端的に言えば、嫉妬した。
何でもないように受け入れ、彼女と話す喜多見。それを受ける加奈に、嫉妬した。
そうだ。彼は誰にだって優しいんだ。私にだけ特別優しいわけじゃない。
だけどそれを認めたくはなかった。
「ちょっと抜けてるところがあるからね、喜多見は」
だから誤魔化した。嘘をついた。
本当は彼が優しいからって、そう言うべきだ。痛みは感じてるし、悲しいことだってあるんだよって、伝えるべきだ。
だけど私にはできなかった。彼を、喜多見を優しい人間って言ったら、自分の特別が消えてしまいそうだから。
そしてそんな私欲に満ちた、自分の思考に嫌気がさす。
駅で彼女と別れた後、まっすぐ帰宅した私はすぐに寝る準備をした。
一刻も早く眠りにつきたかった。これ以上の自己嫌悪には耐えられそうになかった。




