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店に入ってくるなり大声でそんなことを言う板倉に、俺は目を丸くして驚いた。
驚いたのは福村も同じようで、彼女は彼女で頭に疑問符を浮かべているようだ。
「ちょっと。誰だか知らないですけど、もうお店閉めてるんですけど」
そう言って榊原が間に割って入ってきた。
そう、すでにお店は閉じてある。扉にぶら下がっている板は、すでにOPENからCLOSEに変わっている。
にもかかわらず彼女は入ってきた。普通に迷惑行為だ。
それでも彼女は自分には非がないと、その態度を崩すことはなかった。
「友達が騙されてるのに、黙ってるわけないでしよう?関係ないのは黙ってて!」
「なっ、関係ないって……私だって先輩のこと心配して!」
「心配してるのはこっちも同じなの。わかる?ちょっと黙っててね?」
有無を言わさないその態度に、榊原は気圧されてしまった。
これ以上は彼女が可哀想だ。というか、勇気を出してくれたこと自体が、俺にとってはすごく嬉しかった。
彼女はそこまで行動的ではない、というのが俺の印象だった。
明るいのはあくまで知り合いにだけ。客にまで愛想を振りまくタイプではない。
特に、急な出来事には慌ててしまうことが多い。
俺が彼女の何を知っているんだと言う話だが、ともかく彼女は助けを出そうとしてくれた。
それだけで俺にとっては十分だった。
「榊原、大丈夫だから」
「でも、先輩。この人例の人ですよね?」
直接見たわけではないが、店長から多少の話は聞いていたのだろう。どんな相手かは察したらしい。
「それでも大丈夫だ。ありがとうな、榊原」
「あうぅ。わかりました、先輩」
榊原は俺の言葉に、少々不服そうにしながらも従ってくれた。
それでも心配なのだろう。その視線はずっとこちらに向けられたままだった。
いつまでも話を進めないわけにもいかないので、とりあえず俺は板倉に尋ねる。
「板倉さん。俺たち今大事な話をしてるんだけど、日を改めてもらえるかな?」
きっとこれは避けられない衝突。だからせめて、と思ったのだが。
「馬鹿言わないで。その内に手遅れになったらどうするのよ」
これだ。まるで聞く耳を持たない。これは何を言っても無駄だろう。
「これ以上舞華を傷つけさせるわけにはいかないのよ。それに、恵美もね」
「瑞樹、別に私は、喜多見が悪いなんて思ってない」
彼女の言葉に、福村はそう返す。
その声ははっきりと震えていた。
「恵美と喧嘩したのも?」
「っ!そ、それは関係ないでしょ!!」
「園田と、喧嘩?」
嫌がらせを受けたりとかではなく、喧嘩?
「あんた知らないの?恵美と舞華があんたのせいで喧嘩してるの」
「俺のせいで、喧嘩か」
状況を掴み切れてはいないが、福村の様子を見るに喧嘩をしたこと自体は本当みたいだ。
「ち、違うから!喜多見のせいなんかじゃない!」
福村が声を荒げて板倉の言葉を否定する。
福村の様子は何かに怯えているようで、それはさっき俺に謝ってきた時にも彼女が見せたものだった。
(怖いんだ、きっと)
「なんでそいつを庇うのよ!そいつはいじめなんかをする最低なやつで、今恵美と喧嘩してるのもそいつのせいでしょ!」
「ちがうの!あれは私が言いつけを破ったせいで、迷惑、かけたせいで……」
彼女の言葉がそこで途絶えた。
きっとこの事実を言うことが、彼女は怖かったのだろう。
確かに驚いた。喧嘩という状況にまで発展していることは知らなかった。
そしてそれが俺絡みだということ。
それは確かに、俺は「迷惑だ」って言っただろう。
「勝手なことをするな」「なんで関わろうとするんだ」
「自己満足を押し付けるな」と。
「舞華はなんでそいつに構うのよ!なんでそんな奴の味方をするの!?」
「そ、それは……」
受け入れるのも、突き放すのも、全部苦しくて辛いこと。
だったら一人でいい。本気でそう思ってたし、そうなるように意識してきた。
独りが嫌だから、一人を選んだ。
それを否定されるのが嫌だった。
人の幸せを決めつけないでほしかった。
何かを捨てて選んだ道だなんて、思われたくなかった。
そして何よりも、過去の自分を否定したかった。
間違った考えだと、二度と間違いが起こらないようにと。
「嬉しかったんだよ、本当は」
「……喜多見?」
俺の言葉の真意を掴めない様子の二人。
構わず、続ける。
「自分が否定されたものを、誰かに肯定してもらえた気がしてさ」
その在り方は、理想だった。
別に深い理由なんかなく、手を差し伸べることができる。
かつて否定したら自分に、手が差し出された。
そう感じたんだ。
「別に今の自分が間違ってるなんて思わない。今だって、踏み込むのも、踏み込まれるのも怖くて苦しい」
それでも、今こうして幸に、母さんに向き合おうと思えているのは、そのきっかけを作ってくれたのは、間違いなく彼女だ。
俺があの時、一緒に住もうと言う幸の提案を受け入れられたのは、どうしてだろうか。
連日付き纏ってきた福村から、無理矢理距離を取らなかったのはどうしてだろうか。
「はっきりとは言えないけど、多分辛かったんだと思う」
かつて彼女が言った言葉は、自分の思う以上に響いていた。
きっとその言葉に、知らず知らずのうちに救われていた。
「今こんな状況になっても、正直学校のこととかはどうでもいいんだよね」
嘘じゃない。心底どうでもいい。
だって、俺には逃げ道があるから。全てを捨てて逃げられるから。
「だけど福村が今置かれてる状況は、無視できなくなった」
「え、わ、私の?」
思いがけないタイミングで自分の名前が出てきたことに、福村は驚いていたようだった。
「ああ、福村の状況だけは改善したいと思ってる」
「どうして?私は、自業自得で、私が悪いのに?」
なんで俺が手を差し伸べるのか、分からないようだった。
言葉たらずだろう。そのままの意味じゃない。
だけどあえて俺は、その言葉を選んだ。
「福村が、辛そうだったから」
「っーー!」
きっと伝わる。彼女になら。これ以上は、蛇足だと思った。
だけど、それでは伝わらない存在がここに入る。
「ちょっと、黙って聞いてればなんなの?意味わかんない!!とやかく言ったところで、あんたが最低なやつってことには変わらないのよ!?」
板倉なら、きっとそう言うと思った。
「そ、それは違うって」
福村が反論しようとしてくれるが、彼女は知らない。
あの日何があったのか。俺が何を思ったのか。
彼女は踏み込んでくれた。俺に救いの手を差し伸べてくれた。
だから、今度は。
「今から話すよ」
「「え?」」
二人の声が重なった。
俺は深呼吸を入れて、覚悟を決めた。
「あの日、何があったのか話すよ」
俺も踏み込む時が、きた。
ーーーー
「ちょっと待っててくれ」
そう言って俺は一度席を外す。二人ともそれに何も言うことはなかった。
俺は少し離れたところで、見守ってくれていた店長に声をかける。
「店長、その、もう少しかかりそうなんですけど」
「気にするな。もし遅くなったら、車で送ってやる」
ここは店長の優しさに甘えさせてもらうことにしよう。
俺は店長の横を通り過ぎて、休憩室に入った。
そこに置いてあった自分の携帯で、電話をかける。
「もしもし、幸ーーーー」
「お兄ちゃん!?なんで電話出てくれないの!?」
幸の大声に、少し驚く。
電話をしながら着信を確認すると、確かに何件も入っていた。
連絡なしに帰りが遅くなったから心配してくれたのだろう。
「もー心配したよ?なんかあったの?」
「いや、なんかはあったんだけど、どう説明したものか」
結果が出るのはこれからだしな。
「ま、無事ならなんでもいいけどね?」
「ありがとな。それで、ひとついいか?」
どうしても幸には言っておかないといけないことがある。
「今ある人と一緒にいて、それで、あの日のことを話そうと思ってるんだ」
「……うん。それで?」
あの日というのがいつのことか、そしてそれがどういう意味かは、幸はきっと正しくわかってる。それでも幸は、俺に言わせてくれた。
「本当は一番に幸にしなきゃいけないのに、だ」
「うん」
「もし幸がさ、嫌ならやめる。帰って、幸に話してからにする。俺はどうすればいいと思う?」
この期に及んで、また同じだ。結局幸に頼ってる。
これもまた、ずるい質問だ。
「意地悪だね、お兄ちゃん」
「そうなんだ、ごめんな、幸」
声だけで、幸が少し微笑んだのがわかった。
「言ったよね?待ってるって。だからお兄ちゃんの好きにして?」
「ありがとうな、幸」
こうして俺は、再び背中を押してもらった。
もう逃げるわけにはいかない。
大丈夫。気負うことはない。
こんなにも頼りになる家族がいるのだ。
だから大丈夫。
俺は気持ちを落ち着かせ、二人の元へと戻っていった。




