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一人と独りの静電気 改訂版  作者: 枕元


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こちらの作品は、以前連載していたものの改訂版となります。大まかな流れは前作と同じです。ところどころ展開は変わりますが、辿る結末は同じなのであしからず。


多少読みやすくはなってると思うので、読み返してくれると嬉しいなと思ってみたり。

 期待をしないでほしい。


 きっとできるよ!!


 まだ頑張れるはずだ!!


 勇気を出してみよう!!


 本気でやってみようよ!!



 きっとできる?できなかったからこうしてる。


 まだ頑張れる?なんで頑張ってないことにされなきゃいけない。ただ生きるのにも精一杯だ。


 勇気を出してみよう?勇気を出した結果がこれなんだよ。


 本気でやってみよう?別に手なんて抜いてない。真剣で、全力で、本気だった。


 期待をしないでほしい。


 何でどいつもこいつも、いつまでも俺がいじけている風に、いつまでも挫けたままのように捉えるのだろうか。


 みんなで一緒がいいでしょ?そんなことはない。


 独りは寂しいけど、一人は別に寂しくない。


 一人って寂しくない?そんなことない。


 一人は楽だ。誰にも迷惑をかけないし、かけられないし。


 独りと何が違うの?全然違う。


 独りって、一人じゃなれない。輪を外されて、他人に追い出されて、それで独りになるんだ。


 それが嫌だから、一人になった。


 「それは逃げてるだけじゃないの?」


 誰もが口を揃えてそう言ってきた。


 でも、逃げることの何がいけないことなのか、俺にはわからない。



 独りになるのが辛かったから、一人を選んだ。


 独りが辛いから、一人になったんだ。


 その辛さを与えたのは誰だ?


 別に今さら、誰かのせいだと、声を上げたいわけじゃないけれど。


 住所、月3万の格安アパート。アルバイト週4。

 休みらしい休みもなく、勉強と勤労の板挟み。


 親子仲は最悪。一人暮らしを始めてからほとんど会ってない。2歳離れた妹も同じく。


 本題。


 それで誰かが困るのか?困らないだろ。


 きっとそれは話題にも上がらず、問題として取り上げられることもないことで。


 だって、そうならないために一人なんだから。


 生活には満足してる。贅沢はできないけど、携帯料金を払えるぐらいにはバイトで稼げてるし、貯金だってそこそこある。そりゃ、学生の域を出ないけれど。


 なにせ、1年間ただただ働いてきたから。遊んだ思い出なんて無い。


 文句は言わせない。自分で選んだ道だ。


 ゆえに妥協なんて言葉で表さないで欲しい。


 一人には一人なりの、矜持というものがあるのだから。




ーーーー


 「礼」


 日直の号令を合図に今日一日の授業が終わった。

 自由になった生徒たちは、各々のコミュニティで会話を弾ませる。


 「終わったー!今日この後遊び行かね?」

 「いいねーカラオケとかどうよ」

 「お!それいいね!決まりだなー」


 まさに高校生の放課後といったところだ。


 遊びに行く。部活に勤しむ。自習室で勉強をする。


 それぞれの活動に、口を挟む人間なんていない。


 (今日はバイトないし、さっさと帰ろう)


 かく言う俺、喜多見修也の行動に口を挟む者はいなかった。


 俺がどう言う人間か、一言で表すならいわゆる「ぼっち」だ。


 いつも1人でいるし、その現状を打破したいとも思わない。


 劣等感がないかと言われれば、それは確かにこの胸に渦巻いている。それでもその現状を打破しようと思うことはない。踏み出す勇気なんてないし、そう望んだところで痛いやつと思われるだけだろう。


 誰に声をかけられることもなく、家に着いた。


 俺の家は学校から自転車で20分ほどのところ。


 家賃三万。それでトイレ風呂別。広さも一人暮らしをするには十分。


 都内では他にないほどの好条件。


 ネタバラシをすればいわゆる「いわくつき」。事故物件である。前の住人が、この部屋で孤独死をしてしまった。それゆえの価格なのだ。


 俺はそういうのをあんまり気にしない性格だから、お得ぐらいにしか思ってない。この条件で家賃三万は、正直破格すぎるだろう。本当は他にも死んでたりしないだろうな?


 それに人の人生について語れるほど、人生経験も深くない。孤独死と言われても、他人の人生にそんな思い入れなんてあるわけない。


 その日は簡単な野菜炒めを作って、それを食べて寝た。テストが近いわけではないし、いつもはバイトで忙しいし、たまにはこんな日もあっていいだろう。


 薄っぺらい布団に入り、俺はすぐに夢の中へと旅立っていった。



ーーーー


 「おい。隣のクラスに転校生来てるってよ」


 翌日、クラスを賑わせていたのはこんな情報だった。朝登校したらすでに、教室はこの話で持ちきりだった。


 (転校生か)


 ぶっちゃけ興味はなかった。関わることはないだろうし、ましてや隣のクラスだ。


 「めちゃくちゃ可愛いらしいぞ!後で見にいこうぜ!」


 なんて会話が飛び交う教室で、やはり俺は一人でホームルームの始まりを待った。


 なんて思いつつも俺は、ホームルームが終わってトイレに行く際、ついついその噂のクラスを覗いてしまった。


 覗くといってもほんのチラッとだけど。好奇心というよりは、そう言えば、程度のあれだ。


 でも、そこで俺は信じられないものを見てしまう。


 教室、後方席。小さな人だかりを作っている存在。


 その転校生は綺麗な黒髪をたなびかせ、小さな笑みを浮かべていた。可愛いよりは、綺麗系という印象。

 

 新たなクラスメイトと談笑していたその子に、俺は見覚えがあった。


 「園田、恵美?」


 それはかつて、俺を貶めた少女だった。


ーーーー 

 

 別に正義の味方だとか、そんな物に憧れていたわけではない。


「おい!嫌がってるだろ!いじめなんかしてんじゃねぇよ!!!」


 そう言って俺は生徒数名の前に、校舎裏でいじめられていた子を庇うように立ちはだかった。


 その子は男子数名に囲まれて、悪口を言われていた。水を浴びたのか、服はびしょびしょで土埃で汚れた状態だった。この時は確認できなかったが、もしかしたら暴力も振るわれていたかもしれない。


 なんでそんなことをしたのか。


 その子が好きだったとかそういう特別な理由は別に無かった。ただ目の前の光景を見過ごすことができなかった。それだけだ。


 本当に、ただそれだけの理由。


 その子に対するいじめは、その日を境に無くなった。


 代わりにその日を境に、俺へのいじめが始まった。


 靴が隠されるのは当たり前。プリントは破り捨てられ、露骨に席を離され孤独を感じさせる。


 あっという間にクラスに俺の居場所はなくなっていた。


 俺と仲の良かった友達も、俺と関わるのを露骨に避けた。


 理由はわかる。俺みたいになるのが嫌だったのだろう。


 後悔はなかった。もとよりそうなるリスク込みで助けたつもりだったから。


 周りに相談はしなかった。そうすることが、いじめている奴らにできる抵抗だと、その時は信じてやまなかった。


 ただの意地だ。なんの意味も持たないくだらないプライド。それでも当時の俺は、それが正しいと思っていたんだ。


 いじめには耐えられた。自分が正しいことがわかっていたから。


 実際、抵抗の仕方はともかく、悪いのはいじめてきていた奴らだ。それがわかっていたから、耐えられた。


 でも、それは長く続かなかった。


 ある日の放課後、忘れ物を取りに教室に戻った俺は見てしまったのだ。


 俺の机に、悪口の書かれた紙を入れる彼女を。


 今までも何度か机に入っていた、罵詈雑言が書かれたその紙を入れる瞬間を。


 かつて俺が助けたはずの、いじめられていた彼女がいじめる側に立っているという事実は、俺の心を折るのには十分だった。


ーーー


 いじめは程なくして発覚した。俺が学校に行かず部屋に閉じこもったため、学校側で調査が行われたからだ。


 でも、俺に降りかかる不幸はここで終わらなかった。


 いじめとなったきっかけは、元々俺が発端、ということになったのだ。


 曰く、俺が()()()()をいじめていたから、仕返しのつもりでやってしまった。


 俺をいじめていた奴らはそう証言したらしい。


 そしてそれを、あの子は否定しなかった。


 俺はもちろんは否定した。当然だ。そんなの身に覚えがない。


 「反省しなさい!!このバカっ!!」

 「お兄ちゃん、最低だね」


 母と2個下の妹は信じてくれなかった。父は数年前に死んだ。生きていたら味方についてくれただろうか。俺の言うことを信じてくれただろうか。


 泣き寝入りしかできなかった。だって、何を言っても信じてもらえないんだから。家族だってそうなら、他の人だってそうに決まっている。もちろん小さな望みにかけて精一杯の抵抗はした。意味はなかったが。


 それが3年前、中学2年の夏の出来事。この出来事を境に、俺は人を信じるのが怖くなってしまった。




 だから自分を守ることにした。最初から、人を信じるのをやめた。ただ怖かったとも言える。


 裏切られるぐらいなら、親しくなんてならないほうがいい。そうじゃないと、もしまた繰り返したとき、きっと自分はそれに耐えきれない。


 髪を目元まで伸ばし、マスクを常に付けることをかかさない。高校2年生になった俺は、こうして学校生活を送っていた。


 中学はほとんど不登校だった俺は、それでも必死に勉強を頑張った。その甲斐あって、なんとか県内でも進学校と言われているこの高校に入学できた。


 入学にあたって、親には反対された。代わりに通信制の高校に通うことを勧められた。それでも俺の模試の成績を見て思うところがあったのか、入学を許してくれた。


 お金は父方の祖父母が支援してくれた。母さんも父さん亡き後働いてはいたが、二人を進学させるには稼ぎが足りなかった。要するに、俺の進学よりも妹の進学を優先させていたのだ。まぁ、そこに関してはどうこう言うつもりはないけれど。


 息子の愛した家族として、支援を惜しまずにいてくれた祖父母には感謝しかない。


 しかし、あれから親子の仲は最悪と言っていいものだった。お互いに不干渉。そんなに息子と関わるのが嫌なのか、一人暮らしをしたいと言ったら、割とあっさり許してくれた。妹も何も言わなかった。きっと煙たがられていたんだろう。


 その結果、今の俺はバイトと学業の二足の草鞋。遊ぶ時間とかはほとんどない。


 もとより、遊ぶ相手もいないんだけどな。


 誰とも会話せずに学校が終わる。学校から少し離れたカフェでバイトをして、帰れば勉強。そんなつまらない、代わり映えのしない毎日を送っていた。


 それでも、あの不登校の日々と比べればなんでもない。


 これ以上は望まない。望めない。


 なんでか?そんなの簡単だ。


 怖いから。ただただその一言に尽きる。

 

ーーーー


 だからまず思ったのは、同じクラスじゃなくてよかったということ。


 クラスさえ違えば、きっと大丈夫だ。関わることさえしなければ、きっと大丈夫。


 まぁ、いいだろう。ともかく自衛すればいいのだ。


 もう間違えない。同じ()()は繰り返さない。


 そう決意した俺は、そのあと放課後まで教室から出ることはなかった。



ーーーー


 「なぁ、聞いたか?園田さんさ、あの篠宮に告白されたらしいぜ!?」

 「え、一週間で?早いなー。でもまぁ、あんだけ可愛ければなぁ」

 「結局それは断ったらしいけど、絶対篠宮も諦めてないよなー」


 彼女の転入から、一週間がたった。


 これは俺の後方席の生徒の会話だ。


 ちなみに俺は読書中。聞き耳を立ててるわけじゃない。会話の音量がデカ過ぎるだけだ。内容が内容なので、途中からは耳を傾けているが。


 

 彼女は、順調に人間関係を築いていったようだ。


 篠宮といえば、サッカー部の次期エースとまでいわれるようなやつ。ちなみにうちのサッカー部はかなり強い。去年も全国大会に出たようだ。詳しくないからどれぐらいすごいかはよくわからないけど。


 そんなやつに告白されたのか。何か、自分が小さく見えてくる。


 どうなっても俺には関係ない。それでも彼女のことはどうしても気になってしまう。


 彼女に関わってはいけない。


 傷つくのは俺だ。彼女のことはもちろん気にはなるが、しっかり一線を引くことをしなければ。


 そんなこんなで俺は、かなり不自由な学校生活を送っていた。


 朝の登校はもちろん、教室移動だって危機管理は欠かさなかった。


 自意識過剰かもしれない。いや、きっとそうなのだろう。


 向こうは俺に気づかないだろう。もう忘れているに違いない。


 それでも、怖いのだから仕方ない。長くても、後2年の辛抱だ。


 いや、ほんと長いな。


 この先の苦労を想像して、少しナイーブな気持ちになる俺だった。


ーーーー


 1ヶ月が経った。


 依然、俺は彼女とのコンタクトを避けている。

 上手いこと避けれているのか、向こうはまだ俺の顔さえ見れていないはず。流石に気疲れしてきた。


 もういいか。そう思いかける心を叱咤激励。用心に越したことはないだろう。


 彼女は、トップカーストとやらに君臨しているらしい。


 らしいというのは、基本情報源が後ろの席の2人だからだ。声大きいとかいってごめん?これからも頼むよ。


 そんな話を聞いて、俺の胸中は複雑な思いで埋め尽くされていた。


 その気持ちに、名前をつけるのはやめた。きっとそれをしたら、本当にそのことしか考えられなくなる。


 その事実から、必死に目を逸らす。仕方ない。()()と向き合えるほど、俺は強い人間じゃない。



ーーーー


 「わっ」

 

 「っ!あ……ご、ごめん」


 そしてついに、その時が来てしまった。

 もういいか、なんて思ってしまったからだろうか。


 教室移動の際のことだ。不幸にも俺は、園田と教室の入口で鉢合わせてしまった。

 彼女は友達だろうと思われる女子と2人だった。


 一瞬思考が跳びかけたが、何とか謝罪の言葉を捻り出した。


 そのまますぐにそこを立ち去ろうとするのだがーーーー


 「ーーーーまって!」


 それを遮るように、俺の手が掴まれる。


 時間が、止まる。


 一緒にいた女子も、園田の行動に、目を丸くして驚いている。無理もないだろう。いきなり気にかけたこともない俺のことを、彼女は引き留めたのだから。


 そして対する、俺の反応は最悪だった。




 「さ、触んなっ!」



 俺はそんな言葉を吐きながら、彼女の手を振り払ってしまった。


 俺は1人静かに、平穏な学園生活が終わったことを悟った。


 手を取って制止する。


 彼女にしては、大したことじゃなかったかもしれない。


 でも俺にはそうじゃなかった。だから俺は、反射的にその手を払ってしまった。


 「っーー!」


 そんな俺に、彼女は怯えるような仕草で、一歩その場を後ずさった。そしてぺタンと、その場に座り込んでしまった。


 俺は今どんな顔をしているだろうか。怒った顔か?それとも,泣きそうになっているのか?昂った感情の下では、そんな自己分析もままならなかった。


 (終わった)


 どこか客観的に、どこか他人事のようにそう思った。


 幸いにも、見ていた人は友達と見られる女子1人。


 でも、噂が広まるのなんてすぐだ。


 きっとまた、あの頃に戻ってしまうと、それが俺にはわかってしまった。


 仕方ないじゃないか。俺だって悔しかったんだ。彼女に対して、俺は劣等感を感じていたんだ。


 あの時からずいぶん変わった彼女を見て、「何でお前が」って。


 気にしないふりしたって、負の感情は常に俺の中に渦巻いていたんだ。


 「あっ!ま、待って!」


 俺はその場を逃げ出した。耐えられなかった。これ以上あそこにいたら、それこそ止まれなくなる。


 結局その日は早退した。


ーーーー


 それから一週間。俺は学校を休んだ。また不登校に元通りなんて、最悪な想像が否応なく頭をよぎる。


 高校は中学とは違う。このままでは待っているのは退学処分だ。


 それに今回は、以前と違っていじめはない。学校側に俺を鑑みる理由は存在しないのだ。だからどこかのタイミングで学校には行かなければいけないのだが。


 (だめだ、怖い)


 怖かった。またあの日々が始まると思うと、俺に一歩踏み出せるだけの勇気はなかった。


 結局その日も学校には行かなかった。



ーーー


 「修也?その、どうしたの?」


 翌日、俺の家を訪れたのは妹の(さき)だった。どうやら学校から俺が一週間休んでいることを聞いて、様子を見にきたらしい。母は仕事で来れなかったらしい。


 玄関先から問いかけてくる幸にそっけなく返す。


 「別に、体調が悪いだけだ」


 「嘘つかないでよ。学校で何かあったの?」


 嘘は分かるらしい。本当のことは信じてくれなかったのにな。


 「うるさいな......関係ないだろ」


 そもそもなぜ幸に事情を説明しなければならないのだろうか。というか、説明しても無駄だろう。


 「関係ないって何よ……そんな他人みたいに言わないでよ」


 そうだな、はっきり言おう。


 「帰ってくれ。過度に関わらないでくれよ、迷惑だから」


 「なっ!そ、そんなこと言わないでよ!!何でよお兄ちゃん!」


 久しぶりに聞いたな。お兄ちゃんって。あの日を境に言わなくなったくせにな。


 扉越しだが、幸は泣いているように感じた。それを見て思ったのは、ふざけるなってこと。泣きたいのはこっちだっての。


 程なくして幸は帰った。去り際に、また来るからと言って。


 幸がこんな態度を取っているのはごく最近の話だ。どんな風の吹き回しかは知らないが、迷惑そのものだ。


 幸のなかでは、あの件はすでに消化しきれているのだろうか。もしそうなのだとしたら、なおのこと惨めである。


 どんよりとした空気の残る部屋で、俺はカップ麺にお湯を注いで、無言で食べた。


ーーーー


 俺が再び登校したのは、早退してから10日のことだった。


 正直登校するのは辛かったが、退学はもっと嫌だった。


 担任の先生もかなり心配してくれてたようで、しきりに体調を心配してくれた。


 実際は心の問題だったので、仮病を使ったことに対する罪悪感が少し湧いた。


 (いつも通りだな)


 端的に言えば、ほんとに何も変わらなかった。


 久しぶりに登校してきたことに対する視線はいくつか感じたが、それもすぐに無くなった。


 普段の存在感がわかるというものだ。いてもいなくてもあまり変わらない、それが今の俺の立ち位置だ。


 ともかく一安心だ。少なくとも園田にあんな態度をとってしまったことは広がっていないようだ。





 (やっぱり、謝るべきだろうか)


 昼休み、一人で昼食をとりながら俺はそんなことを考えていた。


 もし彼女が、俺のことを覚えていなかったとしたら、印象は最悪だろう。穏便に済ますにはそれが一番だ。


 とはいえ手を取って俺を引き止めたのは彼女だ。やはり、俺のことは覚えているとみるべきか?藪蛇とならないか?


 何もわからない現状。


 (関わらなくていっか)


 話は結局振り出しに戻った。今度は油断しない。偶然だって回避してみせる。


 結局あの出来事だってそうだ。俺の行動次第で回避できた。

 もう失敗しない。



 そう決意を改めた直後だった。



 「ちょっと付き合いなさいよ、あんた」


 教室を入って一直線で、彼女は来た。


 そして俺の座っている席に着くなり、そう告げた。


 彼女はあの日、園田の隣にいた女子だった。



 「私は名前は福村舞華。心当たりはあるわよね?」


 その有無を言わさぬ視線に耐えきれず、俺は言う通りにする他なかった。



ーーーー


 「あんた、あの日のあれはどういうつもりなの?」


 福村と中庭の人気のないところに移動して、まずそう聞かれた。


 福村は園田と同じクラスらしい。


 (どう答えるのが正解なんだろうか)


 この口ぶりからして、過去のイジメの件は知らないらしい。知っていてこれなら、もう打つ手はない。お手上げだ。


 「恵美、すごい傷ついてた。あんたあんなことしておいて謝罪のひとつもないわけ?」


 まぁ、事情を知らないならそうなるよな。多分この子は、本当に園田のことを大切に思ってるのだろう。


 「理由は聞いてあげる。よっぽどのことじゃないなら、絶対に謝ってもらうから」


 前提を排除すれば、正しいのは彼女だ。そりゃあんなことしたら、理由はともかく謝るのが普通だろう。


 その上彼女は理由を聞く姿勢も見せてくれている。


 「俺さ、潔癖症なんだ」

 「ふぅん。続けて?」


 「特に人に触られるのが苦手なんだ。あの時、急に手を掴まれて驚いてしまったんだよ」


 「なるほどね。でも悪いけど、それは謝らない理由にはならない」


 そう来ると思った。でも、ここで引き下がらない。俺にだって反論はある。


 「聞きたいんだけど、何で園田さんは俺を引き止めたの?」


 「そ、それは、私も知らない」

 

 (やっぱりか)


 きっとそうなんだろうと思った。もし園田が俺を引き止めた理由を知っていれば、こんな強気には出れないだろうから。


 「事情を知らないとはいえ、俺も嫌なことされた。だから、お互い様ってことにしてほしいな。少なくとも、彼女が俺を引き止めた理由がわからない以上、俺は謝りたくない」


 「……あっそ。じゃあ、もう行くから」


 思ったよりもあっさりと、彼女は諦めて去っていった。


 これでいいんだ。もう、いい加減にあの時のことは無かったことにしたい。


 多分園田は俺に気づいているんだろう。彼女にとっても、いじめられてたという嫌な思い出なはず。福村に事情を話さなかったということは、園田にとっても俺を貶めてまで広げたい事実ではないということ。


 互いに不干渉。関わらなければそれでよし。簡単だ。


 きっと向こうもそれに気づいている。だからこの不文律は成立する。


 「めんどくせ」


 ついこぼれた正直な気持ちは、誰に届くこともなかった。


ーーーー


 喜多見修也は嘘をついている。


 彼と話して、私はそう確信めいたものを感じていた。


 「ほ、ほんとにあれは()()()()掴んじゃっただけだから」


 理由は彼女、恵美の反応があまりに変だから。


 もちろん喜多見の話し方がなんとなく(偏見かもしれないが)嘘っぽかったというのもある。


 それにしても、この恵美の反応には引っかかるものがあった。


 (だったらなんでそんな悲しそうな顔してるのよ)


 恵美とは、小学校の頃以来の友達だった。当時からすごく仲が良くて、中学の時少し疎遠になってしまったけど、先日再会を果たして、すぐにまた仲良くなれた。


 彼女は、嘘をつくのが下手だ。すぐ顔に出る。私にはそれがすぐにわかった。


 (あの日以来、明らかに元気がないし)


 あの日とはもちろん、恵美が手を振り払われた時だ。


 あの日以来、彼女は見るからに元気がない。どこか上の空というか、本来の精彩を欠いているというか。


 とにかく、本調子でないのは明らかだった。


 それに、たまたま手を掴むことなんてあるだろうか。 

 喜多見もそこが気になっていたみたいだし。


 (絶対に2人には何かある、けどなぁ)


 恵美がこの調子では、どうも事情を聴くのは難しそうだ。


 現状手詰まりな以上は、静かに見守るしかないだろう。 


 私としては非常に不服ではあるのだが。


ーーーー


「いらっしゃいませー」


 普段は出さないトーンの声で、静かな店内に来客を知らせる。


 今俺は、アルバイト中である。


 アルバイト先は、家の近くでひっそりとやっているカフェだ。


 ひっそり、とはいえここのケーキはコアなファンがいて、土日ともなればそこそこの盛り上がりを見せる。


 俺はあくまで人と親しくなるのが怖いだけで、別に人と話すのが苦手なわけではない。ゆえに、接客業でも問題はない。


 店長もいい人だ。いい人、というのは俺にとって都合のいい、と言う意味に近いが。


 簡単に言えば、無愛想。俺の他にもう1人バイトの子はいるが、あまりわいわいと話してるところを見たことがない。


 無愛想といっても、別に意地悪してくるとかじゃない。単に会話が少ないってだけだ。


 俺としてはそんな距離感はありがたい。正直言って、お給金さえいただければそれでいい。

  

 俺は学費以外、基本的に自分で稼いで生活してる。そのため、バイトは必須。


 正直俺がうまくこなせる仕事が見つかったのは、かなりの幸運だと思っている。ここまで人付き合いが楽な職場はないのではないか。


 「「あっ」」


 そんな職場でも来客だけは操作することなんてできない。

 俺は今日二度目の不幸に、頭を悩ませるのだった。


 「なんであんたがここにいるのよ、喜多見」


 バイトに決まってるだろ。口には出さないが、そう胸の中で言い返す。


 客は福村だった。


 「お一人様ですか?」


 福村の質問に答えることはせず、マニュアル通りの接客をする。


 「後で1人来るわ。だから2人席でお願い」


 変に追及してくることはなかった。聞きはしたが、答えは福村の中で出てたのだろう。


 俺はご要望の通りに、福村を2人席へ案内した。


 「今は店内が空いてるので、オーダーはお連れの方とご一緒で構いません」


 水を出し、そう告げる。もちろんマニュアル通りである。

 

 「そう、ありがと」


 なんだか含みのある言い方のように思えたが、気にしないようにした。



 10分ほどが経ったころだろうか。店内に一人の来客があった。


 制服を着ているので、高校生だろう。彼女は店内をキョロキョロと眺めていた。


 十中八九、福村の連れだろう。


 「あっ、私待ち合わせ……で、す?」


 俺は彼女を、福村のもとに案内をしようと近づく。


 しかしお客さんの様子が何かおかしいことに俺は気づいた。だけどその理由まではわからない。


 俺の顔に何かついてるだろうか。飲食店というのもあって、接客中は清潔感に気を配ってはいるのだが。


 「あっ、瑞樹。こっちよー」


 やはり福村の連れであってたようで、瑞稀と呼ばれる子を手招きしている。


 「ちょ!舞華!ちょっといい!?」

 「え?うん。どうしたの?」


 彼女は福村の方へ行くと、何かを耳打ちしてた。


 にしても、瑞樹という名前に、何か聞き覚えがあるような?


 「うん。わかった」


 福村は何か納得したような顔で、立ち上がり言った。


 「悪いけど、帰るわね」

 「あ、はい?それは構いませんけど」


 何かあったかは知らないが、引き止める理由は全くない。オーダーもまだだったし。


 気になるとすれば、瑞樹と呼ばれた子が、なぜがこちらを睨んでいるような気がすることだろうか。


 「またのご来店を、お待ちしてます」


 これっぽっちも思ってないことを、俺は張り付いた笑顔でいうのだった。



ーーーー


 「それで?どうしたのよ。急に場所を変えたいなんて」


 瑞樹に連れ出された私は、街中を歩きながらその理由を問いただしていた。


 瑞樹は私と恵美の共通の友人だ。小学生の頃からずっと仲が良くて、中学では私だけ離れてしまって、少々疎遠になっていたが、久しぶりに会おうってことになったのだ。恵美も誘ったけど、都合が悪かった。ま、いつか3人で集まれるだろう。


 それで、店を出た理由は多分、()なんだろうけど。


 「ごめんね?でも流石に()()()()()がいるところは嫌でさ」


 やはりそうか。店を出る時も何故か睨んでいたし、そうだろうと思ったのだ。


 そしてあんなやつ、ときたか。


 「それで?瑞樹はあいつとどんな関係なのよ」

 「中学の同級生よ。お互い直接の面識はないけどね」


 へぇ、それは驚きだ。恵美と瑞樹が一緒の学校だったのは知ってたけど。


 「ふーん。それで、どんな奴なのよ」

 「例の件の主犯格よ。え、もしかして恵美に聞いてないの?」


 「やっぱりなんかあるの?」

 「あのばか恵美!中学の頃は話してあるって言ってたのに!」


 何のことだ?どうやら恵美は私に何か隠し事をしているらしい。


 「てか、なんで愛華があいつのこと知ってるのよ」

 「なんでって、一応同じ学校だし。クラス違うけど」


 「は、はぁ!?恵美とあいつが同じ学校!?」


 え、私じゃなくて()()()


 「やっぱりなんかあるの?」

 「やっぱり、というと?」


 「あ、それはねーーーー」


 私はあの恵美が手を振り払われた時のことを、瑞樹に話した。


 「なにそれ、ほんと許せないんだけど」


 話を聞いた瑞樹は、明らかに怒りを含んだ瞳で、そう呟いた。


 「確かに嫌な反応だけど、潔癖症ならまだあり得なくはないんじゃない?」

 

 別に味方をするわけではないが、そう言った意見を出す。しかし瑞樹の反応は違った。


 「ごめん、先帰ってて」


 「えっ!?ちょっ、瑞樹!?」


 瑞樹は来た道を戻り始めた。そして真っ直ぐにあの店を目指して早足で歩き始めた。


 「ちょっと!?なにするつもり?」

 「わかんない。でも、文句だけは言いたい」


 完全に頭に血が上っているのがわかった。理由を話す余裕すらないようだ。

 なんとか落ち着かせようとするが、それは叶わなかった。


 とうとう店の前まで来てしまった。


 店の扉には『閉』という看板がぶら下がっていた。


 時計を見れば、ラストオーダーは過ぎていた。他に客がいなかったから、もう店じまいをしたのだろう。


 間が悪いことに、彼はちょうど店を出て来てしまった。


 「私のこと覚えてる?」

 「……?ごめんなさい?覚えてないです……?」


 突然の瑞樹の質問に、彼は驚いたような表情を見せた。それもそうだろう。店を出るなり、話しかけられているのだから。


 「私、中学の同級生なのよね、あなたと」

 「っ!!そ、それじゃあ……!」


 喜多見はチラリとこちらを気にするそぶりを見せた。


 「私ね、恵美の友達なの。わかってるわよね?私が言いたいこと」

 「......」


 彼は瑞樹の言葉に、バツが悪そうな表情を浮かべていた。






 「なんとか言いなさいよ!!この()()()()()()()





 「え?いじめ?」


 私はその予想外のワードに、キョトンとしてしまう。


 「そうよ!こいつは恵美のことをいじめてた奴よ!あろうことか、恵美のことを助けたとか嘘までついて!!」

 「……」


 「また黙るの?恵美に謝りもしないで不登校になったくせに!私はあんたみたいな最低なやつのこと、絶対許せないのよ!!」

 「……」

 「ちょっ、ちょっと瑞樹どういうことなの?」


 私の制止を意に返さず、瑞樹は続けた。


 「最近恵美にまた酷いことしたらしいじゃない。ねぇ、どういうつもりなの?」

 「……」

 

 彼は黙ったまま、全く動かない。その姿からはまるで、諦めに近いものを私は感じた。


 「二度と恵美に近づかないで!!このクズっ!!」

 「あっ瑞樹!?」


 最後にそう言い残して、瑞樹は反対方向に歩き出した。私はそれを慌てて追った。


 振り返ると、喜多見は変わらずそこで立ち尽くしていた。


 少なくとも、見えなくなるまではずっと、ずっと。




 ずっと独りで。

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