第九話 お姉さんに事情を話すと……
そんな……あいつが葉月さんの弟?
何となく感じていた嫌な予感って、もしかしてこれの事だったのか?
「し、進一郎?」
「はっ!」
信じられない現実を目の当たりにしてしまい、咄嗟にこの場から逃げ出してしまう。
こんなことがあって良いのかよ……折角、里美の事もこれで吹っ切れると思ったら、まさか新しい彼女の弟が元カノを寝取った男だったなんて。
「はああ……どうして、今まで気づかなかったんだよ」
休み時間に中庭のベンチで項垂れながら頭を抱えてしまうが、思い起こせば、葉月さんの弟じゃないかって疑問に思った事は無かったわけじゃなかった。
だけど、まさかと思い、あまり深く考えないようにしていたんだけど、寄りにもよって葉月さんと付き合い始めた直後にそれに気づくとは。
これじゃ葉月さんと会うたびにあいつの事、思いだしちゃうじゃん。もちろん、葉月さんは里美の件には無関係なのはわかるけど、それでも頭にチラつくのは避けられそうにない。
つか、良く見てみると、二人とも顔は似ている感じだな。
葉月さんも美人だけど、あの野郎も一応、顔はイケメンの部類には入るし、美男美女の姉弟ってか。
そんな事はどうでも良いが、とにかく
「あのー、進一郎」
「――! 里美……何だよ?」
「何だよも何も……さっき朝で会った時、何か変だったから、気になって……」
ベンチで項垂れていると、俺の事を心配したのか、里美が声をかけてきたが、こいつには関係……なくはないし、むしろ元凶だけど、今は里美と話す気分にはなれない。
しかし、確認したいことはあった。
「別に何でもない。お前と話すことねえし」
「そう。じゃあ、もう行くから」
「待て。一つだけ教えろ。あの男の名前は何だ?」
「あ? 名前って……」
「いいから! 三年の何て奴? フルネームで教えて」
「……英樹よ。三年のバスケ部の大場英樹先輩。それがどうしたの?」
「…………」
里美がいぶかし気な顔をしながら、あの男のフルネームを口にした瞬間、更に目が眩んでしまう。
もう完全に確定だ。英樹って名前だけなら、まだ別人の可能性もあったけど、苗字も葉月さんと同じってのは偶然じゃ有り得ないので、あいつが葉月さんの弟……てか、下手すると、俺の義理の弟に将来なりかねないのか? 嫌すぎるんだけど、それ。
「話は終わり? まさか、殴り込みに行くとか止めてよね」
「うるさい。もうあっちに行け」
「はいはい。ったく、どいつもこいつも」
殴り込みに行きたい気持ちは山々なんだが、今はあいつが葉月さんの弟だってのがショックで、何もする気が起きずにいた。
放課後――
「ヤッホー、進一郎♪」
「――! は、葉月さん! どうして、ここに?」
学校からの帰り道に、交差点で信号待ちしていると、葉月さんが俺を待っていたのか、俺に抱きつきながら、声をかけてきた。
「どうしても何も彼氏に会いにきちゃ悪いわけ? あーあ、私も進一郎と同級生だったら、いつも一緒にいられるのになあ」
「はは、そうですよね。でも、ここだとちょっと人目が……」
「何だ、そんな事。シャイな子だなー」
流石にこんな往来で抱きつかれると、恥ずかしいので止めてほしいなって思ったが、葉月さんって本当に大胆な人なんだな。
事故の時は、青ざめた顔をしていたけど、やっぱりショックが相当大きかったんだろう。
「それより、今、暇? ちょっと付き合ってくれない?」
「いやー、その……」
「何よ。いかにも乗り気なさそうな顔をしちゃって」
「別に嫌って訳じゃないんですけど……ああ、明日はまた病院に行かないといけないので」
「明日なら、何の問題もないじゃん。明日は私も用事あるしさ。だったら、なおさら今日、付き合ってよ。ほら、時間は有限なんだし」
「ちょっ、葉月さん!」
イマイチ気乗りしなかったので、断ろうとしたが、葉月さんは有無を言わさず、俺の腕を引いて、何処かへ引っ張っていく。
結構強引な人なんだな……いくら付き合っていると言っても、まだ知り合って間もない上に車で跳ねた相手にここまでフランクに接するとは。
「ふふ、ここなら二人きりになれるよー。あ、ドリンクは何が良い?」
近くのカラオケボックスに入り、葉月さんと密室で二人きりになる。
うん、確かにここなら邪魔は入らないだろうが、流石にここでエロイ事をしたりはしないよな?
「コーラ二つお願いします。はい……さー、何を歌おうかなー。と、その前に」
「なんですか?」
ドリンクを注文した後、葉月さんは俺の隣に座り、腕をがっしりと組むと、
「今日、ラインしたのにどうして、返事しなかったのよー」
「え? ああ、すみません……スマホ、チェックしてなかったです」
学校にいる間に、葉月さんがラインを送っていたようなので、慌ててスマホで見てみると、確かに何通も葉月さんからのメッセージが届いていた。
「もう、心配したじゃない。何かあったのかと思って」
「いやー、すみません。ウチの学校、あんまり校内でスマホを使うのはちょっとまずいみたいで」
「本当? ウチの弟にもラインしたけど、休み時間にすぐ返信して来たよ」
う……ここで弟の話が来たか。
葉月さんの弟があいつなんて、事実でも信じたくはないが、このこと、話すべきか話さないべきか。
「あのー、葉月さんの弟さんって、バスケ部で三年生なんですよね?」
「そうだよ。もしかして、会ったことある?」
「い、いえ……」
「んーー? その顔、何かあった感じじゃん。お姉さんに正直に話してごらん」
「いやー、はは……話して良いものか、どうか……」
「そこまで言われたら、めっちゃ気になるじゃん。あ、コーラ来たみたい。はーい」
何があったか話してみろとせがまれたが、その間に注文したコーラが来たので、ちょっと飲んで気持ちを落ち着ける。
どうするかな……でも、いずれはバレる事だし、今、話しておくか。
「あの……葉月さん、気を悪くしちゃうかもしれないですけど、良いですか?」
「なになに。早く話してみて」
「実は……その葉月さんの弟が、えっと……俺の元カノと……」
事情を話すと、葉月さんがウキウキした顔をして、身を乗り出してきたので、全部話してみる。
「へー、進一郎の元カノがウチの弟と浮気ねー」
「はい……まさかと思ったんですけど、名前聞いて、もう葉月さんの弟としか思えなくて。間違いないですよね?」
「ああ、同学年で同じ部活で同姓同名の子は多分いないだろうしね。あいつも、また新しい彼女出来たんだ。女癖悪い子でね。ゴメンね。あいつの事、許してくれとは言わないけど、姉として謝るよ」
「葉月さんが謝る事じゃ……」
あの男と里美の件に関して、葉月さんは関係はないので、彼女が謝ってもどうにかなる話じゃない。
でも、やっぱり複雑な気分だよなあ。
「英樹の事、許せない?」
「そりゃ、まだモヤモヤしますよ。前の彼女の事、本当に好きだったのに、ああいうの見ちゃって」
「だよねー。本当、ごめんね、ウチの弟が迷惑かけた上に、その日に私が進一郎を轢いちゃうなんて。ほら、私の胸で泣いて良いからね」
「うぐ……は、はい……」
葉月さんが俺の顔を抱き寄せて、自身の胸元に顔を埋める。
胸、やっぱり大きいよなー……このまま、彼女に甘えて泣きじゃくりたいけど、あいつの姉貴ってのがもう引っかかって仕方ない。
「あいつもさ。結構、女子にはモテるみたいなんだけど、それを鼻にかけている部分があってね。私も注意しているんだけど、言う事、聞かないのよ。生意気な奴だし」
「はあ……でも、葉月さんのせいでは」
「うん、それはわかるんだけどね。ね、あいつに復讐したい?」
「は? えっと……」
葉月さんが俺の顔を掴み、顔を間近に近づけて、そう言ってくる。
「復讐したいなら、協力しても良いよ♡ 弟とは言え、ウチの彼氏に酷い事をしたのは許せないしさ」




