第八話 新しい彼女が出来たと思ったら
「えへへ……どうしたの、そんなに慌てて?」
「ど、どうしたも何も……これは一体っ! つか、ここ何処っ?」
「どこって。ああ、来るの初めてだよね。ホテルだよ♪」
「ほ……ホテルううっ!?」
嘘だろ? 何か思っていた以上に殺風景な部屋だなって思ったが、そんなことはどうでも良い!
何で俺も葉月さんも裸なんだよっ!?
「進一郎が眠いって言うから、すぐに近くにあるこのホテルに入って、仮眠を取らせようとしたんだよ。そしたらさ……きゃっ♡」
「きゃっ、じゃなくてですねっ! 俺、全く記憶にないんですけどっ!?」
「えー、そうなの? 残念だなあ」
葉月さんはそう言ってきたが、断じて俺はそんな美味しい記憶は微塵もない!
まさか何か盛られたのか? 有り得るとしたら、さっき店で飲んだコーラに?
葉月さんが注文して持ってきたものだけど、あれに何か変な薬が……。
「ま、そういう事だし。私ら、もうそういう関係になっちゃった訳だから、よろしくね♡」
「いやいや! ちょっと待ってください!」
「きゃん!」
葉月さんが裸のまま俺に抱きついてそう言ってきたので、慌てて突き飛ばす。
「あ、すみません……」
「大丈夫。でもさ、しちゃったのは事実だし、責任は取って欲しいなー。事故の件は私が全面的に悪いから、責任はこっちが取るけど、今回はどうかなー?」
事故の件はともかく、これって俺も悪いのか?
ベッドに居た時の記憶も全くないんだけど、これは不可抗力のような……。
「まあ、それは言い過ぎかもしれないけど、進一郎の体見たんだけどさ。まだ、ぶつかった時のあざがあったよね。腕の所かな」
「あ……」
葉月さんの車にぶつかった時に、咄嗟に腕でガードしようとしたのか、そこの痣がまだ残っていたんだけど、それを見たのか。
「本当にゴメンね。私もスピードを出していたつもりはなかったんだけど、ちょっとボーっとしていたのかな……まさか、ぶつかるとは思わなくて……」
「いえ、大した怪我無いですし。骨にも異常はなかったですから」
俺とぶつかる瞬間は速度も出ておらず、ブレーキも咄嗟にかけていたようで、あんまり衝撃は強くなかったようだが、ショックで気を失ってしまっていたんだろう。
「う、うう……本当にごめんね、辛い思いさせて」
「な、泣かないでくださいよ。俺はもう怒ってもいないですし、怪我も大したことなかったんですから。ほら、もうすっかり元通り」
「本当?」
「本当ですって。だから、もう気にしないでください。葉月さんだって、別に事故を起こしたくて、起こしたわけじゃないんですし」
誰だって事故なんか好んで起こす訳はないんだから、あれは葉月さんにとっても運が悪かったって事なんだろう。
「ぐす、本当?」
「本当ですって。事故の事なんかもう忘れて仲良くしましょう」
「じゃあ、付き合ってくれるって事だよね? キスして」
「う……」
そう来たか。しかし、ここまで本気にさせてしまったのなら、もう後には引けないか。
里美の事を吹っ切れる良い機会かもしれないし、葉月さんは実際可愛いくて、良い人だとは思うし、断る理由はもうないか。
「わ、わかりました。俺でよかったら……んっ!」
「んんっ! ちゅっ……」
俺が返事をしたのとほぼ同時に、葉月さんは俺にぎゅっと抱き着いて、またキスをする。
ちょっ、息が詰まりそうなんですけどっ!
「んん……はあっ! ああ、嬉しいよ、進一郎。これで、私達、正式に恋人同士だよね?」
「は……はいい……」
嬉しそうな顔をして胸を預ける葉月さんであったが、俺はすっかり腰が抜けてしまい、その場で崩れ落ちそうになってしまう。
嬉しい事は嬉しいんだけど、これで本当に良かったのかという気持ちはどうしてもしてしまった。
こ、こんな形で良いのか? まあ、里美の事はもうどうでも良いし、葉月さんは俺にはもったいないくらいの美人だしさ。
うん、良かったんだよ、これで!
「あ、もう出ようか。悪いけど、二時間だけなんだよね、休憩時間。もっと延長する?」
「いいです! 出ましょう」
「そうだよねー。んじゃ、着替えて着替えてー」
急いで服を着て、葉月さんと一緒にホテルを出る。
見てみるとここはラブホテル……なのか? 見た限り、普通のホテルに見えるんだけど、休憩にも利用できるって事か?
「あー、楽しかったわね。へへ、目が覚めた時、ビックリしちゃった?」
「そりゃ、まあ……」
「ふふ、まあ覚えてないのは残念だけどねー。んじゃ、今度は何処に行く?」
「あ、あのー。ちょっと疲れちゃったんで、もう帰りたいんですけど」
「あら、そうなの。まあ、まだ怪我も万全じゃないしね。あまり無理はさせられないか」
とてもじゃないが、葉月さんとのデートを楽しめる気分じゃなかったので、今日の所はこれでお開きにさせてもらう。
「そうだ。これ、受け取ってくれる?」
「何ですか、これ? ファッション雑誌……」
「私がモデルとして出ているの。進一郎にも見てほしくて。他にもあるんだけど、これが一番のお気に入りでね」
「へえ……」
女性向けのファッション雑誌見たいだけど、確かに葉月さんの写真があった。
黒のミニスカートとブーツを履いて、綺麗というよりカッコイイ感じの写真だな。
「ふふふ、おかずにも利用できるんじゃない?」
「おかずって……別にそういう写真じゃないですし」
「何だつまんない。そういう写真も見たい?」
「み、見たい気持ちはありますけど、止めましょう、そんな話は!」
ヌード写真を見たいんだろうと言いたかったみたいだが、そりゃ見たいけど、今はちょっと頭が混乱していて、素直に楽しめそうにない。
「わかったわよ。じゃ、また連絡するから。明日はモデルの仕事、入っているんだよねー、残念な事に。だから、会えるのは来週ね。今日はこれで、バイバイ」
「さようなら……」
ようやく葉月さんとお別れになり、グッタリとした気分になる。
俺、本当に葉月さんと……そんな記憶はないんだけどなあ……ま、彼女と付き合う事になったのは変わりないので、しっかりしないとな。
月曜日――
「はあ……何だろう、この複雑な気分は」
朝、学校に行く途中、葉月さんと付き合う事になったことを思い返すと、どうにも気が重くて溜息が出る。
嬉しいという気持ちより、特大の地雷を踏んでしまったような気分がして仕方ないのだが……。
「んもう! 昨日は会えるって、約束したじゃない!」
「ああ? しょうがないだろう。他に約束が入っちまったんだから」
ん? 通学路を歩いていると、男女の言い争う声が聞こえてきたので見てみると、路地裏でウチの学校の制服を着た……あれは里美とその彼氏。
なんだなんだ喧嘩しているのか? ざまあねえな。
「しょうがないって。ねえ、英樹。私の事、好きって言ったじゃない。あれ、本当なの?」
「嘘なわけねえだろ。何度も言ってるじゃねえか。ったく、急用が入っちまったんだから、仕方ねえじゃん」
「急用って……」
え……? 英樹?
里美が口にした名前を耳にして、何かを思い出す。
英樹……珍しい名前ではないが、引っかかることが……そうだ。
(葉月さんの弟の名前が確か……)
この前、彼女の車で弟から電話がかかってきたとき、そう言っていたじゃないか。
三年、バスケ部、名前が英樹……そうだ、確かあいつも姉貴が事故ったって。
「え……じゃ、じゃあ……まさか……」
「わかったよ、今度は……ん?」
「あ……」
男が俺の視線に気づいたのか、俺の方を見る。
葉月さんの弟って、もしかして……いや、そうとしか考えられない。
「おい、何見てんだよ!」
「し、進一郎っ!」
男が凄む声も耳に入らず、俺はその場から動く事が出来なかった




