第四十五話 彼女のご機嫌を取るには
「行ってきます……ん? 葉月さん?」
「おはよう、クソムシ」
月曜日になり、家を出ると、自宅の前で葉月さんが待っていた。
「おはようございます。てか、クソムシって……」
「いちいち、うるさい男ね。朝から私が会いに来ただけでも感謝しなさいっての」
「そ、そうですね。いやー、葉月さんの顔を朝から見れるなんて、今日は超付いていますね」
「ふん。ほら、これ」
「何ですか?」
「弁当よ。作ってきてくれって頼んだのそっちでしょう」
あ……葉月さんが俺に弁当箱を差し出してそう言ってきたので、思い出した。
本当に作ってきてくれるとは……最近、やけに俺にきつく当たっていたけど、やっぱり葉月さんは良い人だtったんだな。
「いらないの?」
「とんでもない! ありがたく頂戴します! いやー、嬉しいなあ。あ、食費出しましょうか」
「いいわよ、そんなケチじゃないし。んじゃ、私はこれで。今日は一限から授業ある日だから」
「あ、はい。途中まで一緒に……」
葉月さんが弁当を渡すと、さっさと立ち去ってしまったので、慌てて追いかける。
「うざい男ね。一人で学校くらい行きなさいよ」
「良いじゃないですか、途中まででも」
「全くうざい事、この上ない奴。私は急いでいるの」
彼女の隣に並んで歩くと、葉月さんは露骨に嫌そうな顔をしてきたが、付き合っているんだから、一緒に歩くくらいは良いだろうに。
「へへ、朝から葉月さんのお顔を見れて、しかもお弁当まで作ってくれて、めっちゃ嬉しいですよ」
「そりゃよかった。そのきもい笑顔を見なきゃ、私も良い気分になっていたかもしれないのにね」
「俺の笑顔、キモイですか……?」
「ええ。私に媚びまくっていて、ヘラヘラしていて気持ち悪い。彼女に対する態度とは思えないわね」
うーむ、彼女に媚びるのは悪い事なんだろうか?
俺としては、葉月さんが最近、ご機嫌斜めな事が多いので、機嫌を取ろうとしているだけなんだが、それがお気に召さないようだ。
「もう、いいわ。じゃあね」
「あ、はい。また会いましょうね」
学校近くの交差点まで歩いたところで、葉月さんは足早に去っていった。
むむ……葉月さんを喜ばせるにはどうしたら良いか。
彼女が喜ぶものをプレゼントするとか?
それが良いかもしれないが、何をプレゼントすれば喜んでくれるか……まさか、何百万もするブランド物のバッグは買えやしないけど、葉月さんが好きなものをプレゼントすれば喜んでくれるかもしれないな。
何を買えば良いか……癪だが、奴に聞くしかないか。
ふふ、昼休みは葉月さんの手作り弁当か。
今日は教室で友達と昼を食べることになったが、どんなかなーって思って開いてみたら、おにぎりと魚のフライに卵焼き、サラダか。
素晴らしい。相変わらずの女子力の高さだ。
「いただきます……んっ!」
「ど、どうした?」
「い、いや何でも……」
おにぎりを食うと、鼻をつんと突くような強烈な辛さを感じたので、見てみると、わさびがたっぷりと入っていた。
な、何てことを……これ、嫌がらせ?
しかし、もったいないので我慢して全部食う事にしたが、もう一個のおにぎりは普通だったので、それだけは救いだった。
放課後――
「んーー、居ないなあ」
帰りのホームルームが終わった後、三年の教室に行ってみるが、見当たらない。
もう部活は引退しているんだから、部活に行っているってことはないはず。
そうなるともう帰ったのか?
当てはないが、校内をちょっと探してみるか。
「何処だろうなあ。部活に顔を出しているとか?」
引退しても部活に顔を出す先輩もいるので、体育館に行ってみるか。
「見当たらないなー。ん? あれは……」
「だから、この前はそう言ったじゃないか」
「で、ですからそれは……」
体育館裏で二人の男女が何やら嫌悪な雰囲気で話していたが、あれは英樹と百瀬さんではないか。
あいつ、まだ百瀬さんに……しつこい野郎だな。部活を引退しても、まだ付き纏っているのか。
まあ、それはどうでも良い。
「話が……」
「おーい、ちょっと良いか?」
「あ? な、何だよ? 邪魔するな」
「まあまあ、あんたに話があるんだ。百瀬さん、ゴメンねーー。もう行って良いよ」
「は、はい」
「はあっ!? お、おいっ! こら勝手にっ!」
取り敢えず、百瀬さんにはもう部活に戻ってもらって、英樹をちょっと強引に引っ張っていった。
「お前、また邪魔しやがってっ! 何なんだよ、一体!? お前には関係ないだろ!」
「うるさいな、ピーピー。葉月さんの事で話があるんだ」
「姉貴の?」
「そう。葉月さんの好きな物を教えな」
「前にもそれ聞いただろ。本人に聞けってのっ!」
「葉月さんにプレゼントしたいんだよ。どんなものを上げれば喜ぶのかなって思ってな」
「プレゼント? 誕生日だったら、とっくに過ぎているだろうが」
「え? そうなの?」
葉月さんの誕生日ってもう過ぎちゃっていたのか。近かったら、誕生日プレゼントにとでも思ったけど、残念だな。
「う……知らなかったのかよ」
「ああ、誕生日とか気にした事なかったんでな。ついでに何月何日?」
「四月二十日だよ。話はもう終わりか。何をプレゼントすれば喜ぶかなんて、俺だって知らねえよ。あの金に汚い女だから、ブランド物でもくれれば喜ぶんじゃねえの」
金に汚いね……まあ、冗談でも何百万もするバッグをプレゼントしろって迫っちゃうお方だからな。
しかし、そんなのを買う金はないしね。
「普段、葉月さん、何を趣味にしているのか教えろよ。教えたところで別にお礼はしないけど、彼女の好きな食べ物とかさ」
「それが人にものを頼む態度かよ! つか、姉貴みたいな事言うんじゃねえ、二重にムカつくだろうが!」
言われてみたら、ちょっと図々しい言い方だったが、葉月さんに似てきちゃったのかな。
てか、こいつは里美を寝取った恨みもあるんで、その位で礼を言う気にはなれないんだよな。
「葉月さん、今日も弁当を作ってきてくれてな。普段お世話になりっぱなしもお礼も兼ねようと思って」
「ああ、そうかよ。つか、姉貴の弁当なんかよく食えるな。この前なんか、俺に作ったサンドウィッチに大量に辛子を入れて来やがったんだぞ。文句言ったら、私が作ったもの食えねえのかと逆切れしやがるし、本当、俺が嫌がる事しかやりやがらねえ」
「あー……」
俺が今日やられた事を英樹もやられているのか。
しかしこれはあれかな? もしかしたら、葉月さんなりの愛情表現ではないだろうか。
「葉月さん、あんたの事、何だかんだでよく話すんだよな。バカだクソだボロカス言っているけど、結構気にかけているんじゃないの」
「そんな事を言って、俺の機嫌でも取ろうってか? あんな馬鹿姉貴に話題にされるだけでも不快でしかねえよ。もう良いか。ったく、邪魔しやがって。こっちはこれから予備校もあるんだ。遊んでる暇はないんだよ」
「ああ、受験生だしな。国公立受けるんだっけ?」
「なあっ!? 何でそれを……あああっ! もう、何で余計なことまでペラペラしゃべるんだよ、あのクソ姉貴はっ!」
志望校まで俺に話した事に英樹のいらだちはこれ以上ないくらい、最高潮に達したようだ。
「姉貴に何を吹き込まれたか知らねえが、親が一人暮らししたいなら、学費安い国公立にしろって言っているから、目指しているってだけだからな! それに勉強したいこともあるんだ!」
「そりゃ、凄いな。まあ、それはどうでもいいや。葉月さんが好きな物を教えて……」
「知らんっ! 話はもう終わりだ!」
と言って、英樹はさっさとこの場から逃げるように立ち去ってしまった。
ったく使えない奴だな……教えてくれても良いだろうにケチ臭い男だ。




