第四十三話 彼女を信じられるか
「逃げ出しちゃったけど、大丈夫だよな?」
二人はまだ言い合いをしているみたいだが、俺が居ても却って拗れそうだし、あんまり長居しても迷惑だろうから、もう家に帰ることにした。
ちょっと残念な気はしたけど、やっぱり無理だよなあの状況でやるのは。
葉月さんもマジで何を考えているんだか。俺の愛が本物か試したいのか?
「あら。お帰りですか?」」
「え、ええ……突然、お邪魔しちゃってすみません」
玄関で靴を履き替えて、家を出ようとすると、葉月さんのお母さんがリビングから出てきた。
「姉貴はいつもそうじゃねえか!」
「うるさいわね! それを言ったら、あんただって……」
姉弟が口喧嘩している声が玄関にまで聞こえてきてしまい、俺も二人のお母さんも思わず二階の方を見上げる。
まだやっているのか、あの二人は。すごい剣幕で、言い合っているけど、大丈夫なんだろうか。
「ごめんなさいね。あの二人は、いつもあんな感じなのよ」
「はあ……そうなんですか」
いつもあんな感じね。しょっちゅう喧嘩をしているみたいだが、あの剣幕だとその内、何か事件が起きやしないか、ちょっと心配になる。
後で電話をしてみるか……。
夜中になり――
「葉月さん、怒っているかな……電話には……出ない」
スマホで電話をかけても出ないし、LINEも既読が付かないので、完全に怒らせてしまったかもしれない。
うーん、葉月さんとの関係がこれで終わる可能性も……考えないといけないのか。
俺としては別れたくはないんだけど、葉月さんの俺に対する感情が既に地に落ちまくっている状態だしな。
「おっ、葉月さんだ。はい」
『はいじゃないわよ。何、勝手に帰っているのよ、この糞虫が』
「く、クソムシ……いや、俺が居てもどうかなって思って」
早速、酷い事を言ってきたが、取り敢えず電話をしてきてくれたので、ちょっとホッとする。
もう葉月さんの口の悪さは彼女の個性だと思う事にした。
『居ても良いかじゃねえよ、尻尾撒いて逃げやがって、この腰抜け。最低の男ね、あんた。今までの男の誰よりも最低最悪よ』
「そ、そんな評価何ですか。じゃあ、何で付き合っているんですかね、俺と」
そこまで言われて、俺と付き合ってくれている理由が謎なので聞いてみると、
『そうねえ。ここまで最低な男も珍しいから、物珍しさかしら。あとは事故の事もあるし、英樹の事とか色々とこっちも負い目があるから、付き合ってやっているのよ、わかる?』
付き合ってやっているって、上から目線過ぎるが、それでも俺との交際を継続する気があるのはありがたい。
「はは、それはありがたいですね。今更ですけど、俺の何処が好きですか?」
『はあ? それを聞いてどうするのよ。私が付き合ってやってるってんだから、あんたはおとなしくそれに従えば良いじゃない』
「一番大事な所ではそれは……」
『うるさいわね。こっちはただでさえ、あんたにはイライラさせられてんのよ。そんな事で、私に余計なストレスを使わせるなっての』
今の質問って、そんなにストレスが溜まるような質問だったのか?
まあ良い。とにかく、さっき逃げたのは謝っておくか。
「わかりました。すみません、変なことを聞いて。それで、今度の休み、暇ですか? よかったら、葉月さんとデートしたいなって」
『週末は撮影が入っているから無理』
「あ、そうですか……」
モデルの仕事があるのではだめか。それじゃ、再来週はどうかな。
『あんたね。私が用事あるからって、それであっさり引き下がるつもり? そんなだから、ヘタレ呼ばわりされるのよ』
「え? でも用事あるなら、無理ですよね。ましてや、モデルの仕事が……」
『モデルの仕事は、夕方までには終わるっての。それ以降なら、会えるんだから、どうしても会いたきゃ、時間作ってくれって言えば良いだけでしょうが』
「そ、そうですか。わかりました。夕方に会いましょう」
葉月さんの方から、モデルの仕事があるから無理って言ったのに、夕方なら会えるんだから、そうしろって、もう言っていることが滅茶苦茶すぎる。
まあ、会えるなら何でも良いか。
『うん。じゃあ、後で連絡するから。忘れるんじゃないわよ』
「忘れるものですか。それじゃ、楽しみにしていますね」
週末に会える約束をしたので、取り敢えず良かった。
何だかんだ文句を言いながらも、付き合ってくれるってのはありがたい。
里美みたいに浮気とかしなければ、俺としては問題ない。
「してないよな?」
そう思うと、急に不安になってきた。
葉月さんは性格は難はあるけど、美人だから、多分男にはかなりモテるんだと思う。
今まで何人付き合ってきたか知らないが、声をかけられやすそうな容姿なのは確かだ。
俺に愛想が尽きているなら、もっと良い男が現れたら、その男に走っちゃうような事は……。
「はは、ないよな」
何の保証もないけど、とにかくそう言い聞かせるしかなく、葉月さんを信じる以外、出来ることはなかったのであった。
そして、土曜日の午後――
「この辺で待っていろって言われたんだが……」
葉月さんに言われて、待ち合わせ場所のショッピングセンターの前に行くが、まだ来ていない。
確か思ったより撮影が早く終わりそうなので、この時間に来いってラインで言われたんだが、もしかして電車に乗り遅れたりしていたり……。
「…………来ない」
三時に待っていろって言われたのに、時間を十五分過ぎてもまだ来ない。
ラインを送っても既読すら付かないし、電話をかけても一向に出やしない。
「はーい」
「あ、葉月さん。どうしたんですか、遅いですよ。いてえっ!」
ようやく来たので、葉月さんにそう言うと、いきなりバッグで殴られた。
「いちいち、うるさい男ね。ちょっと遅刻しただけじゃない」
「ちょっとって……葉月さんが三時に待ってろって言ったんじゃないですか」
「私が言おうがどうしようが、十五分くらいの遅刻でガタガタ抜かすんじゃないわよ。こっちは撮影も早く終わらせて、進一郎に付き合ってやっているの。来ただけでも感謝することね」
な、何と言う横暴な言い方。
しかし誘ったのは俺なので、あまり文句は言えない。
「わかりました。付き合ってくれてありがとうございます。取り敢えず、こちらへ。カフェでお茶でもしましょう」
「お代はあんたが全部払いな」
「も、もちろんですとも」
何だか女王様に仕えているみたいだが、デート代は本来男が持つのが普通だもんな。
「はーあ、全く最近、イライラするわね。良い事がないわ」
「俺の事ですか?」
カフェに入ると、カフェオレを飲みながら、溜息を付いて葉月さんはそう呟く。
「あんたの事もそうだし。英樹の事もよ。あいつ、昨日も試合だったんだけど、負けたんだって。三回戦敗退。これで部活引退なの」
「あ、そうなんですか」
弟が試合に負けたのが残念って、やっぱり葉月さんはあいつの事を気にかけているんだな。
個人的には嫌いだけど、葉月さんはお姉さんだから、当然だしな。
「何だか勘違いしているみたいだけど、あいつが試合に負けたのはどうでもいいの。部活に引退するせいで、家に居る時間が増えるのがうっとうしいのよね。受験だから、塾にももう通い始めているけど、それでもうぜえったらありゃしない」
「…………」
今のは照れ隠しで言っているのか、本心なのかよくわからない言い方だな。
ツンデレっぽく言っているようにも見えるけど、本気で言っている可能性も……。
「あの、葉月さん。今更ですけど、俺とはまだ付き合う気あるんですよね」
「そうね。進一郎が嫌って言うまでは付き合ってやるわよ。それが事故のお詫びって事にしておいてやるわ」
「そ、それはよかった。はは、もうそれだけでも嬉しいですって。里美みたいに浮気されたら、敵わないですけど……」
ドンっ!
「いてっ!」
そう言うと、葉月さんは俺の足を思いっきり踏みつけてきた。
「あんた、私の事、好きなのよね? だったら、浮気なんか疑うんじゃねえよ。どんだけ失礼なのよ、このバカは!」
「すみません!」
確かに別に浮気している形跡も何もないのに、あんなことを言うのは失礼だが、里美の事があるから、どうしてもさ……でも、今の言葉だと葉月さんの事信じて良いんだよな?




