第三十話 彼女の誤解が解けたと思ったら……
「あー、楽しかったわねー。んじゃ、そろそろここに行ってみようか」
「ここって何ですか?」
「ん? 決まっているじゃん。ほら、ここよ」
「え? ぶっ! む、無理ですよ、今はっ!」
カラオケボックスを出た後、葉月さんは俺の腕を掴んでホテルに連れ込もうとするが、今の俺は制服なので、入れるわけがない。
「もう私ら付き合って、だいぶ経つでしょう。まだそんな事を言っているの?」
「いやー、今はちょっと……」
「制服だから無理ってなら、今すぐ着替えてきなよ。帽子でも被ってくれば、バレやしないって」
「そういう問題じゃないですよ」
「じゃ、どういう問題なのよ? まさか、高校生だから出来ないとでもいうの? あーあ、進一郎は本当、真面目君ね。どんだけお堅い男子なのかしら。今時の高校生って、みんなこうなのかしらね」
葉月さんとしたくない訳じゃないけど、何と言うかこうですね。
もう少し健全なお付き合いを。
「あーあ、私の初めてを奪ったくせに責任も取らないんだ」
「は、初めてってあれは……てか、葉月さんって、もしかして……」
「ああ? 何だよ? 何が言いたいのか、三行以内で簡潔に言ってごらん」
絶対初めてではないのでは……と言いかけたが、流石に今までの男性遍歴を聞くのはちょっと抵抗がある。
前に百人の男と付き合っていたとか言っていたけど、あれは嘘だろうしな。
(嘘だよな? いくら何でも)
葉月さんも冗談で言ったんだとは思うけど、万が一、本当だったとしたらヤバ過ぎるのでは?
なんせ彼女の弟が結構見境いなしに、女子に言い寄っているから、葉月さんもそうなんじゃないかと疑ってしまう。
「はは、初めてだったんですか、あれが? でも葉月さんって結構モテるんですよね?」
「モテるに決まっているじゃない。この容姿でモデルもやっているのよ。んで、そんな彼女を汚いものを見るような眼で見るなんて、どういう了見なのかしら?」
「それはよくわかります。でも、まさか百人と付き合っていたとか、それは……嘘ですよね?」
「百人? ぶっ……! アハハハ! ああ、前にそんな事も言った気がするわね」
恐る恐る葉月さんに訊いてみると、葉月さんは吹き出して、笑い出してしまったが、この反応を見るにやっぱり冗談だったか。
そうだよな。いくら何でも百人なんて有り得る訳ない。仮に本当だとしたら、悪いけど頭がおかしいレベルだ。
「もし本当だとしたら、どうする?」
「え? 本当だったらとか言われてもどうしようもないというか……」
万が一、葉月さんにそんな過去があっても別に嫌いにはならないけど、ちょっとだけこの先、付き合っていけるか心配にはなるかも。
だって、付き合ってもすぐに飽きたり、何かトラブルを起こして別れるってのを繰り返しているって事じゃん。
「私の事を尻軽女みたいに思っているかもしれないけど、進一郎だって人の事、言えないわよね。元カノと別れてすぐに私と付き合いだしたんだしさ。えへへ、まあ私としてはそれでもOKなんだけど、あんたも節操ないじゃない。美人ならだれでも良いわけ?」
「そんな事ないですって! 気を悪くしたなら、謝りますから……」
「ならよろしい。んじゃ、ホテル入ろうか♪」
「何でそうなるんですか!」
葉月さんに強引に言いくるめられてしまい、またホテルに連れ込まれそうになるが、美人だったら誰も良いなんて事は断じてない。
でも葉月さんの印象は最初の時と印象は随分と変わってしまったのと、過去に男関係で何かあったんじゃないかって疑念は今ので大きくなってしまった。
今の俺には関係ないって言えばその通りだけど、妙な事にならないといいんだが……。
翌日――
「あ……おはよう」
「おはよう」
朝、教室に行く途中で里美にバッタリ会い、挨拶をするが、里美はそっけない返事をした後、そっぽを向いて足早に去ってしまった。
「残念だったな。葉月さんにお前とまた付き合っていだしたって話を吹き込んでいた件、誤解すらされてなかったよ。ノーダメージだ」
「あ、そう。よかったね」
「ああ。もうこういう事はするなよ。お互い、ただのクラスメイトって事で良いじゃんか」
「うるさいわね、あっち行きなさいよ」
一応、里美にも釘を刺しておいたが、あまりにも塩対応過ぎて、わかっているんだがわかっていないのかよくわからないが、里美や英樹の虚言なんぞ、葉月さんは歯牙にもかけてなかったってのは救いか。
とはいえ、里美も何を考えているのか本気でわからんな。
俺と葉月さんを破局させたいのか? 仮にそんな事をしてもお前に一銭も得はありゃしないってのに。
「ぜえ、はあ……疲れたなあ」
体育の時間、今日は持久走をやらされたので、すっかり息が上がってしまい、近くの水道で水を飲む。
もう暑くなる時期だってのに、持久走なんかやるんじゃないっての全く。
「んぐ……はあ……あ、すみません」
「あ、いえ、こちらこそ……あ……」
水をがぶ飲みして、後ろを振り向いた後、ちょうど真後ろを歩いていた体側服姿の女子とぶつかってしまったが、何だか見覚えがある女子のような……あ。
「君はこの前の……」
「あ、はい。えっと、先日はありがとうございました」
そうだ英樹に言い寄られていた一年の女子だな。
今日は髪をおさげにしているが、間違いなくあの子だ。
昨日はこの子との関係を葉月さんに疑われてしまったんだが、流石に彼女を責めることは出来ないな。
「いや。またあいつに言い寄られていたりしない?」
「いえ……今度は私もちゃんと断りますので」
「そう。君って一年だよね?」
「はい。一年の百瀬と言います。女子バスケ部のマネージャーをやっているんです」
「へえ、女バスにもマネージャーっているんだ」
初めて聞いたけど、男子バスケ部にいるなら、女バスに居てもおかしくはないか。
ああ、バスケ部繋がりで、英樹と知り合っていたのね。
「あの男とはちょっと因縁があってさ。気を付けた方が良いと思うよ」
「い、いえ……ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「いや……うん、余計なお世話だったら謝るけどさ。あ、俺、二年の中田っていうんだ。よろしく」
「は、はい。中田先輩ですね。あの、それではこれで……」
「うん、じゃあね」
殆ど面識もない二年の男子とじゃ、緊張するのもわかるけど、随分と奥ゆかしい感じの子だな。
最近、葉月さんと言い里美といい癖の強い女子に振り回されていたから、ああいう普通のおとなしそうな女子と話しただけで、ホッとしてしまう。
女子はやっぱりああじゃないとさ……いや、あれが普通なのか?
英樹が本気で狙っているのか知らないけど、迷惑がっているなら、全力で阻止してあげようっと。
「んじゃ、またな」
放課後になり、友人と教室で挨拶を交わした後、外に出る。
今日は葉月さんにも会う約束がないし、暇だな……。
「おい」
「ん? 何だよ、あんたか」
廊下を歩いていると、英樹に声をかけられてしまい、思わずため息を付いてしまったが、
「先輩に対して何だよ、その態度は。まあいい。ちょっと面貸しな」
「ええ……ここじゃ、ダメなのかよ」
「うるさい、すぐ済むから、こっち来い」
正直、この男と話をするの嫌なんだけど、葉月さんに関わる事だと無関係ではいられないので、一応、付いて行くことにする。
面倒な関係だよな、本当。関わりたくないのにそれが出来ないんだもん。
「ここでいいか。お前、百瀬にちょっかい出しているだろ」
「は? 百瀬って、あんたが言い寄っている子か?」
「俺の方か言い寄っているんじゃねえよ! この前、彼女から告白されたんだ!」
「え……」
空き教室に連れ込まれて、英樹に何を言われるかと思ったら、思いもよらぬ発言を聞き、頭が真っ白になる。
あの子の方から英樹に告白? 英樹の方から言い寄っているのかと思ったが、違ったのか?




