第二十話 元カノの苛立ち
「ヒュー! もう一曲行ってみようかな」
「あのー、葉月さん。そろそろ時間なので」
「あれ? もう一時間経っちゃった?」
葉月さんはどんどん歌を入れていき、一人で盛り上がっていたが、あっという間に時間になってしまった。
元々、里美の事を話すために誰にも邪魔が入りそうにないカラオケボックスに入ったので、長時間予約は入れてなかったのだ。
「延長しないの?」
「しません。まだ中間テストの真っ最中なんですから。終わってからにしましょうよ」
「はいはい。真面目ですなー、進一郎は」
真面目ではなくて、それが普通だと思うんだが、葉月さんは高校の時も本当にこんなだったのか?
「くす。でも、誤解だとわかってよかったよ。里美ちゃんと手を繋いでいるのを見て、本当に進一郎が元カノと寄りを戻そうとしているって、焦ったんだから」
「すみません。俺も慌てていたんで」
「本当だよ。進一郎、私が他の男と手を繋いでいる所を見たら、どう思う?」
「それは……」
想像してみるが、めっちゃムカつく。ていうか、普通に浮気を疑うわな。
「でしょう。進一郎がやっていたのはそれと同じ」
「本当にごめんなさい。俺も軽率でしたね」
「わかればよろしい。えへへ、聞き分けの良い子は好きよ♡」
俺がそう答えると、葉月さんは笑顔で俺の頭を撫でていく。
完全に子供扱いされているな、これは。
俺はまだ高校生だから仕方ないけど、やっぱり複雑な気分だ。
これが本当の葉月さんなんだろうが、事故の時とは偉く変わってしまったので、どうも慣れない。
「ねえ、進一郎。事故のこと、まだ怒っているの?」
「え? 何ですか急に?」
店を出ると、葉月さんがよそよそしい態度で急に訊ねて来たので、
「何となく気になって。もう痛い所とかも無いんだよね?」
「はい、検査でも特に異常はなかったですし」
「そっか。ゴメンね、本当に。あの時の事、今でもふと思い出すと、頭がどうにかなりそうで」
そうか、事故のショックがまだ抜けてないんだな。
まだそんなに日にちも経ってないから、当然か。
「や、やっぱり怒っているんだよね? ゴメンね」
「いえ、最初から葉月さんには怒っていないですよ。もう気にしないでください」
「本当? 今の言葉にウソはない?」
「はい。あー、でも今度からちゃんと気を付けて、運転してください」
また事故を起こしたら大変なので、一応、釘は刺しておくが、あの事故のことで葉月さんに怒った事は本当にないので、俺にそのことで遠慮はしてほしくはない。
未だに引きずっているなんて、葉月さんもショックが相当大きかったんだな。
「ありがとう。今の言葉、信じて良いんだね?」
「はい。って、こんな所で抱きつかれるのはちょっと……」
俺がそう言うと、葉月さんはパアっと明るい笑みを浮かべて、俺に正面から抱きついてきた。
事故の事は気にしてないと、何度も葉月さんにも言っているんだが、こうして何度も聞いているって事はそれだけ不安って事なんだろうな。
「あ、ゴメンなさい。へへ、進一郎、やっぱり良い人だねー。うん」
「そんなことは……まあ、大した怪我じゃなかったってのもありますし」
これが命に関わるような怪我だったり、未だに入院するような重傷を負っていたら、また違っていたんだろうけど、この通りピンピンしているわけだし。
「うん、そこまで言ってくれるなら、安心しちゃった。えへへ、じゃあ遠慮しないで良いんだね」
「はい」
「忘れないでよ、今の言葉。じゃねー。試験頑張って」
葉月さんは俺にぎゅっとハグした後、そう言って、俺の元から去っていく。
突然、ブルーな表情をしてビックリしちゃったけど、葉月さんが事故のトラウマから一刻も早く立ち直って欲しいものだ。
「はい、答案用紙を後ろから回収してください」
「はあー、終わった」
ようやくすべてのテストが終わり、ホッと一息つく。
しかし、テストの出来は……うん、いつもより出来たかどうかは微妙だ。
まいったな……葉月さんの事とか色々あったからってのは言い訳だろうか?
「終わったねー。里美、今日はこれから一緒に打ち上げでも行かない……」
「ゴメン。今日はちょっと部活に顔を出さないといけないから」
「あ、そうなんだ」
里美がクラスの友達に打ち上げに誘われるが、部活を理由に断り、そそくさを教室へと出ていく。
あいつは確か美術部に入っていたはずだが、部員も少なくて、あんまり活動してないって言ったんだけど、今日は部活があるのか。
まあ、あいつの事なんぞどうでも良いか。この前も、葉月さんにキレて逃げ出したけど、あれから英樹とはどうなったんだか。
「何か飲んでいくか」
喉が渇いたので、下の自販機でジュースを買い、その場で飲んでいく。
友達もこれから委員会があるとかで一緒出来なかったので、今日は一人か。打ち上げも出来ないとは寂しいテスト明けだ。
「悪いけどさ。もう私達、会わない方が良いと思うんだ」
「会わない方が良いって……それ、どういう事だよ?」
「そのまんまの意味です。短い間だったけど、お世話になりました。それじゃ」
「あ、おい……ちっ、あの女もすぐに逃げやがって」
「んーーー? 何だ今のは?」
体育館の裏の方で、ウィンドブレーカーを着た男子生徒と女子生徒が会話をしているのが見えたが、聞き覚えのある声だったので、近づいてみると、あの英樹と里美が何やら話しており、里美が一礼をした後、駆け出して行った。
「あ……」
「お、おう……どうした、こんな所で?」
ちょっと覗いていた所、里美と遭遇してしまい、ジュースの缶を握りながら、ちょっと後ずさる。
「今の聞いていたでしょう?」
「何のことかさっぱり」
「嘘言うんじゃないわよ。私の事、付けてきて、ストーカーみたいなことして」
「おい、たまたま聞いただけで、お前のことを付けた訳じゃないぞ」
「同じことじゃない! ああ、でも進一郎にも無関係じゃないか。あの人のお姉さんと付き合っているんだし」
別に里美や英樹が誰と付き合おうが俺はどうでも良いんだけど、葉月さんと付き合っている以上、あいつとはどうしても無関係ではいられないのが辛い。
同じ学校ってのがまたね……。
「聞いての通り、大場先輩とはもう別れたの。それだけ」
「ああ、別れたんだ。てか、先輩って……」
「先輩面しているから、『先輩』って付けてあげているのよ。ああ、あんな人だとは思わなかったわ。全く、どうして男運がないのかしら、私」
あの男と別れた事を憮然とした顔をして俺に告げ、目をそらしながら、里美はブツブツと文句を言うが、随分と短い付き合いだったな。
ふん、俺よりあんな男を取ったんだから、自業自得じゃね。
「悪いけどさ。変な気を起こさないでくれる? 別に進一郎と寄りを戻すとか、そんな考えは一切ないから」
「俺だってねえよ。今、葉月さんと付き合っているの知っているだろ」
「そうね。あんな性格悪い女と付き合っているなんて。しかも、自分を車で跳ねた人でしょう。進一郎の女の趣味もおかしいんじゃない」
「おい、そんな言い方はないだろ。葉月さん、良い人だからな。お前より遥かに」
こんな嫌味を言う女だとは思いもしなかったが、葉月さんにこの前、誤解されかかったのまだ根に持っているのかよ。
「そうは見えないけどね。ああ、あんたの顔を見ると、ムカつくわ。私への当てつけみたいな事をしやがって」
「は? 当てつけって、おい……」
「うるさい! 私に幸せな所を見せつけているつもり? もう話しかけないで。部活行くんだから」
当てつけも何もお前が一方的に俺を振って、他の男に靡いたくせに何を言っているんだか。
まあ、あの男とこんなに早く別れることになるとはな。何となくいい気分になりながら、ジュースを飲んでいき、里美を見送っていったのであった。




