第十三話 デートが終わった直後に
「ねえ、入ろうよー。折角のデートなんだしさ。男の子なら、既成事実作るくらいの気概がなきゃ」
女の子がそんなはしたない事を言っちゃいけません! と叫びたくなったけど、葉月さんがやけに積極的なのが気になってしまい、
「今日は葉月さんとのデートをもっと楽しみたいなって思いまして。そうだ、原宿行きません? この近くなんですよね?」
「原宿も渋谷区なんだよ。知ってた? まあ、今から行っても良いけど、電車に乗るようだよ」
「ああ、そうだったんですか。いやー、でも緊張しちゃうなっていうか、もしバレたら、まずいですし……んっ!」
「んんっ!」
どうにか言いくるめて、この場から逃げようとすると、葉月さんは俺の顔に不意に抱き着いて、キスをしてくる。
「ちゅっ、んん……んっ、もう……私、進一郎ともっと遊びたいなー」
「う……俺も遊びたいですよ。でも、そうだ。まだ体の調子が万全じゃないみたいで」
「進一郎って、なかなかの嘘つきじゃない。もうすっかり良くなったって言っていたくせに」
ちっ、覚えていたか。
しかし、ここで流されるのは何か嫌なので、言葉を選んで葉月さんを何とか説得しようとすると、葉月さんは俺の顔に胸を預けて、
「進一郎って、結構、真面目なんだね。将来の夢とかある?」
「しょ、将来の夢ですか? いやー、よくわからないですね。取り敢えず、普通に生きたいですかね」
「普通ねー。無難に答えたじゃない」
「葉月さんはどうなんですか? 何かなりたい職業とか……」
「なりたい職業ねー。ネイリストとか憧れてはいるんだけどね」
「ネイリスト! 良いじゃないですか。葉月さんにピッタリ!」
「へえ。私にピッタリねー」
実際、葉月さんには良く似合いそうな職業なので、手を叩いてそう言うと、葉月さんは俺から離れてしまい、
「私ってどんなイメージ? やっぱり、遊んでそうに見える?」
「え? いえ、そういう意味では」
もしかして、怒らせるような事を言ってしまったか?
実際、葉月さんがしているネイルは綺麗だし、普通に似合っていると思ったんだけど。
「まあ、遊んでいるのは事実だよ。誰だって楽しい事をしたいと思うじゃん。進一郎は違う?」
「違わないです」
「だよねー。男と遊ぶのも女と遊ぶのもそれぞれ違った楽しさあるしさ」
男と遊ぶのも女と遊ぶのもね……それって、葉月さん、やっぱり過去に男と……。
(考えるのは止せ。別にいいじゃんか、過去に誰と付き合っていようが)
大体、俺だってついこの前まで、別の女と付き合っていたんだから、文句言える立場じゃない。
「だから、もっと私と楽しい事しようよ♪ ね、ほらもっと大人の遊びをさ」
「な、何でそうなるんですかね? わざわざ渋谷まで着て、やる事ですか?」
「地元だと、知り合いに見られるリスクがあるから、ここに来たんじゃん。もう、進一郎も覚悟を決めなって」
「ちょっ、葉月さん!」
何だか訳アリっぽい雰囲気も一瞬見せていたが、葉月さんが俺の腕を引いて、強引にホテルの中に連れ込もうとする。
やっぱり、この人もおかしいって!
キイイイイっ! ドンッ!
「――っ!」
ホテルの中に入ろうとすると、車の急ブレーキ音が聞こえ、何かにぶつかった音が響く。
「な、何だ? って、事故?」
見てみると、近くの交差点で車同士の追突事故が起きていた。
車の中に居る人は……一応、無事みたいだが、こんな所で事故現場に出くわすとは。
この前の事を思い出しちゃうな、こういうのを見ると。
事故自体は珍しい事じゃないんだろうけど、一歩間違えたら、どうなっていたか。
「…………」
「葉月さん? どうしました?」
「う、うん……ちょっとこの前の事、思い出しちゃって」
「この前の……」
というと、俺を車で跳ねてしまった時の事か。
葉月さんも顔色が一気に悪くなり、ブルブルと震えていたので、
「大丈夫ですか? 気分でも……」
「平気。ゴメンね、せっかくのお楽しみだったのに」
「いえ……気分が悪いなら、何処かで休みますか? 何なら、そこの……」
緊急事態なので近くのラブホテルでも構わないと思ったが、葉月さんは首を横に振り、
「大丈夫。横になるほどじゃないから」
「そ、そうですか。無理しないでください」
しかし、明らかに顔色が悪いので、何処かで休ませた方が良いと思ったが、こんなにも事故の事、トラウマになっていたのか。
「進一郎を轢いた時さ。もう、頭の中が真っ白になって……これからどうしようってか、私の人生終わったんじゃないかって思って、パニックになりそうになって」
「葉月さん……」
「ゴメン、一番つらかったのは進一郎だよね。でも、私も本当にお先真っ暗みたいな気分になって、もうどうしようかなって」
葉月さんが震えながら、そう話すが、こんなにも事故のこと、引きずっていたのか。
くそ、俺がもう少し……いや、あの英樹と里美のせいじゃん、元を正せばさ。
「俺はもう大丈夫ですから」
「本当に?」
「本当ですよ。事故の瞬間の事、正直、あんま覚えてないんですよね。気が付いたら、病院のベッドに居て葉月さんが見ていたんで。別に痛みとかもなかったですし」
あの時は本気で神様を恨んだけど、今はむしろ感謝したいくらいだ。
なので、葉月さんはもう事故のことなんぞ綺麗さっぱり忘れてほしいんだけど、やっぱりそういう訳にはいかないのか。
「ありがとう。進一郎にそう言ってくれると、救われた気分になるよ。でも、また同じことやったら、どうしようって、車を運転すると頭に過るんだよね。今度やったら、免許取り消しも有り得るし。って、そういう問題じゃないか」
「あの時は大丈夫だったんですか?」
「免停一歩手前で済んだみたい。進一郎の怪我も大したことなかったし、すぐに救急車呼んだから。事故になったら、すぐに救命措置を取らないと駄目って、教習所でも言われていたから……」
そうか、もし人を轢いたらすぐに救急車呼ばないといけないんだな。
うん、覚えておこう。俺もいずれは免許取るんだし。
「あの、本当に大丈夫ですか? そこの店に行きます?」
「うん。ちょっと休みたいかも」
近くにあった喫茶店に入り、小休止を摂る。
デートなのに嫌なことを思い出させてしまったな……さっさとホテルに入っていれば、事故現場も見なくて済んだのに、悪い事をしたかもしれない。
「うーん、やっと帰ってきたね」
喫茶店で小休止を取った後、葉月さんと一緒に家路に着き、最寄り駅に着いた頃にはすっかり葉月さんも元気になっていた。
「ゴメンね、本当に。この埋め合わせするからさ」
「いえ、俺の方こそ、すみません……何かグダグダしちゃって」
「いいのよ。私の方こそ、ダメだな……事故の事、まだ気になって」
やっぱり、気になるんだろうな。俺は最初から葉月さんに恨みも何もないんだけど、どうにか立ち直って欲しい。
「もう忘れましょうよ。事故の事、俺はもう全然気にもしてないんですから」
「きゃっ! もう、いきなり抱き着いて」
「葉月さんだって、やっているじゃないですか」
後ろから葉月さんを抱きしめると、一瞬、驚いたような悲鳴を上げるが、彼氏なんだからこれくらいは良いはずだ。
「んもう、さっきもその位、がっつきなさいよね。英樹みたいに見境いないのも困るけどさ」
「あはは、俺はそこまでモテないんで」
「あいつ、結構評判悪いみたいだけどね。あ、もう遅くなるね。じゃね、ちゅっ♡」
「あ……さ、さようなら」
葉月さんを離した後、彼女は俺の頬にキスをし、そのまま帰っていった。
うーん、やっぱりホテル入っておけば良かったかな。自分のヘタレさが憎らしい。
「さ、帰るか……ん? あ」
「…………」
葉月さんを見送った後、良く知った顔の女子とバッタリ会う。
「さ、里美……いつから、そこに」
「いつからって……さっきから、居たんだけど」
マジかよ。




