聖母
〈秋の蚊よ刺す時潰ゆ汝が命 涙次〉
【ⅰ】
悦美の次の冩眞集、タイトルは『聖母』である。随分大袈裟な‐ と思はれる方もゐらつしやるだらうが、これはヘアを晒した悦美が、これも裸の君繪を抱き上げてゐる冩眞を集めた冩眞集の内容に依つたもの。
(えーわたしも裸になるのー? 恥づかしいわ。だつてわたしママみたいにボインぢやないしー)‐(1歳の女の子がボインだつたら地球は破滅するわ)‐(うーん、まあいゝわ。ママのお仕事の役に立つなら)‐(良かつた。フォトグラファーにさう傳へて置くわ)
冩眞家は杏西友紀利と名乘つてゐる。さう、あの谷澤景六(=テオ)とタイムボム荒磯の名作(と、連載中既に目されてゐた)漫画『着物の星』の主人公の名前を頂いて來た、不思議な男だ。この場合、偽名と云ふ事は、出世願望がない、と断定していゝ。これ一作きりで、冩眞界から姿を消さうとしてゐる‐
【ⅱ】
撮影現場も不思議な雰囲氣で、お香を焚き、ご詠歌やお経が大音量で流れてゐる。
悦美から話を聞いたじろさん、余りの變はり者振りに、「大丈夫なのかいその男?」と訊ねるあり様。じろさんは* 安条展典のように、話がこじれなければいゝが、と心配してゐるのである。「あらテンテンだつて私と仕事した時は好靑年だつたわー。お父さんも印税の件、感心してたぢやないの」‐「それはさうだが。もしや【魔】ぢやないかと、俺もカンさんも氣が氣ぢやないのさ」‐「カンテラさんが心配してくれるのは、夫だから当然だけど、33歳にもなつて過保護の親が付いてるつてのはねー。恥づかしいわ、君繪ぢやないけど」
* 前シリーズ第34話參照。
【ⅲ】
『聖母』が上梓されると、大叛響が卷き起こつた。藝術冩眞だと云ふので、女性週刊誌の取材が相次いだ。よく訊かれるのは「美しさの秘訣は?」と云ふ、まあありきたりの質問。悦美はジムにも通つてゐないし、仕事と主婦業で忙しく、ウォーキングすらしてゐない。化粧品も、極く普通の物を使つてゐる。ありの儘で美しいのは、悦美の特殊能力と云へた。だが、それが災ひを呼ぶ。杏西はやはり【魔】だつたのだ。
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〈詩の道は明けを見届ける作業だとその人云ひて吾を突き放す 平手みき〉
【ⅳ】
杏西は、魔界の女性集團に向け、美しくあるにはだうすべきか、を悦美にレクチュアして貰ひたいと云ふ、飛んでもない望みを抱いてゐた。つまり、彼はカンテラ一味に盾突くつもりはなかつた。まことに珍しいケースで、その事を打ち明けられた時には、悦美、目を白黑させた。
だが、それも、その美しい女性集團を使つて、人間界の男どもを誘惑させてやらうと云ふ、謂はゞ彼の上司に当たるベルゼブブ(蘇生したのだ)の邪な考へがあつての事だつた。それは「シュー・シャイン」が拾つて來たネタである。
【ⅴ】
ベルゼブブ... 云ふ迄もなく魔界の「蠅將軍」なのだが、カンテラが幾ら斬つても、魔界の重鎮たる彼は、蘇りの秘術を受けられる。それでは一味、埒が明かない、と云ふのも同然だ。
カンテラ今度は透明人間にして魔界の出身者、平涙坐に密偵の仕事を云ひ付けた。秘術の仕組みが分かれば、何とか「修法」でブロック出來る。そして涙坐が持つて來た情報は‐ なんと「黑ミサ」であつた。祭壇に人間の女を使ひ、生贄の血を垂らす、あの儀式を、蘇る【魔】に捧げるのである。これは...「修法」と云ふよりも、その「黑ミサ」をぶつ潰せばいゝ、と云ふ事ではないか。
まづ、カンテラ一人で、ベルゼブブと対決。「しええええええいつ!!」。呆氣なくベルゼブブは死んだ。
數日後、「シュー・シャイン」(行つたり來たり・笑)が「黑ミサ」開催の報せを持つて來る。そこに、カンテラ・じろさん、乱入。祭壇役の人間の女も含めて、全て関係者を抹殺してしまつた。
【ⅵ】
殘酷、と云ふのは容易いが、自分が誘惑される人間男性になつたつもりで、讀んで慾しい。ベルゼブブ、再生は叶はぬ事となつた。
ついでにテオ、杏西の名を穢した、と云ふ事で、「冩眞家【魔】」杏西友紀利をテオ・ブレイドで斬つた。勿論、* 印税は一味が全て没収。一件落着。
*「冩眞家【魔】」が、杏西友紀利名を使つてゐた事を用ひ、テオは彼に生命保険を掛けてゐたのだ(彼は多々良龍と云ふ人間名を持ち、戸籍も人間界にあつた)。随分思ひ切つた事をテオもするものだ。
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〈放哉の引用気障で嫌な秋 涙次〉
ぢやまた。