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プロローグ
見えない世界は、こんなにも静かだった。
暗がりに沈む部屋の中。 そこに差し込む風の音と、小さな鳥のさえずりだけが、時折ミリアの耳をくすぐった。 かつて、彼女の目に映る世界には色があった。形があり、光があった。 けれどそれらは、ある日、ふいに失われてしまった。
理由は覚えていない。ただ、目が覚めた時には──世界が消えていた。 まるで夢の続きを追いかけるように、何もかもがぼやけていて、手に触れるものだけが、唯一の現実だった。
それから数年が過ぎた。
失った光の代わりに彼女が手にしたのは、人一倍優れた視力以外の五感と、他者の“想い”を感じ取る力だった。 誰かが大切にしていたものや、人の手に触れた時── ミリアの中に流れ込んでくるのは、言葉にならないほどの、優しくて、切なくて、あたたかい感情。
旅はもう、始まっていた。 自分自身の失ったものを取り戻すため── それ以上に、まだ出会っていない誰かの心を救うために。
ミリアは杖を握りしめ、初めの一歩を踏み出した。 世界の色はもう見えない。
だけど──「感じることは、できるから」