第一話「アキラとキミコ」その5
「ごめんね、急に開けてもらっちゃって」
「いえ、お気になさらず」
キミコは黒猫を撫でながら答える。
ここに来る途中でアキラがコンビニで買ってきたキャットフードを食べて満足したのか、黒猫はぐっすりと寝ている。
「もう帰ってるかと思ったよ」
「なんか掃除し始めたら止まらなくなってしまって」
アパート住まいのアキラは、黒猫を連れて帰るわけにもいかず、かと言って他に頼る人もいなかったので、キミコに連絡したのだった。
一軒家のこの喫茶店ならどうにかなるかと思ったのだ。
「わかるわぁ、そういう日ってあるよね。掃除始めたらノっちゃうみたいな」
「アキラさんも掃除されるんですね」
「そっ、、、そりゃあ、一人暮らしだし。たまには、、、ねぇ」
キミコに少し笑われた気がしてアキラは恥ずかしくなる。
私いまキミちゃんにからかわれた? キミちゃんってそういうタイプだっけ?
「でもアキラさんもまだ帰られてなかったのですね? もうお家に着いているころかと」
「あーうん。まあなんかいろいろ。ウロウロしてて。たまたま、、、ね」
「そうでしたか」
別に誤魔化すようなことでもなかったのだが、ここで働くかどうかを悩んで公園のベンチで酒飲んでましたとは言えなかった。
「ところでこの子なんだけど、、、」
「はい、、、?」
「元気になるまではお願いしていいかな。私も出来るだけ毎日様子見に来るからさ」
「大丈夫ですよ。私も、ここに毎日来て掃除だけするとなると気持ちが続かなくなるのですが、この子に会いに来ると思えば通う理由にもなりますから。それに、、、」
「それに、、、?」
「これから、アキラさんに毎日会えると、思うと、なんだかうれしくなりますね」
「あー、あはは。ありがと」
さっきここで働くことを断ったばかりで、少し気まずいが、お店ではメイドとして推しであったキミコにそう言われるのは悪くない気持ちになるアキラだった。