第一話「アキラとキミコ」その2
改札を出る。
左右、どちらに行けばいいのかわからずキョロキョロと左右を見る。
壁に張られた「ロータリー」の文字を見つけて左へと向かう。
そこでまた辺りを見渡しその人を見つけた。
いつもと着ている服が違うと誰かすぐにはわからなかったが、女性にしては高い身長とスッと伸びた背筋は、その雰囲気を独特のモノにしている。
「ごめんなさい、遅くなりました」
息を切らしながら駆け寄る。
普段運動していないと少し走っただけでしんどくなる。
「いえ、そんなに待っていませんよ。アキラさま」
表情一つ変えずに返事をする彼女はどこか冷た目ではある。
「アキラさまはやめて、キミチさん。お店じゃないんだから」
「ではわたくしのこともキミチと呼ぶのはお控えいただけますか? キミチはお店での名前なので」
「じゃあなんて呼ぼうかな、、、」
「本名は、上野公子といいます」
「キミコでキミチか、、、じゃあキミチでいいじゃん」
「ですから、、、」
「わかったって、キミちゃんでいい?」
「わかりました」
「あんまし変わんない気もするけど、、、ところでキミちゃん。今日はどうしたの?」
この一連の会話の中でも一切表情を変えないキミコに「やっぱりいつものキミチだなぁ」と感じつつアキラは聞く。
「アキラさんをお連れしたい場所がありまして。話はその道中で行いましょう」
そう言って歩き出すキミコの少し後ろをアキラは付いて歩く
バスやタクシーに乗らず歩いていくということは、その目的地とやらはそう遠くないのかもしれない。
まさか騙されてる? キミちゃんに限ってそんなことないよね?
相手とは数年来の付き合いとはいえ、あくまでも店員と客の立場ではあった。
お互いがどんな人物でどんな生活をしているのかは、本当のところはわからない。
でも、私が仕事を辞めたってことも知っているはずだし、お金がないことも知っているはずだから、 何かお金をだまし取ろうってわけじゃないと思うんだけど。
「どうかなさいましたか? アキラさん」
「ううん、何でもない。こうしてお店の外でキミちゃんに会うのも新鮮だなぁって。ところでキミちゃんの方こそ何かあった?」
「アキラさんは先日、会社を退職されたとか?」
「うん、そうだね」
「実はわたくしも、あのお店を辞めました」
「へー、、、えっ? えぇぇぇぇ!」
一瞬理解が出来なかったが、あまりの衝撃に大声をあげてしまう。
その声にまわりの通行人たちが二人の方を見る。
駅前から離れてきているとはいえ、まだそれなりに通行人はいる。
アキラはそんな通行人に愛想笑いを向けながら、少し速足でキミコのそばへと寄る。
「いったいどうして、、、」
「わたくしも迷っていたのですが、アキラさんが会社を辞めたということで決心がつきました」
「お店で何か嫌なことでもあった? まさかイジメとか? キミちゃんは美人だしスタイルいいし、気がきくしね。嫉妬かなぁ?」
「いえ、そのようなことはありませんでした。皆、良くしてくれましたよ。私がお店を辞めた理由がこちらです」
突然立ち止まったキミコは、そう言いながら顔を向ける。
アキラもそれにつられて顔を向けると、そこには一軒の古びた建物があった。
「これは、、、? お店? 喫茶店?」
「アキラさん。私と一緒にメイド喫茶、やりませんか?」
「、、、は、え?」
アキラは思考が追いつかず、その場で立ち尽くしてしまった。