第三話「帰ってきた」その3
「お帰りなさいませ、お嬢様」
メイド服姿の女性は、そう言うと深々と頭を下げる。
「えっ? お帰り?」
「ここではお客さんにそう言うのがルールなの」
店の入り口で驚き立ち止まってしまったマルティナにアキラは耳打ちをする。
二人は店内に通されると、二人用の席に腰かけた。
マルティナが物珍しそうに店内を見ている間に、アキラはメニューをしばらく見るとテーブルの上のベルを鳴らす。
「本日はどうなさいますか?」
「これとこれをお願い」
メイドは深々とお辞儀をすると長いスカートの裾をあまりなびかせることなく、静かに厨房の方へと歩いていく。
静かな店内には落ち着く雰囲気のBGMが微かに流れている。そんな小さな音すら聞こえるほど店内は静かだ。
他に客がいないわけではない。店内の席はほとんど埋まっている。
フォークやスプーンがお皿に当たる音と小声で話す話し声だけが聞こえる。
このくらい静かなのは、他に思い当たる場所で言うと図書館か病院くらいかもしれない。高級レストランでもこうはならないだろう。まぁアキラは高級レストランなど行ったことがないのだが。
「ずいぶんと雰囲気のあるお店ですね」
「まぁここは私たちの世界のお店でも割と特殊だけどね」
今日、アキラはマルティナをメイド喫茶へと連れてきていた。
マルティナがキミコの店で働く上で、多少なりと感じをつかんで欲しかったからだ。
といっても、アキラがよく行くメイド喫茶はパステル調の店内に色とりどりのメイド服を来た、もう少しキャピキャピした雰囲気の店が多いのだが、このお店はシックで落ち着いたイメージの店だ。
キミコはこういうタイプのお店を目指しているようなので、アキラにとっても今日は勉強のつもりである。
そのため、少し遠出をしてここまで来たのだが、たどり着くまでにまた新たな試練がアキラとマルティナを襲った。
まさかマルティナが電車に驚いて乗れないとはアキラは思わなかったのだ。
そういえばどうして私は電車に乗れるのだろう。子供の頃に親と一緒に乗ったことがあるから?
アキラはそんなことを考えながら、電車は諦めてタクシーでここに来た。
タクシーも乗ってしまえばマルティナからすれば馬車とあまり変わらないらしい。むしろ馬車よりシートもふかふかで振動も少ないと感動していた。
電車も乗れるようになってくれればありがたいのだが。ずっとタクシー移動は現在無職のアキラにとってはかなりつらい。
「おまたせ致しました」
気が付くとそばにメイドが立っていた。
「こちらが本日のハーブティーです」
そういうとテーブルに可愛らしい装飾のポットとセットのカップが二つ置かれる。
うちにも欲しい。いくらするんだろうとアキラはそれらを見る。
「あとオムライスとハンバーグプレートです」
アキラがうながし、オムライスをマルティナの前にハンバーグを自分の前に置いてもらった。
メイド喫茶にはよく行くアキラだったが、この店ははじめてだったので、出来るだけいろいろ試してみたいと定番のオムライスとハンバーグを頼んでみた。
ひとりで来ると一つでお腹いっぱいになるが、二人でくれば二つ頼んでシェアすることができる。
オムライスはシンプルなモノで、ハンバーグプレートは白ご飯とサラダが同じお皿に乗っている。
「それは?」
マルティナが不思議そうにハンバーグを指さす。
ハンバーグにはスライスした人参やらゆで卵やらを使って装飾がされている。
「これは、ハンバーグという料理でそれに色んな野菜を使ってキャラクターを模しているの。これはネコね」
「いえ、クマです」
「あっ、ごめんなさい」
メイドさんの訂正にアキラは小さくなる。
「お嬢様、オムライスには何かお書きしますか?」
「アキラさん、どういうこと? どうしたらいいの?」
「じゃあ、オムライスにはネコをお願いします」
「かしこまりました」
メイドさんがケチャップの容器を逆手に持つ。
スチャっという音が聞こえた気がしたがアキラの気のせいだ。
手早くデフォルメされたネコの絵を書き上げていく。
その手際のよさにマルティナだけでなくアキラも驚く。
こういう場合のネコは定番なので書きなれているというのもあるのだろうが、練習もしているのだろう。
こういう練習もしなくちゃいけないのかと、アキラは少し億劫になる。
「お待たせいたしました」
「これが、、、ネコ、、、」
「うちにいるクロもネコだよ」
「あー、なるほど。確かにそれっぽく見えますね。クロさんがこんなに笑顔なところを見たことがありませんが」
こちらの世界に来て間もないマルティナは、こっちの世界の動物をあまりみたことがないだろうと、マルティナが唯一知っているネコを書いてもらった。
「では最後に、さらに美味しくなる魔法をかけさせて頂きます」
「魔法!? そんな魔法があるんですか?」
「えっ、ええ、、、」
「こちらの世界では魔法使いが飲食店で働かれているんですね。魔法も使えない私にキミコさんのお店がつとまるのでしょうか、、、」
「大丈夫よマル。これはおまじないのようなモノだから。それにマルも頑張ればきっと出来るようになる」
「わかりました。私も頑張りますね」
「えーと、始めてもよろしいでしょうか、、、?」
「あっはい。お願いします」
「では、、、おいしくなーれ、おいしくなーれ、トロトロフワフワ、トロトロフワフワ、おいしくなぁーれぇー」
怪しげな手の動きと、特徴的に聞こえて普通のことを言っている呪文が詠唱される。
もはや呪文というより、本当におまじないのようにも聞こえる。
「はい、これでおいしくなりました。ごゆっくりお楽しみ下さいませ」
「ありがとうございます」
アキラが小さく頭を下げるとマルティナも真似して頭を下げる。
メイドさんは一切表情を変えることなく厨房の方へと下がっていった。
「あれが、魔法、なのですね、、、」
「まぁね。ただ、お店、というか人によっても違うから、マルがやるには独自のを考えなきゃね」
「私にできるでしょうか」
「帰ったらキミちゃんに相談しようか」
そう言いながら私はティーポットを手に取りカップに注ごうとする。
カップに触れると少し温もりを感じた。
カップをあらかじめ温めておくことでハーブティーを注いだ時に冷めないようにする配慮だ。
こういうことが出来るメイド喫茶は貴重だ。
アキラの中でのこの店への評価がグッと上がる。
アキラは、マルと自分の分のハーブティーを注ぎ終わり、ふとマルの方を見るとスプーンを握って固まっているのが見えた。
「どうしたの?」
「可愛くて食べられません」
「あー、あるよねぇー」
そう言われるとアキラも急に、目の前のハンバーグが食べられない気がしてきた。




