第二話「異世界」その6
森の奥へと入っていくと、辺りは少し暗くなり涼しさを感じはじめる。
日がそこまで届かないほどには葉が頭上を覆っている。
地面には草が生え、その下は少しぬかるんでいる。
ここで走ったら滑って転びそうだ。
この世界に来た時の格好のままだったらすぐに腕や足が生傷だらけになっていただろう。だがあの村で頂いた服のおかげで傷だらけになるということはなさそうだった。
森の中に入っていけば静けさが待っているものだと思っていたが、待っていたものは違うものだった。
「この音、何でしょう?」
「その、新しいモンスターって奴の鳴き声?」
森の奥からは、ウオーンというどこかで聞いたことのあるような無いような鳴き声と、ジャリジャリと地面をひっかく音が聞こえてくる。
「これは、、、」
「クロ、知ってるの?」
「もしかしたら、ワシを倒した人間どもの新兵器かもしれん」
「前にクロが言っていた? でも人間側の新兵器ならなんでこんなところで人を襲っているのよ。しかも魔族側の新手のモンスターって言われてるんでしょ?」
「それはわからん。もしかしたら、ワシらは何か大きな勘違いをしているのかもしれん」
「音が近づいてきます。もうすぐかもしれません」
歩を進めるにつれ謎の音が大きくなっていく。
キミコの言葉で緊張感が走る。
そして少し開けた場所に出ると、それはいた。
「奴じゃ。やはりワシを襲った新兵器!」
クロの叫びに、アキラとキミコは驚き同時に声を上げる。
「「あれは、軽トラ!?」」
「ケイトラ?」
白くて小ぶりな車体。大人が入ると狭く感じるであろう運転席と助手席の後ろは荷台になっている。
そんな日本のどこでも見られるおなじみの軽トラは大木にぶつかり止まっている。
だがエンジンは止まっていないのか、エンジン音が木々に反響している。
小ぶりな車体を支える小ぶりな四輪のタイヤ。その前輪二つがぬかるんだ地面と草のせいですべって空回りしている。
「お前たち、あれを知っておるのか? やはり人間たちの新兵器」
「違うわよ。あれは軽トラ。私たちの世界の一般的な乗り物よ」
「乗り物?」
「うーん。こっちの世界で言うと、馬車みたいなものよ。馬車があるのか知らないけど」
アキラは、そういえばこっちに来てから馬車どころか馬とか見てないなと思いながら、クロにどう説明したものかと考える。
「なるほど? じゃが、なぜそんなモノがここに?」
「それは私たちも知りたいわよ」
「私たちがこちらの世界に来たことと何か関係があるのかもしれませんね」
キミコが冷静に答える。
よくこんな状況で冷静でいられるものだ。
「でも大木にぶつかって止まっているようね。誰が運転しているのかしら」
アキラが軽トラに近づこうとすると急に軽トラの挙動が変わる。
車体を大木にこすりながら無理やり向きを変えるとアキラの方へと突っ込んでくる。
アキラはすんでのところでそれをかわす。
「何こいつ、まだ動けるの?」
軽トラは唸りを上げながらその車体を走らせる。
「キミちゃん、あぶない!」
アキラはすぐさま走り、キミコを押し倒す。
軽トラは先ほどまでキミコが立っていた場所を駆け抜けていく。
そしてまた大木にぶつかると、向きを変え走りまた大木にぶつかるを繰り返している。
「大丈夫? キミちゃん」
「、、、はい。ありがとうございます」
抱きしめるキミコの身体は少し震えている。
平静を装っているがやはりキミコも怖いんだとアキラは気づく。
「キミちゃん、立てる?」
「はい」
「じゃあとにかく大きな木の陰に隠れて」
「わかりました」
そう言うとキミコは立ち上がり大木のそばに駆け寄る。
「それにしても何なのよ。誰も乗ってないじゃない。幽霊トラックとでもいうの?」
そう。アキラが運転席を見たとき、そこに人はいなかった。
この軽トラは勝手に動いているのだ。
「でも幽霊なら大木にぶつかったりしないか」
幽霊には足がないとか言うが、四つのタイヤが地面を走り、時には草などにすべっているのを見るとやはり実態はあるようだ。
軽トラが通った場所も、草が倒れているところからもそういった部分がうかがえる。
「ねぇクロ。魔族だし魔法とか使えるんでしょ? 何とか出来ないの?」
離れた場所から様子を伺っていたクロにアキラは叫ぶ。
クロも困ったようにそれに返事をする。
「そうは言ってもの。ワシは奴に一度やられておるしな。しかも魔力も完全には戻っておらん。簡単な魔法しか使えんぞ」
そう言いながら、クロは片手を前に出すと手のひらから禍々しい黒い球体のようなもの出すとそれを軽トラに向かって放つ。
軽トラはそれをギリギリで避けるが、球体は弧を描き軽トラに向かって飛ぶと後ろからぶつかり破裂する。
しかし軽トラには傷一つついておらずまったく止まる気配もない。
そういえば、さきほどから大木にぶつかったりしている割に、小さなこすったような傷はあるものの、凹みのような傷はない。
「なんなのあの軽トラ。見た目は軽トラでも私たちの知ってる軽トラじゃない? なんとか止める方法はないかしら」
アキラは軽トラの動きを見ながら考える。
運転席に誰も乗っていないのなら、逆に運転席に乗り込むことが出来れば、、、
「クロ! なんとかあの軽トラの動きだけでも止められない?」
「仕方ないの!」
クロは地面に手をかざすと、そこから草が急に成長を始める。
そして鞭のように伸びた草が何本も軽トラに絡みつく。
「止まった?」
一瞬動きを止めた軽トラだったが、すぐに絡まった草を引きちぎり走り出す。
「ダメなの?」
なおも暴走を続ける軽トラに頭を抱える。
軽トラが木にぶつかるたびに方向転換を繰り返しているおかげで、どこかへ行くことはない。このまま村を襲うということもないのかもしれない。
しかしいつかこのまま森を抜けて人々を襲い始めるかわからない。
なんとか今のうちに対処したいところだが、何の装備も準備もしていないアキラたちには、止めるのは難しそうだ。
「木にぶつかる? なら、クロ! 木を倒して止めたりできない?」
「やってみるかの」
クロは手のひらからまた禍々しい黒い球体を出すと、その球体が平たく長い刃となる。
そしてそれを複数飛ばすと辺りの大木が軽トラを囲むように倒れ始める。
「すごいじゃない、クロ」
軽トラは倒れた大木に囲まれその動きを封じられる。
しかしまだその動きを止めようとしない。
大木を押しのけ走り出そうとする。
そこにキミコの声が響く。
「あの軽トラは前輪駆動です。前輪を浮かせることが出来れば動けなくなるはずです」
「なるほど。クロ、前のタイヤの間あたりに下から攻撃出来ない?」
「わかった」
クロは再度地面に手をかざす。
すると地面が少し盛り上がりながら軽トラに向かって突き進む。
そしてアキラの言った通り、前輪の間あたりの地面から土の塊が軽トラを突き上げるようにせり上がった。
それにより軽トラは前輪を空転させ、完全にその動きを止めた。
「よし、クロ、ナイス!」
アキラは拳を握りしめよろこびクロの方を見ると、クロはしゃがみこみ倒れる。
「クロ!」
アキラは駆け寄り倒れたクロを抱き上げる。
「大丈夫?」
「ちょっと無理して魔力を使いすぎたかもしれん。少し休めば、、、」
「わかった。ありがとね、クロ」
アキラはクロをそっとその場に寝かせる。
「そういえば、キミちゃんは?」
アキラが辺りを見渡すと、木の陰に隠れていたキミコが誰かを連れてこちらにやってくるのが見えた。
「キミちゃん?」
「アキラさん。マルティナさんと村長、いましたよ。まだ息があります」
キミコは意識を失っているマルティナをなかば引きずるようにこちらへと連れてきた。
「すみません。村長の方は重くって。でも、意識はありませんでしたが生きてはいました」
「そう。良かった。村の人たちを呼んでくればなんとかなるかも」
ただ村には老人しかいなかった。
近くの街から応援を呼ぶ必要があるかもしれない。
結局まだ近くの街っていうのが、どこにあってどのくらい離れているのかわからなかったなと思いながら、アキラはさてとっと小さく口に出す。
あの軽トラのエンジンを止めて完全に停止させなければ。
いまだにウイーンというエンジン音とタイヤの空回る音を響かせる軽トラへと近づいていく。
そこでアキラはふと気づく。
「これは? ガソリンの匂い?」
そこで、前面が浮いた軽トラの下から液体がポタポタと落ちているのが見えた。
「まずい。みんな伏せて!」
アキラはそう叫びながら、軽トラに背を向け走るとクロに覆いかぶさる。
それを見たキミコもマルティナを覆いかぶさるように抱きしめる。
その瞬間、軽トラは爆発する
アキラとキミコは恐る恐る振り返ると、真っ赤な炎に包まれた軽トラの姿があった。
その炎は軽トラを囲むように倒れた大木を焦がし始める。
「すっ、すごい煙」
「アキラさん、頭を低くして煙を吸い込まないようにしてください。何かで口元を覆うように」
「わかった。でも早くここから離れないと、まずいわね」
「ですが、私ひとりではマルティナさんを連れていくには、、、」
アキラがクロを抱えて逃げるのは容易だが、意識のないマルティナまで連れていくには難しそうだ。
さらに向こうには村長も倒れている。
だが、このままこの場所にいれば全員の命が危ない。
その時、突如として軽トラが光を放ち始める。
淡く暖かい黄緑色の光だ。
炎の中で軽トラは分解され始めると光の粒子となって消える。
そしてその粒子が広がると炎を鎮め、そしてアキラたちを包み込む。
「願え」
「えっ?」
アキラの腕の中にいたクロがうっすらと目を開く。そして小さく口を動かしアキラに言う。
「願うのじゃ。今の思いを」
「クロ? わかった」
アキラは目を閉じるとイメージする。
キミコの喫茶店を。
「みんなで帰りたい」
その時、光が大きくなり弾ける。
アキラは少しずつ目を開ける。
そこはキミコの喫茶店だった。
腕の中では黒猫が丸くなっている。
そしてその隣にはマルティナを抱きしめたキミコがいた。
「帰ってきちゃった」
「そうみたいですね」
何も考えられず、しばらく二人はお互いを見つめ合った。




