第一話「アキラとキミコ」その1
「たいしょー、もう一杯!」
「もう飲み過ぎですよ」
そう言いながらも女性は空になったグラスを下げ、新しいモノを置いた。
何色もの液体が混ざり合いカラフルな虹のようになったその飲み物は、とうてい居酒屋やファミレスといった場所ではお目にかかれないだろう。
「はい、ラブラブドリーミンレインボーです。ご主人様」
「ありがと。キミチはいい子だねぇ」
そのカラフルな見た目をよく見もしないで、一気にのどに流し込む。
「ぷはー、やっぱりこれだよねぇ。キミチ、おかわり」
「ダメですご主人様。いい加減に、、、」
「キミチまでそんなこと言うんだ。そうやってみんな、、、うぅっ」
そう言うと、テーブルに突っ伏して泣き始める。
キミチと呼ばれた女性は彼女の隣に座ると肩を抱きさする。
そうご主人様と呼んではいるが彼女は女性だ。
繁華街の一角に家電量販店などが並ぶ場所がある。
そんな電気通りから一本裏に入るとそこにはアニメグッズなどを取り扱う店が立ち並び、この町のオタクたちは週末になるとだいたいここへ集まってくる。
そんなオタク街の雑居ビルの一室にこのメイド喫茶はあった。
彼女、キミチはこの店の店員であり、今、肩をさすっている彼女は客である。
本来この店では、男性客をご主人様、女性客をお嬢様と呼んでいるが、彼女の希望によりご主人様と呼んでいる。
キミチはこの店に長年勤めるベテランメイドであり、彼女のお気に入りだ。
ここで肩を抱かれながら机に突っ伏し号泣している彼女の名は、神田明良。
この店の常連である。
ただ今日はいつもと様子が変だった。
普段はもっと大人しく、キミチを指名してオムライスセットを頼むと静かにそれを食べながら、忙しくしているキミチの様子をずっと目で追いかけて、満足して帰っていく。
それが今日は居酒屋での絡み酒のようになっている。ちなみに先ほどのラブラブなんちゃらというドリンクはノンアルコールである。
そんな大人しいアキラがこんな状態なので、普段はあまり付きっきりで接客しないキミチも心配になりこうして隣に座っているのだった。
「大丈夫ですか? ご主人様。何かありました?」
「会社でね、、、ピーがピーでピーして、、、」
「あらあら、それは大変でしたね」
「それで会社辞めてきた。でも、辞める時もひどくて、、、」
アキラはどうやら上司のパワハラやセクハラに耐えかねて辞めてきたようだった。
そんなアキラの肩を抱き寄せ、頭をなでる。
「それはつらかったですね。今日はわたくしが傍におりますから。ゆっくりしていってください」
「ありがとう。キミチさん」
店内ではご主人様とメイドという関係からキミチと呼び捨てにするアキラが、さん付けで名を呼んだことにキミチはアキラを愛おしく感じる。
「ご主人様、、、アキラさまと、今だけ呼んでもよろしいでしょうか」
「えっ、、、うん。いいよ」
「これを、、、」
「これは、、、アドレス?」
「はい、明日ここに連絡していただいてもよろしいでしょうか?」
「いいけど、どうして?」
「アキラさまにお話したいことがあります。でもここではちょっと、、、」
「わかった。必ず連絡するね」
アキラはそう言うと、そのメモを握りしめる。
「あとこちらを、、、」
もう一枚紙を渡す。
「これは、、、」
「本日の伝票です」
「うっ、カードは使えますか」
「はい、ご主人様」
アキラは、今までこの店で見たことのない金額のかかれた伝票を震える手で握りしめた。