温もりを迎えに
寒い冬の朝です。その年初めての雪が降り始めていました。
暖かい暖炉の前で、若く優しい男と、年を取った大きな犬と、幼く小さな猫とが、ゆっくりと過ごしていました。
みんな、それぞれの言葉は分からなくても、それぞれを大切に思っていることは分かっています。
「街に買い物に行ってくるね」
彼は優しい笑顔で犬と猫に声をかけると、外套を着込んで家を出ていきました。
犬も猫も、彼がそんな風に声をかけて出て行った後は、すぐに沢山の食べ物を抱えて帰ってくることは分かっています。いつも通り安心して、暖炉の前で、遊んだり、寝たりして過ごすのでした。
けれど、その日はいつまでたっても彼が帰ってきません。辺りは真っ暗になってしまいました。あれだけ暖かかった暖炉の火もすっかり消えて、家の中まで暗くなっています。
暖炉の前で、猫を包み込むように寝そべっていた犬は心配になりました。こんなに暗くなるまで彼が帰ってこないことは、今まで一度もありませんでした。猫は心細い鳴き声を上げました。
猫の声を聞いた犬は起き上がりました。扉の前に後ろ脚だけで立ち上がると、前足を器用に使って扉を押し開けてしまいます。外のとても冷たい空気が、いっせいに犬に当たりました。
犬は外に出るとすぐに鼻先で扉を閉めましたが、扉が閉まるのと同時に、猫も外に出てきてしまいました。犬には外から扉を開けることは出来ません。
外には今も雪が降り続け、辺り一面に積もった雪と一緒に、月明りを反射してきらきらと光っています。
猫は生まれて初めて見る雪に見とれてしまい、つい前足で触ってしまいました。その冷たさに驚いた猫は、犬の背中に飛び乗ります。大きく暖かな犬の背中に、少しだけ安心しました。
犬も背中に猫の重さと暖かさを感じ、少しだけ安心して、歩き出しました。
雪の降る音さえ聞こえそうなほど静まりかえった道に、犬が雪を踏みしめる音だけが響きます。
こんな遅くに外に出るのも、雪に覆われた景色を見るのも初めての猫は、まるで知らない場所に来てしまったように、犬にしっかりとしがみついて、たえず辺りを見回しています。
犬は足をすっかり冷たくしながら、ようやく街にやってきました。街からは灯りが消え、しんと静まりかえっています。
彼と一緒に賑やかな昼間に来たことはあっても、静かな夜に来るのは犬にとっても初めてです。寒さと心細さに立ち止まりそうになりますが、背中に感じる猫の暖かさを守ろうと歩き続けます。
遠くから、人の笑い声が聞こえます。犬は声の聞こえてくる方に向かいます。
人の声が聞こえてくるお店の前に着きました。他のお店は灯りが消えて夜の闇に紛れる中、そのお店だけは昼間のように明るく、賑やかです。
扉が開き、赤い顔をした大男が出てきました。
「おい! 外に猫を背負った犬がいるぞ!」
大男は、お店の中に向かって大声を出しました。お店にいた人たちが次々と出てきます。知らない人たちにじっと見られた猫は、ぺたりと耳を寝かせ、ますます犬にしがみつきました。
「アタシ、知ってるわ! 今日の英雄さんのところの犬よ!」
おばさんが大きな声で言いました。街で働いている、犬にも優しい声をかけてくれるおばさんです。でも、今のおばさんはなんだか違う人のようです。赤い顔をして、声もいつもより大きく、強くなっています。
「あの彼のところの。迎えに来たのかな」
「猫も彼のところのかしら」
「猫と一緒にお迎えか」
「ご主人が立派なら、その家族も立派ね」
「随分と寒そうだ。中に入れてやったらどうだい?」
「それもそうだ。どれ」
大男がふらふらと犬に近寄ってきます。
みんなにじろじろと見られ、その上大男に近寄られ、怖くなった犬はとうとうその場を逃げ出してしまいました。
お店から離れると、猫は心細い鳴き声を上げました。随分と長く外に出ているので、犬も猫も、降り続ける雪のせいですっかり濡れてしまい、冷え切っています。
その時、猫がぴくりと耳を震わせました。
猫は犬の背中から飛び降りると、足に伝わる雪の冷たさを我慢しながら、振り返り振り返り、走っていきます。
犬は体力を振り絞り、猫を追って走ります。
「僕は帰らなくちゃならないんです! 暖炉の火ももう消えてしまっている!」
「そのお怪我では無理です! せめて明るくなってから!」
とうとう犬と猫は、彼を見つけました。建物の前で、若い女の人と言い合っているようです。
猫は一目散に彼の外套に潜り込むと、彼に小さな全身を押し付けました。
犬はちぎれてしまいそうなほどにしっぽを振りながら、彼に飛びつきました。
彼は目を潤ませ、顔いっぱいに笑いました。
「迎えに来てくれたんだね?」
彼は犬をしっかりと抱きしめながら、いつも通りに優しくなでて、いつも通りの優しい声をかけます。彼の暖かさに、犬と猫はやっと安心しました。
「ここは寒いでしょうから、中にどうぞ」
女の人も目を潤ませながら、微笑みました。みんなで建物の中に入ります。
建物の中は明るく、暖かかったのですが、犬は時折連れてこられる、痛い思いをする場所と似たにおいを感じ、彼にしがみつきました。
「君には何もしないよ。僕の怪我を診てもらっていたんだ」
彼は優しく笑いながら犬をなでて安心させました。
「しばらく、ここで休ませてもらっていいでしょうか?」
「もちろんです」
彼が女の人に尋ねると、彼女も優しく笑いました。
「それと、お代はいくらになるでしょうか?」
「娘の恩人からは受け取れませんな」
建物の奥から、立派な男の人が出てきました。
「それに、ここにいたければ、いつまでだって、いてもらって構いませんよ」
男の人が声を上げて笑いながら女の人を見ると、彼女は顔を赤くして俯きました。
それを見た彼も、顔を赤くしました。
犬が彼の顔を見上げ、猫が彼の首元から顔を出します。
犬と猫には、彼の大切に思うものが、一つ増えたことが分かりました。