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【ホラーショートストーリー】「蝶の舞」


 優雅な音楽が劇場に響き渡る。幕が上がると、そこには一人のバレリーナの姿があった。クリスタル・ローズ、この世界で最も美しいと称えられる舞姫だ。


 彼女の動きは、まるで蝶が舞うかのように軽やかで繊細。白鳥の湖を踊る彼女の姿は、まさに生きた芸術そのものだった。観客は息を呑み、その姿に魅了される。


 しかし、クリスタルの瞳の奥底には、誰も気づかない何かが潜んでいた。それは悲しみか、それとも……別の何かか。


「素晴らしい! まさに蝶の舞だ!」


 客席から熱狂的な声が上がる。クリスタルは微笑みを浮かべながら、優雅にお辞儀をする。その仕草さえも、まるで蝶が羽を休めるかのように美しい。


 舞台袖では、クリスタルの相棒であるマーカス・シャドウが、複雑な表情で彼女を見つめていた。


「大丈夫かい? クリスタル。最近、少し様子が……」


「ええ、問題ないわ。むしろ、今夜が楽しみよ」


 クリスタルは意味ありげな笑みを浮かべる。マーカスは眉をひそめたが、それ以上の追及はしなかった。彼女の傍らには、いつもの虫よけスプレーがない。クリスタルはそれを嫌がり、今日は使わないと言い張ったのだ。


 公演は終盤に差し掛かる。クリスタルの動きが次第に激しくなっていく。それは蝶の羽ばたきというより、むしろ蛾が光に向かって突進するかのようだった。観客は息を呑み、その迫力に圧倒される。


 そして、クライマックスのシーンが訪れる。


 クリスタルは高く跳躍し、優雅に回転する。しかし、着地の瞬間、彼女の体から異変が起こった。


「クリスタル!」


 マーカスが駆け寄ろうとした瞬間、驚くべき光景が目の前で繰り広げられた。


 クリスタルの肌が、まるで蛹が孵化するように裂け始めたのだ。その下から、無数の蝶や蛾が飛び出してくる。


「ああ……ついに、この日が来たのね」


 クリスタルの声が、蝶や蛾の群れの中から聞こえてくる。観客は恐怖に包まれ、悲鳴を上げながら逃げ出そうとする。しかし、ドアは全て閉ざされていた。


「さあ、私の愛する子供たちよ。宴の始まりよ!」


 蝶や蛾の群れが、パニックに陥った観客たちに襲いかかる。彼らの口から出る粉が、人々の肌を溶かし始める。血と悲鳴が劇場中に響き渡る。


 マーカスは呆然と立ち尽くしていた。彼の脳裏に、クリスタルとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。彼女が虫を怖がる素振りを見せたこと、花に近づくと少し躊躇したこと、そして……彼女の踊りがいつも蝶に例えられていたこと。


「なぜ……どうして……」


「驚いた? マーカス。私は最初から、人間ではなかったの」


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「私は、蝶と蛾たちの女王。人間たちを養分にするために、この姿を借りていただけよ。バレエは、私たちの狩りの踊りだったの。今こそ機は熟したのよ」


 マーカスは震える手で、ポケットからライターを取り出す。彼の目には涙が光っていた。


「そうか……だから君は、いつも虫よけスプレーを嫌がっていたんだな。君との時間は、本当に素晴らしかった。でも……」


 彼は躊躇することなく、ライターの火をつけ、舞台に投げ込んだ。


「これが、最後の踊りだ。さようなら、クリスタル」


 炎は瞬く間に広がり、蝶や蛾たちとクリスタルの姿を飲み込んでいく。マーカスは燃え盛る舞台を背に、静かに劇場を後にした。彼の背中には、一匹の美しい蝶が止まっていた。


 翌日の新聞には、「蝶の舞、悲劇の最期」という見出しで、劇場火災の記事が掲載された。しかし、真相を知る者は、もはやこの世にはいなかった。


 数日後、マーカスの遺体が自宅で発見された。彼の体は、何故かまるで蛹のように、無数の糸に包まれていた。


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