オカルト、ノットイコールレンアイ。
あまり投稿等を行ったことがありませんので、もしよろしければ、誤字報告等よろしくお願いいたします。
第一部 オカルト男
最近のオカルト界隈のリスペクトの無さは著しい! 特に心霊系の奴らは「怖がらせて頂く」という意識が足りないのだ。無名な動画投稿者に限って、廃墟での動画撮影で壁に落書きをするわ、安易に叫びたがるわ、恐怖体験のきの字もよくわかっていないと来てる。このようなマナーの悪い心霊愛好者がいる原因として、高度に発展した科学技術というのはよく言及されてきたが、特筆すべきものとしてお化け屋敷を取り巻くイメージが適切でないのもそうだ。お化け屋敷! なんて失礼なものを作ってしまったんだ!
お化け屋敷は、良質な新規参入者の育成に失敗している! まず立地がダメだ、遊園地というあんな楽しそうな場所の中にあっては雰囲気がない。
でも何より俺が一番許せないのは、お化け役者様達をなめ腐っている奴ら、とりわけ「吊り橋効果」などと言って、クラスの可愛いあの娘とお近づきになるためという下心をもって入場している奴らだ! お化け屋敷ではそれが許される雰囲気がある。何をやっている! お化けだぞ! お化けが出るんだぞ! お化け屋敷に限らず、肝試しデート的な使い方をしている奴はこれから命の危険にさらされに行きますという考えがない。恋愛とオカルトをごっちゃにするな! オカルトは恋愛じゃない! オカルト、ノットイコールレンアイ。なのだ! このような事を言っているのは、俺が極度に友達が少なくて、さらに女友達が一人もいないという現状から発せられているわけでは断じてない! 俺はオカルトが好きなのだ! 例えオカルトと恋愛どちらを選ぶかと問われれば、迷わず俺はオカルトを選ぶぞ!
三限目の数学の授業中、俺はそういう風なことを考え、有名オカルト雑誌『月刊ラー』を読んでいた。俺はここ「杉並丘高校」の二年生、オカルト研究会会長の岡山塁斗だ。本当はこの崇高なる読書に集中していたかったのだが、数学教師が「そういえばもうすぐ文化祭だよね~」と雑談を始めたのが事の発端だった。俺の中で、文化祭でお化け屋敷は定番、というイメージができてしまっているのも原因だろう。普段は界隈全体の事なんて考えないのだが。最近の俺は少しピりついているのだ―――
一旦冷静になるため、俺は雑誌を閉じ、教師からそれが見えないように壁として立てていた数学Bの教科書を倒した。視線を挙げて黒板を見ようとしたら、あるクラスメイトと目が合った。俺の席は一番廊下よりの黒板から遠い場所にある。その子の席は教室の中心から黒板寄りにずらした所。薄く茶色がかった髪の中から、白く滑らかな肌の顔がこっちを見ている。狩野風雅、それがその子の名前。この学校でその名を知らない者はいない。才色兼備、高嶺の花、未来の生徒会委員長様、杉並丘史上最高の副委員長、彼女の事を話す時、皆そういう風に言う。そんな彼女がなぜ俺を? そんな疑問もあり、俺は十秒ほど時が止まってた。しかし見つめあっていると変だと、すぐさま視線をずらす。するとおかしい、狩野の右隣りの男子も、左隣りの女子も、こっちを見ている。それだけではない、クラスのほとんどのやつも、それどころか数学教師さえも俺の方を見ているではないか。俺は困惑するしかなく「え?」と繰り返しながら、そこかしこに目線を送り誰かの説明を求めた。すると、狩野風雅が傲然たる態度で立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かってきた。皆の視線は狩野か俺に集中する。
狩野は俺の目の前に仁王立ちし、
「岡山君、貴方、授業妨害だわ」
そう口にした。
クラスでも比較的カースト上位の男子や女子が、「狩野、ほどほどにしておけよ~」だのなんだの言っているのが聞こえる。一方俺は、音を立てた覚えがないので「は?」と返すしかなかった。
「文化祭についての話が始まったあたりから、貴方の独り言がだんだん聞こえたのだけれど、もしかして文化祭になにか恨みでもあるのかしら?」
どうやら俺は自分でも気が付かず思ったことが口から出ていたらしい。普段はそんなことはないんだけどなぁ。
「ご、誤解だ。すまん。いつもはこんなことはないんだけど――」
俺がそういうとクラスから笑い声が聞こえた。狩野は調子を崩さず、
「『いつもはない』? 『本日もいつもどおり』の間違いでなくて? 独り言ではないけれど、貴方いつも自分の世界に閉じこもっておかしなことをしているわね」
そういいながら、狩野は俺があっけにとられている間に、教科書の下にある『ラー』を引っ張り出し、汚い物でも触るかのように二本指でぶらぶらとし、一瞬見る。
「こういうものがそんなに楽しいのなら、貴方一人だけの時にやってもらえるかしら? 見ていて恥ずかしい」
その言葉に俺は激しく動揺し、彼女はニヤリと口元を片方挙げた。まるで、ゴミを見るような目だ。
「私は風紀委員ではないのだけれど、こちらは預からせていただくわ」
クルッと振り返り、彼女は早歩きで机に戻った。皆も前を向き、授業は教師の言葉を皮切りに再開する。
俺は机をただ黙って見つめることしかできなかった。聞き流すことだってできるのに、俺は彼女の言葉でダメージを受けているようだった。だって、俺は一人だから。
俺は『自称』オカルト研究会の会長である。発足者は俺、会員数は一人。そう、一人、それが悲しい。きっかけは些細なことだった。
いつものように、俺は友人の田中 博にオカルトの話をしていた。すると田中が
「岡山君? 私以外にノストラダムスの大予言についての話をできる友人はいないのですか?」
と言ってきた。嫌われたのかと思い、迷惑だったらすまなかったと言ったら田中は、迷惑ではないが、岡山が他の人に話しかけている所を見たことがない。どちらかというと人として心配である。という風な事を言ってきた。最初は余計なお世話だと思った。そもそも、俺はオカルトが好きだ。そしてそれを楽しむ上で、友人という存在は基本的には必要ない。そういう性質のものなのだ。だから、いうなれば馴れあいを目的とした集まりとかスポーツのチームとか、それに属さない自分が問題であるとは思わなかった。
「意味合いは近いですが、そうではありません。君は同じオカルトが好きな友人はいるのか、と言っているのです」
田中がいるじゃないか、と言ったら、真っ先に否定された。
「私はオカルト好きではありません。ただ君が友人だから、その話に付き合っているだけです。勿論、その話が不快ではありません。ですが、君はもう少し仲間という
ものに関心を抱いてもいいのでは?」
仲間。こちらも考えたことなんて一度も、というのは嘘になる。同じオカルト好きである人と話せたらどんなにいいか、それは最早考えなくてもわかることだった。共有できる興奮、比較的似通った価値観。もしかしたら、自分にとっての親友と呼べるような人と出会えるかもしれない。そう考えるだけでワクワクしてきた。田中に言われたのをきっかけにして、俺は仲間を求めて「オカルト研究会」のメンバー集めを始めた。どうせなら大々的にやる方がいい。しかし、仲間、とりわけオカルト好きという条件のそれは、どうやら本質的に宇宙人と何ら変わりないらしい。つまり、『よく聞くが、会うのは難しい』。
メンバー集めのポスターを出して一か月たった今日。オカルト研究会は正式に研究会として発足することなく、俺はこんなにも自分と同じ感性を持っている人が少ないのかという虚しさと孤独感を抱え、学校に登校していたのだった。
午前の授業が終わり、昼休み、学生食堂。俺は狩野の言葉が心の中で響いてくるのを感じながら、その打開策をとるべく会議を開いていた。
「それは、岡山君の世間体が悪いからでしょうね」
田中はカツ丼を食べながら、といっても上品に口には何も含んでいないタイミングで喋る。
「世間体?」
「イメージと言ってもいいでしょう。君に取り巻くイメージ、それからオカルトのそれも」
俺の何が悪いというのだ。俺はただ健全にオカルトを楽しんでいるだけだぞ。
「ええ、確かに健全でしょうね。君は学校に許可を取って校庭に謎の地上絵や奇妙な絵文字を書いていますし、君は学校に許可を取ってオカルト研究室に一般的に呪物やパワーストーンと呼ばれるもの等を持ち込んでいる訳で、その他諸々も健全極まりない。私のコネを利用して、やっと健全ですが」
言い忘れていたが、田中も狩野と同じく生徒会に属している。役職は書記だが、発言力は生徒会の中でも一位、二位を争うのだそうだ。狩野とも対等にやりあっているというか、普通に仕事仲間という感じらしい。そんな田中に何とかしてもらって俺はこの学校でオカルト活動をやっている。地上絵も校庭を使うから、俺一人の力では許可は下りなかっただろうし、オカルト研究室も、やはり他の自室をもらっていない研究会やそもそものメンバー不足による設立条件の未達成の事を考えると、俺が元掃除用具保管用のちっさい空き部屋を使わせていただくという柔軟な発想と田中のコネが合わさってやっと提供してもらえたと思う。だが、どちらも総じてコネは使っているものの、ちゃんと許可はもらっている。何も言われる筋合いはないはずだ。
「許可をもらえばいいという話ではないでしょう。学校で宇宙人と交信しようとしている人がいたらどう思います?」
俺はサバの味噌煮を頬張りながら考える。
流石の俺でも田中の言おうとしていることはわかった。確かに、オカルトという行為は人の目を引く。
でもそれは、結局俺のことをイメージで決めつけているではないか。田中はともかくとして、他の人に迷惑をかけたことなんてないぞ。教室の件以外では。
「それは事実ですが、少なくとも今回に限っては、それは何の意味もないということですよ。イメージは重要です。大事な時に役に立つとでも言いましょうか」
イメージか...田中の言う通り、確かに俺の印象は良くないかもしれないが、それでも俺がそのオカルト的行為をやめる理由にはならない。行為の規模を縮めるのも無しだ。
「そんなに融通の利かないものですかね...」
勿論だ。他人からやめろと言われて、やめるなら好きだって思わない。行為自体も目立ちはするが誰の迷惑でもない。なら、どうして自分の感情の赴くままふるまってはいけないのか。...しかし、田中は俺と同じクラスなのだが、狩野に説教された時何もしてくれなかった、俺の自業自得だと。そんなに俺の世間体って悪いのだろうか...?
悪いですよ。と、田中はいつもの冷たい表情のまま、おもむろに彼の手荷物の一つであるこの学校の新聞、『杉並丘学生新聞』の一ページを見せてきた。
『校庭に現れた謎の記号! 宇宙人との交信か?』と、そのページの右下に小さく乗せられた写真のそれは明らかに俺が校庭に書いたものだった。
本文は、『一昨日に突如校庭に現れた謎の地上絵が学園を騒がせている。この絵の製作者は、最早おなじみとなった二学年の奇人岡山 塁斗さんで~』
奇人って、酷いな。っていうか、俺の本名が載っているのだが!? プライバシーとかないのか!?
「杉並丘高校が自由と個性を掲げる私立校である以上、新聞部の活動は止められませんね。こちらからも圧力はかけているのですが」
学長側の意向であまり生徒の行為に手を加えたくないのだとか、なんだそりゃ。
溜息が出そうなところで、俺は田中が俺の左斜め後ろの方向を向いているのに気づいた。俺もそっちを向くと、
「センパーイ!」
制服のリボンの色がそうだったので一年生だろう。右手には首から下げたカメラを持ち、もう一方はこちらに振っている。童顔で、髪は短くそろえて邪魔にならないようにしているが、肩にかかるかかからないかぐらいの長さなのでおしとやかな印象も受ける。向かってきた後輩女子は意外にも俺の方によって来た。俺はこの子とは面識がない。
「君は?」
「こんにちは、田中先輩! 佐竹は新聞部の佐竹といいまぁす~新入りの下っ端でぇ~す」
「新聞部だと!?」
俺は思わず立ち上がり、
「お前が俺の文字の盗撮をした犯人だな!」
「やだなぁ~違いますよ~」
表情がコロコロ変え芝居がかった喋り方をする佐竹が妙に鼻につく。
「佐竹が担当したのは記事の本文だけですよぉ~、セ・ン・パ・イ・の」
じゃあ『奇人』って書いたのはお前かよ! 同罪だよ!
「周知の事実っていうかぁ~私が書かなくてもみんな思ってますってぇ~」
「それで、彼に何の用です」
田中はメガネをスッと中指で整えながら言う。俺は席に座りなおし、佐竹はその相手を舐めているような笑っているような表情のままで媚びた声を出し始めた。
「実はぁ~次に書く記事をぉ~選びかねておりましてぇ~ネタを探していたんですけどぉ~いいのが無くってぇ~なのでぇ~オカルト研をぉ~取材させてほしいなぁ~って」
「何!?」
俺は再度立ち上がった。
「なぜ盗撮犯かつプライバシー侵害犯の頼みを聞いてやらなければならない!」
「だって、センパイの記事ってウケるんですもん。『固定ファン』がついているんですねぇ。オカ研の取材でしっかりとパイセンの『魅力』深堀していかないとなぁって」
「文化祭の事を書けばいいだろ! 他のゴシップ記事とか! お前らの十八番だろが!」
「文化祭はぁ~まだ記事にするには皆が始めたばかりですしぃ~ゴシップ系はぁ~もう粗方やりつくしちゃったっていうかぁ~」
「岡山君、これはチャンスですよ」
田中は俺に手で座る様に促しながら言う。俺は不満ながらされた通りにする。
「それなりに君のイメージが健全な方に書いてもらえば、オカルト研の良い宣伝にもなります」
確かに、俺のイメージはもう既に色々と下地ができている。俺が直接世間に働きかけても無駄だろう。
「佐竹は、見たままの感想をそのまま記事にするつもりですよぉ」
彼女は白い歯を見せ笑いながらいう。
「構いません、後学のためにも一度ここで世間体を正すことが大事です。岡山君が変われば、そうでしょう?」
ここで俺が、変われば。そうか、確かにそうだ。そうすればきっとオカルト研にも来てくれる人が来る。オカルトを精一杯語り合うだけの仲間がきっと。これは一つのチャンスなのだろう。思ったより社会になじめていなかった俺の。俺が、以前の俺から変われば、そうすればきっと誤解も...誤解? いや違う、誤解じゃない。誤解じゃないんだ、だって俺は何一つおかしなことはしていない。自然体だ。
それを周りがおかしいと言っている。でもそれは、俺にとっては正しい。なら..?
田中の質問に対して、俺が数秒黙りこくってしまったのがもどかしかったのだろう、佐竹は
「沈黙は肯定の印! それでは、次の準備があるので、今後ともよろしくお願いしますね~センパ~イ!」
といって、食堂の出口からそそくさと出て行ったしまった。
俺は彼女の背中に一瞬何か言おうとしたが、開いても言葉が出てこない口をそのままにしたままボケっとしてしまっていた。田中はいつの間にか、とっくにカツ丼もそれについてきた味噌汁も食べ終わっていた。一方俺は、話を聞くのに集中してたせいだろう、ほとんど手を付けていられなかった。田中はコップの水を一気に飲み切ると、おそらく関わってきた中で一番の目つきの鋭さで語り出す。
「どうしましたか?」
田中は俺の様子を心配しているというよりも、俺から何かを聞き出そうとしている、それこそ、今回の出来事に対するリアクションを求めているような、そんなつもりで俺に話しかける。俺は、改めて自分と向き合ってわかったことを話す。理解されないかもしれないし、田中の言うことも正しいし、仲間も欲しいけれど、
「田中」
俺は、俺のやりたいことができないのなら、
「俺に仲間は持てないみたいだ」
田中は少し笑っていた。
「大丈夫ですよ。みんなそうですから」
俺は多分、好きなことをしている自分も好きなんだ。なんでこんな単純な事に気が付かなかったのだろう。田中の提案から発せられる違和感から少しづつ考えていったことだ。
田中は食事が終わり食堂から教室に向かっている時、こんなことを言いだした。
「君は人より『好き』という感情が強いようですね」
自覚は、今までのことで芽生えた。『いつも自分の世界に閉じこもっている』『オカルト的行為をやめる理由にはならない』『岡山君が変われば』それらのことを経験して見える事。俺は他人から見たら―――『奇人である』レベルでオカルトが好きらしい。俺と同じように好きだからと言っても行動に移す奴はあまりいない。なぜならそれは世間体にかかわるから。何ならそれはなんとなくわかっていた。曲がりなりにもわかっていたが、それを分かったうえでやっているというのが、俺が俺である事そのものなのかもしれない。
「俺が変わればいいと思った時、嫌だなって思ったんだよ」
俺はそう答えた。なんて惨めな奴なんだ。高々、宇宙人に対する絵文字とかを書くの止める事さえできないなんて。でも、俺は嫌だなって思った。多分それは、俺の中でその行為がある種大事なものになっているのからだろう。別にやらなきゃ死ぬわけじゃない。状況によってやらない時もある。でも、それを止めろと言われたら、止めない。それをやるということが、俺の人生を彩るうえで大事だから、止めない。
「だから、俺がたとえそれをやっていいかとか、やっているんだということを後からばらす―――嘘を明かすことをした時に、それが仲間に受け入れられるとしてもされないとしても、それは俺にとっていい形じゃないと思ったんだよ」
だってそれは、ありのままの俺じゃないから、ありのままの俺の事を好きな人間と、ありのままの俺が好きなものを、ありのままの奴と一緒に楽しみたい。その条件を満たした関係性が、仲間なのかもしれない。
「ですが、それは今までと同じ孤独な道ですよ?」
「いいさ、孤独じゃない方が嬉しいけれど、孤独であることを仕方ないと思えるほどの楽しみはあるし、それを受け入れられるなけなしの覚悟ぐらいならある。時々寂しくて枕を濡らすぐらいの覚悟かもしれないがな」
俺は歩いている時田中の顔を見ていなかったので、どんな表情をしていたかわからないが、
「それでしたら、今後もう少しばかり頻度を増やして、オカルト話をしてきても別に構いませんよ?」
「...田中、お前」
そう俺が言うと間髪入れずに、
「何熱くなっているのですか、馬鹿馬鹿しい。お化けなどいる訳がないでしょう。科学的に考えて」
馬鹿はどっちだよ。
「さて、私は授業に備えてお手洗いに。先行っててください」
俺はおう、と返事して、田中と別れた。
―――岡山と別れた田中は、岡山が見えなくなる位置までトイレに向かうふりをする。一度その場所まで付けば、まるで彼を尾行するかの様に壁に張り付き、その後ろ姿を注視する。
「...作戦は失敗ですね~田中先輩」
田中に重なる様にさらに、といってもその位置には田中がいるので彼を壁と見立ててだが、同じようなポーズで岡山を注視する人物。
「彼があのような結論に至るとは驚き、いや遺憾でした」
「それじゃあ、それっきりでほったらかしですか?」
その人物、佐竹は相変わらず冷たい表情の田中と対照的ににやにやしている。
「彼がそれでいいとそういうのなら」
「なんだ~つまんな~い、でも約束通り作戦に協力したんですから、今度は田中先輩に密着取材させてくださいね~、先輩ファン多いんですから~」
田中は「やれやれ」とつぶやいて、教室に向かった。
午後の授業は特に何もなくただ過ぎていった。何か長いトンネルを抜けたような清々しい気分だったが、結局何も変わらない日常に戻っていくだけだと思うと悲しくもある。放課後、今日はもうこのまま寝て心機一転しようと考え、田中を誘って帰ろうとしたのだが薄情な奴だ、「生徒会がありますから」と断ってきた。まあこれから文化祭もあるし、色々決めるところもあるのだろう。俺は学校を出る。
今日あったことを思い返しながら、少し遠回りをしたりふらっと公園によったりと寄り道して帰る。
俺は、孤独な人間なのだろう、理解されるということを放棄した。その道は人がいる事は奇跡に近い。そういう道を歩いている。でも、このまま道を歩き続けたら俺はどうなる? 今の気持ちを持っているなら、きっと大丈夫だろう。でも、俺はいつまでもこの気持ちを持てているだろうか。
今は夏だから日も長いのだが、もう黄昏時で、オレンジ色の世界が俺の心を表しているような気もしてしまう。俺がもしこの気持ちを忘れたら? 俺はどうなるだろう。きっとこの道を歩いてきたことを後悔するかも、もしかしたら取り返しのつかないことになったと思うかも。それはとても怖い。なら、そういう時、俺はどうすればいいだろう。俺がこの気持ちを、忘れた時。ない頭をコンコンと叩いて、う~ンとうなるが、別に何も出てこない。知ってたけど。しかし、虚しい。カタルシスを味わうのも結構だけれど、何かこう気がまぎれることでもないだろうか、そう考えていたらあることを思い出した。一日の出来事で意識の外にいたが、今俺は『月刊ラー』を持っていない。狩野に返してもらうのを忘れていた。というか、返してくれるのか? ともかく、俺はまだ学校に狩野か、そうでなくとも田中あたりが残っていないかと、急いで帰路を逆走するのだった。
学校の校門についてみたが、生徒の数はだいぶ少ない。ぶらぶらと帰っていたので仕方ないが、まだ希望はある。俺はさっそく校舎にある生徒会室へ向かう。結論から言えば、生徒会室は閉まっていた。もう今日の活動は終了したのだろう。校舎の中に入った時点でがらんとした印象を受けたのでそんな気がしていたが、ならば仕方がない。俺はオカルト研究室にある保管用の『月刊ラー』を開封することにした。
元掃除用具保管用の空き部屋、もといオカルト研究室は部室棟一階の一番奥にある小部屋だ。部室棟は四階まであって、この学校の多すぎる文化部に部屋を提供している。部室棟も生徒たちはいないようだ、シーンと静まり返っている。オカルト研究室は、玄関から入って、入り口すぐにある階段を通り過ぎ、長い廊下にあるドア達を無視し右にまがって、さらに男子トイレ・女子トイレを無視した所の突き当りにひっそりとたたずんでいる。トイレの向こうは部室が、というか廊下そのものが存在しないので生徒はほとんどトイレで止まってこちらまで来ない。したがって、その扉が何かどんよりとした空気を放っているのは、人がほとんど来ないからであって、俺の私物のせいじゃないだろう。しかし俺は、こちらのドアからは出入りしない。このドアは俺が曰くつきの品などを運ぶときに使うのみだ。では出入りはどうするのかというと、勿論ドアから入るときもあるが、もっぱらこの部屋の唯一の窓からである。日光を取り入れるためのこじんまりとした窓だったのだが、部屋を手に入れてから三日ほどたった頃、その窓の鍵が壊れていることに気づいた。これでは他人が部屋に入り放題ではないかと最初こそ思ったが、いや待てよ、この窓が壊れているということを知っているのはこの部屋の需要から考えてもごく少数なのではないか、ならば、いちいち部屋に入るために鍵を借りるのも面倒だし、いっそのこと秘密の入り口として使ってしまおうと考えたのだ。
俺は部室棟の建物をぐるっと半周して裏庭に入りこみ、オカルト研究室の窓がある所までやってきた。さっきの疑問の答えをずっと俺は考えていた。そしてその答えが出た気がする。もし忘れたら、俺にはどうにもできない。でも仲間がそれを思い出させてくれるかもしれない。それが答え。何だ。結局、仲間のいない俺には、関係のないことじゃないか。俺は最早これ以上感傷的になることはなかった。別にただの思考実験、落ち込んで何になる。でも、得たものがあった。それはもし他の誰かが、俺と同じ境遇で、孤独なら、そしてそいつが、忘れたら、その時は俺が、思い出させてやれるかも。その時まで、俺は好きで入れるようにしておきたいな。
窓はそんなに高くない。運動神経の悪くない俺は、ジャンプし窓のある壁のへこみを掴み、手と足をうまく使って上る。そして、部屋が視界に入る。
もう遅い時間だから、中が良く見えないが...電気がついている? 何故だ? さらに完全に窓に覆いかぶさる感じで、ちゃんと覗く。...誰かいるぞ? 俺のコレクションに囲まれて、何か読んでる? 誰が? 女だ。髪は長い、茶色がかってる。床に座って、俺の『月刊ラー』を読んでるぞ? 目を見開いて、集中して、その瞳を輝かせて、俺の『月刊ラー』を読んでるぞ!? どうした、面白い記事に当たったのか? 雑誌に顔を寄せてる。UFOの証拠写真でも載ってたか? 見たくなるよな? 俺も見たくなるよ、UFOの証拠写真とかさ、心霊写真とかさ、占いとかの文章で、一喜一憂することもあるんだよな! わかるよ。俺も同じだもの。わかるよ、俺も、オカルト、好きだから!
「狩野、お前、俺の『仲間』なのか!?」
俺は、窓を開けて、オカルト研究室にいた人物、狩野風雅に、そう叫んだ。
『狩野風雅、彼女はどのような人間なのか。一つ、学力優秀。廊下に張り出される学力のランキングで、彼女が一位以外になっているところを見た者はいない。二つ、徳高望重。彼女はどこを歩いていても人を必ず三人以上引き連れている。もれなく、彼女のファンである。三つ、麗人佳人。彼女がそこを歩くなら、振り返らぬものはない。学校の男子は、一度は彼女に恋をする。その三つの成分によって彼女は狩野風雅となっている。』...らしい。一応言っておくが俺の言葉ではない。実は食堂で新聞を渡された時俺はそのページの大部分を見ていなかったのだが、そこに書かれていたのは、生徒会副会長狩野風雅その人の密着取材だった。文化祭に対する意気込み等について色々聞きまわしているのだが、そこの紹介の部分にそう書いてあったのだ。はっきりいって、この文章は盛りすぎだと思う。これも佐竹が担当したのだろうか、いずれにせよ新聞部には碌な奴がいない。え? じゃあ実際どう見えるか? まぁ、確かに、顔は美人だとは思う。髪はロングで薄く茶色、軽いウェーブがかかっている。顔のおうとつもはっきりしているが各々の主張が強いのではなく、パーツの位置も含め全体で調和の取れたバランスをしている。上品な雰囲気が漂う眉や、知性を感じさせる切れ長の目、細い印象を与える鼻に整えられた唇、そんなところだろうか。今の彼女の驚いている顔、目を見開いて、鳩が豆鉄砲を食ったようなそんな表情もそのようなパーツによって構成されるからか綺麗に見える。それでも見ていて面白いけど。
だが、そんな狩野風雅が、頭が良くて信頼され美しい、言ってしまえば世間のイメージの悪い俺と真反対な彼女が、まさかオカルト好きだなんて! 俺は窓をできるだけ早く通り抜け、彼女の前に着地し仁王立ちする。彼女は女の子座りを少し崩して、今すぐ逃げ出せるように重心を挙げた状態で停止していたが、俺が着地したタイミングで一瞬ビクついた。
「お前、オカルト好きだな!?」
狩野は動揺しているのか、オーバーなリアクションで、
「そ、そんな訳ないでしょ!?」
というが、馬鹿め、その持ち逃げしようとしてる雑誌はなんだ! どうみても、『月刊ラー』だぞ!
フフフ、間違いない。こいつはオカルト好きだ、完全にっ! 俺がどうにかして、その本性を暴いてやるっ!
第二部 オカルト女
不味い! 見つかった! ミツカッタ! まさか窓から入ってくるなんて! ばれる! バレル! 皆にばれてしまう! この狩野風雅が、私が、オカルト好きであるということが! 岡山はひどく興奮した様子で私の方に指を指してさらに言葉を続ける。彼の顔はかなり不健康そうな、具体的には目の下にクマがしっかりと刻まれているので、その顔がひどく不気味に見える。
「そうか! だから俺の『月刊ラー』をわざわざ預かったりしたのだな!」
ギクッ。そうだ、確かに私は『月刊ラー』が欲しかった。岡山がいつも定期的に授業中に読んでいるあの『月刊ラー』。オカルトを詳しく知らなくても、名前ぐらいは知っているものだもの、一度はじっくりと読んでみたかった。だがそうもいかない。私は、狩野風雅だ。狩野風雅は、オカルトなどという奇妙な趣味を持ってはいない。逆にどうだ、もしも私がどこかの書店で『月刊ラー』を買っているのを誰かに見られたら、それこそイメージが損なわれるではないか! 不味い、それは非常に不味い! したがって私は、この男から、私のオカルト好きについての事を口止めしなければならない! 今この男はどんどん、私を『自分と同類である』という風に『思い込み』をしている。それをまずは正す方向で行こう。大丈夫、この男はクラスになじめないただの社会不適合者だ、頭も悪いに違いない。適当にそれっぽいことを言えばいいのだ。
「ば、馬鹿なことを言わないで! 私は貴方がまたこの雑誌を読みだして授業妨害するような妄想をしないよう、その原因を潰したまでよ」
我ながら、合理的な反論だ。惚れ惚れする。
「俺が雑誌を一冊しか持っていない通りはないし、俺の独り言は雑誌とは関係ない。そもそも俺をわざわざ怒りに来るっていうのをお前がやる必要がない! つまりお前は、あれをチャンスだと思って自分からクラスみんなの気持ちの代弁者を演じたんだ!」
不味い、図星だ。
「そ、そんなのは出鱈目よ!」
「それに決定的証拠として、お前は、ここで、楽しそうに『月刊ラー』を読んでいたではないかっ! いずれにせよお前はオカルト好きだ! 証明完了!」
プランB、こいつに襲われたことにして、逃げる! 私はこの部屋まで『無理やり連れてこられた』のだ!
「おぉっとぉ、そうは行くか!」
この変質者は、私がそれを考えたのを先読みしたのか、もう扉の前に立っていた。何者だよ。
しかし、プランBには派生形が存在する。
「きゃあああああああああああああああああああああああああ、助けてぇええええええええええええええ」
悲鳴だ、私の渾身の悲鳴ならきっと誰かが聞くはずだ!
だが、静寂。誰か来る気配がない。なんだよ! いつもは私の周りに腐る程人がいるくせに!
...扉はふさがれた。窓は出るのに手間がかかる。助けは来ない。作戦失敗だ...
「おいおい、落ち着いてくれよ、別にいきなり逃げ出さなくったてさ」
岡山は社交的な感じでジェスチャーをしながら言う。一方、私は足の力が抜けてよろよろと倒れこんでしまう。
「何がしたいのよ、貴方」
「それはこっちのセリフだよ、その~狩野..さん? いきなり逃げ出そうとしたりとか、悲鳴上げたりとか、俺の質問に答えてもらってからでもいいだろ?」
「質問?」
「狩野さんは、オカルト好きなんでしょ?」
...その質問には答えたくなかったが、このクソ変質者は私が回答しないと、というか最早彼の望む答えを返さないと、開放してくれそうになかった。
「ああ、ええ、そうよ、そうです。これで満足?」
私はイラつきを隠さず言う。すると、
「やっぱりそうだったのかぁ!」
そういって、私は見たことのないような、白い歯を見せた笑顔になる彼。
「それを聞き出してどうするつもり?」
「狩野風雅、オカルト好きの君にはオカルト研究会の第二メンバーになってもらう」
「嫌よ」
「えー、どうして?」
「いちいち説明しないとそんなこともわからないの? 私が『オカルトを好き』だとか、貴方と一緒に居たりする所を誰かに見られたいと考えてると思う?」
岡山塁斗などという学校一の奇人と一緒に居ては、私のイメージに傷がつく。例えオカルト好きという部分だけでも駄目だ。特にこの学校では、オカルトに対するイメージは誰かさんのおかげで地に落ちている。
「そんなに世間体が大事か? それとも俺が嫌いとか?」
両方だ。そう答えてやった。私は、岡山塁斗、貴方みたいな人が嫌い。それから、私自身もだ。
世間体、その言葉を聞いて、思い出す。私がこうなった理由。
私がまだ中学一年生の頃、坂田麻衣という『知り合い』がいた。彼女はいわゆるサブカルチャーが好きな子で、クラスの子たちと馴染めていなかった。一方私は『普通』だった。美しく偉大に見せようとすることもなければ、成績に対して価値があるとは感じていなかった。私は些細な好奇心から、いつも一人で図書室の本を読む彼女に話しかけ、自分の好きなオカルトについての話題を振るようになった。クラスが別だったので、図書室で会わない日には気まぐれで会いに行くぐらいの仲の良さだった。オカルトの話に興味を示してくれる、何なら話題まで振ってくれる友人なんて他にいなかったからまるで秘密でも共有しているようなワクワクを感じていたのを覚えている。でもまあ、それでも既存の友人関係の方に熱を入れていたあたり、私はそういう人間なのかもしれない。事件当日、新しく図書室で借りたUMAの本の内容であーだこーだ言いたくなり教室に向かっていた。彼女のいる教室まで入ろうとすると、彼女の席の周りを数人の男が囲んでいる。彼女は囲まれた席で小さく縮こまり、机を見つめていた。私は教室の入り口で遠くから見ていることしかできなかった。
結論から言えば、それはいじめだった。彼女が学校の授業で、怒りっぽい教師の質問に上手く答えられなかったり、そういったことがそのクラスの『リーダー』の鼻についたらしい。中学生はまだまだ子供だ。少し理性のたがが外れ、クラスの中で気に入らない奴がいれば、ド直球に相手に怒りをぶつけたり、変だと思うことがあるとそのことを口に出してしまうことなんてしょっちゅうだ。地獄に仏か、暴力などはなかったが、それでも日に日にクラス全体から白い眼を向けられているという空気感が彼女にはつらかったのだろう、彼女はある日を境に学校に来なくなった。子供は残酷だ。私は子供だった。子供だから、あの子を見殺しにした。彼女の事を助ける事なんて微塵も考えなかった。だって相手は男だ。性差をはっきり感じていない当時の私にだってわかった。力では勝てない。会話だってきっと通じない。そうやって、私は言い訳した。でも、合理的な判断だと思う。彼女はその後、別の学校に転校していったらしい。もうそれっきり彼女には会っていない。
私は居なくなった彼女の事を聞いてどう思ったと思う? 『私じゃなくてよかった』そう思った。私は彼女と感性という部分で似通っていた、それが何となく一体感というものを生む。するとどうだろう、私と彼女の間に一体何の差があったのだろうか。私だってあの子と一緒に閉じこもって、周りになじむ努力を怠ったら、何かの拍子にあの席に座っていたかもしれない。そう思った。自分とあの子の差を探して、そこに意味なんてないかもしれないが、必死に探して、生き残る戦略を取ろうとした。それをしなければ死ぬと思った。だから、私はそういう本心を明かすことを止めた。私は狩野風雅になった。
結局の所、人間なんてそんなものだ。私から言わせれば、周りの人間は全員薄っぺらい。表面的なところばかり見る。何も私という本質を理解できていない。私は人より才能があった。動機さえあれば容易にこなせる才能だ。勉学、容姿、所作等上手にやればやるだけ褒められることはすぐに上達した。人よりもいい成績をとればすぐに人は尊敬する、そうしない奴もよりいい成績をとればすぐに黙る。他の分野においても同じことがいえる。そしてそれを達成すればするほど、皆は私を高みの存在として無条件にVIPとして扱う、そのコミュニティの主導権を渡す、私を狩野風雅として扱う。そんな人間たちが嫌いだ、でもそれは仕方がない、だってみんなそうだもの、みんなそうやって生きる、それが普通だ。だから、そいつらがそうしか振る舞わないことは気に食わないが、同情はする。みんなが私の様に生きる訳でもないし、生きれるわけでもない。しかし、もっと嫌いなのは、自分の世界に閉じこもり、それでいいと思い込んでいるような奴だ。それこそ、岡山塁斗、お前の様な奴だ。そういう奴はいつか破滅する、社会的死だ。惨めな生き物と形容し、見下している。そして何より大嫌いなのは、それを見下している私自身だ。
だから、お前が嫌いだ、岡山塁斗。緩やかな自滅をしていくお前が。そんな私の気持ちを知らない岡山はまた口を開く。しかし、出てきた言葉は意外なものだった。
「お前、それで人生楽しいか?」
「それで口説き落とそうっていうのなら、甘いわよ。私はこの人生で幸福だわ」
「お前の言う幸福ってのは、好成績によって承認欲求が満たされる快感とか、権力によって相手を好き勝手出来る優越感とか、他人に嫌われたりすることのない安心感とかか?」
「そうよ、それで十分」
「そうか、なら俺と同じだな」
「は?」
「俺も人生幸福だよ。自分の好きなことをできる快感とか、自分しかこの楽しみを知らない優越感とか、この好きさえあれば他の目なんて気にしなくてもいいとか言う安心感とか、でもそれは結局一人だ、一人の幸福、孤独の幸福、それじゃダメなんだ」
「それで、私にうだうだ言うのが貴方のやりたいことなの? それなら」
「違う、俺と友達になってくれ」
そういって、岡山はゆっくりと、土下座した。頭を地面につけたまま、しゃべり続ける。
「俺はお前と違うよ、大事なところが違う、価値観が違うんだ。でもすべてじゃない、俺たちは同じだ、『俺たちは孤独』で、何より『俺たちはオカルトが好き』だ。
お前がオカルトが好きなら、俺たちには、一生の友達になれる、仲間になれる可能性があるんだ。それは、神様がくれたものさ、誰だってその可能性を持っているわけじゃない。だから」
目の前の孤独な男は、ゆっくりと息を吸った。
「狩野風雅、俺と友達になってくれ」
....なるほど、孤独。...岡山塁斗は、思ったよりも多くの事を考えていた。ただのオカルトバカだと思っていたが、少なくとも、自分の人生についてそれっぽいことは考えていたようだ。はっきり言って、私は彼に少しばかり圧倒されていた。見下していた相手は、思ったよりも、生き抜こうとしていたような、そんな気がした。
「そうね、確かに、貴方の言うような孤独な人はダメかもね、満たされたという感情は、私はあじわったことはない」
「それじゃ」
でも、だからどうした。それは、私には関係ない。
「出て行って! 貴方は重大な勘違いをしている。私は自分を孤独だと思ったことはないわ」
私は、他人を求めたことなんてない。他人を必要としたことなんてない。きっとそれはこれからもだ。
岡山は私の言葉を聞くと、スッと立ち上がり、ゆっくりとこっちに向かってきた。
酷いことをされる。私は、恐怖で思わずうつむき、ギュッと目をつむってしまう。
しかし、岡山は通り過ぎて行った。窓から出ていくつもりのようだ。
「なんにもしねぇよ」
「きゃっ」
私は急に近くで喋られたのでびっくりした。座っている私に聞こえるように頭を下げて喋ったようだが、距離が近いんだよ。
岡山はそのまま窓の前まで立つと、
「明後日、事故物件に行くんだ。学校を休んで、一緒に行かないか?」
「学校を休んで? バカみたい」
すると、岡山は鞄を開け、ペンを動かし始めた。そして、何か書かれた白いメモを立てて見せてくる。
「住所と地図だ。地主から許可は取ってある。オカ研の記念すべき初活動」
私は無視してやった。岡山はそのメモを置いてあった私の鞄の中に入れる。
「最後にひとつ聞いていいか?」
「やめて」
「なんでここにいたんだ?」
「...雑誌を捨てるのは流石にかわいそうだから返してやろうと思っただけよ、調子に乗らないで」
私の返答を聞きながら、彼は窓を開けてこういった。
「嘘つけ、捨てられなかっただけだろ?」
むかつく。
それから岡山は窓から帰っていった。解放された私は、わざとらしく雑誌を床に投げ捨て、田中から貸してもらったオカルト研究室の鍵を使って早急に扉から帰っていった。帰るときに一瞬一目が気になったが、悲鳴を上げた時に誰も来なかったのだからいるはずがないと思い気にしなかった。メモは、私の部屋のゴミ箱に捨ててやった。そして、次の日、事件は起こった。
『狩野風雅 『オカ研会長』と密会か』
デカデカと書かれた見出し、そして写真。狩野風雅と岡山塁斗がオカルト研究室で話している所。私は座り込んで、相手は立って話している。本文、『生徒会副会長 狩野風雅と
現段階でメンバー募集中であるオカルト研究会会長 岡山塁斗が部室棟一階の奥で~』
要は見られていたのだ。私と岡山が話しているところが、新聞部に。内容には、私がオカ研の部屋に入っていくのを見た人物、岡山が入っていくのを見た人物、それぞれの証言、またすべてではないが私たちの行動の詳細、会話の内容はなかったようだ。写真は窓側から撮られたものだった。
朝、生徒達は新聞を持っていた。あのオカルト野郎が学校であれやこれやできているのは、もしかしたら狩野が岡山をひいきしているからではないか? まさか、あの奇人と副会長に交流があったなんて。根も葉もないような噂を立てる生徒、私の耳に届いてくる生徒たちの会話。生徒たちはなぜこんなにも噂話を続ける? なぜ、しゃべり続ける? 思い出す、あの頃の記憶。そうだ、あの時と一緒だ。坂田麻衣が消えた時も。
坂田麻衣が学校からいなくなった時、私は平穏を装っていた。それなりの心理的動揺はあったが、普通に過ごしていれば、きっと忘れる。そう信じて。しかし、昼休み、なんてことのない友人との会話、私が彼女と交流を持っていると知らないから、その友人は躊躇なく言った。
「不登校になったあの子、どんな感じだったの?」
別の友人が答える。
「よくわからないけど、父親とかから酷いことされたりしたらしいよ」
皆の驚きのリアクション、私も合わせる。会話は続く。
「え~、確かに前に一回あの子に話しかけたことあったけど、何か手のあたりに痣があった気がする!」
「あ~じゃあやっぱりそうなんだ」
違う、あの子は虐待なんか受けてない。間違ってる、それは思い込みだ。訂正しなければ。
彼女たちの顔を見る、みんな楽しそうに噂話をしている。どうしてか? 当たり前だ、彼女たちはその子と関わりがない、だからかわいそうだとは思わない。それにあることないこと思った通りに言うのは楽しい。ダメだ、訂正できない。訂正したら、私はこの会話を止めることになる。それに、私はあの子の仲間だと思われてしまう。こわい。だから、私はとりあえず楽しんでいるふりをした。
同じだ、あの時と同じ。みんな噂話を楽しんでる。怖い。何を言われるかわかったものではない。私は、自分の席に座り、机とにらめっこすることしかできない。あの時のあの子と同じように、体が震える、脂汗が止まらない。なんで生徒会なんかに入ったんだ。違うんだ。認められる地位につきたかったんだ。承認欲求を満たしたかっただけなんだ。でも皆の目は怖い。矛盾している、どうしたらいい? どうして皆が怖いのに、認められたいと思う? 認められたいから怖いの? 怖いから認められたいの? どうしてこの感情は出てくる? このままだとまずい、弁明だ。弁明しなくては。私は、新聞をもって、立ち上がる。
「これは! 違うわ! 私は彼と交流なんてない! 違うの!」
クラスの皆が急にこちらを向く、皆の視線が私を見る。怖い。
「よく聞いて! 誤解なの! 私は岡山塁斗に呼び出されたの! 無理やり連れてこられたの!」
皆は納得しきらない表情でこちらを見続ける。ダメだ、もっと、もっと嘘をつかないと。大きな声で。
「私は! 岡山塁斗に酷いことをされそうになったの! 無理やり!」
一瞬のどよめき、そして声が上がる。
「でもさ~そしたら、新聞にそれっぽいことのるだろ~? 載ってなくね~?」
「写真撮った人も副会長ほっといたことになるじゃん」
だめだ、通用しない。どうしたらいい? 私には手に負えない。私は次の言葉を探していた。しかし、私の目に入ったものがそれを止めさせた。
目が合ってしまった。教室の入り口に立っていた、岡山塁斗。彼はショックを受けた顔で私を見ていた。
また、悪魔たちが口を開く。
「もしかしてさ~狩野さんって岡山と..」
突如、喋っている男子生徒の横から、椅子が飛んできた。彼は驚きで、しりもちをつく。椅子は少し外れたが、男子生徒は危うくぶつかりかけたと、飛んできた方向を見る。
「岡山!?」
「うおおおおおおおおおおおおおおお」
岡山は男子生徒がそう喋った跡に、雄たけびを上げながら進路上の机・椅子を破壊するかのようにぐちゃぐちゃに蹴り飛ばし、手で薙ぎ払い、男子生徒に向かう。
そして、彼の目の前に来た時、岡山はその右手を上げ、拳を握り...
私は、岡山が殴ると思った。完全に殴ると思った。岡山の表情は、やはり今まで見たことのないほど怒り狂っていた。文化祭の話の時とは比べ物にならない。
しかし、岡山がその拳を振り下ろそうとしたところで、田中が横から抑えにかかった。
田中の体当たりに耐えられず、岡山は倒れ、田中によって抑えられる所を必死に抵抗している。やめろ、はなせ。そうやって、暴れる。
「何をしているのです! 手伝いなさい!」
田中が周りに向かってそういうと、周りの男子たち、とりわけ運動部の生徒達が岡山を抑え、彼は完全に抵抗を止めた。
皆、あっけにとられていた。田中は岡山に「あちらで話しましょう」と声をかけ、岡山がそれに応じたので、拘束を解き、彼が付き添う形で岡山を教室の外に連れていく。
出るまでの途中、岡山は私を見て、声を出さず口だけを動かし、何かを伝えた。
「がんばれよ」そう読み取れたような気がする。
さらに五分ほどした後、一限目の教師がやってきた。田中がすぐに鎮火をしてくれたからか、外部には何も伝わっていないらしい。
学校側はいつも通りの動きを見せる。それに対して生徒達も、さっきの余韻こそあれど、段々と普通になっていった。
私の前で新聞を出す人は誰も居なくなった。話題を出すことも避けているように感じた。でもそれはどうでもよかった。
私は、朝の事について、誰も「どうしたのか」や「大丈夫か」と声をかけてくれないことについて疑問を抱いた。
皆いつも通りのふりをしている。私に声をかけることはない。私は、これが孤独か、と思った。
半ば放心状態の私は、調子こそ悪いものの、今日一日の諸々をこなした。朝の事が頭から離れなかった。どうして岡山は、あんなことをしたんだろう? 私には明確にわからないかった。
岡山はあの後、教室に戻ってこなかった。帰ってきたのは田中だけで、彼は昼休み開始直後、私に一言だけ、「彼は帰りました」と。私はなんて答えていいかわからなかった。
岡山は問題こそ起こしたものの、誰も直接的案被害が出ていない事や物も破損などなかったので、学校側も問題自体に気づかず、処罰には至らなかったらしい。私は彼のいない岡山の席を見た。この高校でも登校日数が少なすぎると当然問題になる。比較的甘い設定にはなっているが、それでも出席しないといけない。彼は来るのだろうか? 明日、岡山は学校を休み、事故物件に行くという。私は、岡山が事故物件よりも遠い場所に行って、もう二度と戻ってこないんじゃないか。そんな気がした。彼はクラスメイトを殴ろうとしたのだ。居場所はすでになくなっていた。これをきっかけに、彼は来ない。だからこそ、そんなことをしてまで、さらに自分を追い詰める真似までしてまでなんであんなことをしたのか。オカルト研究会は狩野風雅の参加をいつでも待っているのではなかったのか?
私は帰宅して、いつものルーティンで物事をこなしていく。大丈夫、疑問に思うことはあれどきっとまた忘れてしまうさ、そう自分に言い聞かせる。明日の準備を済ませ、家族におやすみを言っていつもより早めに自室のベッドに潜りこむ。岡山の唖然とした顔が脳裏に浮かび、その後も、もやもやとした感情と寂しさが行ったり来たりする。ぐるぐると思考を巡らせている内に私は考え疲れて、瞼を閉じていた。
ここはどこだろう? わからない、とても懐かしい気持ちだ。安心する。教室だ、中学の。目の前には坂田麻衣がいる。私は坂田麻衣の机をはさんで、相向いで座っていた。
手にはあの時持っていた、UMA本。坂田は私を見て、笑っている。
―――ねぇ、捨てちゃうの?
彼女の声は妙に反響する。口は動いていない。私の心の声が、そのまま空間に反響する。
「捨てたの、もう」
―――嘘だよ。捨ててないよ。
「そんなことはないわ」
―――ねぇ、捨てちゃうの? このまま捨てちゃうの?
「なにをいっているのかわからない」
段々と、坂田麻衣の声が大きくなる。世界がもうろうとしてきている気がする。
―――ねぇ、このままだと間に合わなくなっちゃうよ? はやく、はやく―――
「起きなさい、早くしないと、学校に遅刻するわよ、風雅」
私は、ハッと息をのんで目覚める。携帯の目覚ましがやかましく鳴り響き、母親が自室のドアを少し激しめに叩く。
「風雅? 具合でも悪いの? そこにいるのよね? 大丈夫?」
うん、大丈夫。そう返答する前に、勉強机の横のゴミ箱が目に入る。私の理性が語りかけてくる。...やめろ、いったい何を考えている。夢の内容を本気にするなんてまともな人間のすることじゃないぞ、それに中学の時にさんざん夢占いの結果は外れたじゃないか、夢なんて何にもあてにならない、止めておけ。それに、学校はどうする、おなかでも痛いと言って嘘をつくか? それでごまかしきれるとは限らないぞ。それに、今学校を休んだら、生徒達にもまた噂される、ここで学校を休むわけにはいかない。何より、行ってどうする? 行った所でいったい何になる? やめろ―――
私はそれを無視した。
「お母さん、おなか痛いの、しばらく寝かせて、何かあったら呼ぶから」
ドアをたたく手が止まる、そして、
「...そうね、風雅いつも頑張っているものね、今日くらいゆっくり休んで」
そう言って、母親の気配は消えていった。やっぱりだ、イメージは大事な時に役に立つ。
私は岡山の所へ、行く。聞きに行くんだ、どうしてあんなことをしたのか。
俺は、一人で事故物件まで歩いていた。今回の物件は古家で、住宅地の中にポツンとある木造の一軒家だ。曰くとしては、旦那に浮気された女が、自分の腹の子の事も憎くなり、おなかごと包丁で子を刺殺した後に、自分は死に切れていないからと首を吊り改めて自殺したのだとか。この、『包丁という凶器を使った後にわざわざ縊死している』というのが、それなりに場数を踏んできた俺からするとどうも嘘くさい。地主は界隈では有名な人で、こういった事故物件を集めるという何とも罰当たりな人だが、そんな人でも『これは嘘くさいけどね』と言ってしまったほどだ。
俺は事故物件での動きをしっかりとイメージトレーニングすることで自分をごまかしていた。しかしそれでも、色々と考えてしまう。俺にはやっぱり仲間なんてできないのだろう。狩野風雅という、一人の可能性に対して浮かれすぎていたんだと思う。だから、俺はあの朝、狩野がああいうことを言っているのを見て、うろたえた。はっきり言ってしまえば、狩野は俺が思っているよりも何倍も、周りの人間を恐れていた。でもだから、俺はあの時、あれほどまで自分を殺して生きているあいつが守ろうとしているものが、崩れていくのが惨めで、自然と動いてしまっていた。でもその代わりに失ってしまったもの、はっきり言って今までも一度も大事にしてきてなどいなかったが、最低中の最低なイメージまでも落ち切ってしまい、俺は見事に学校に行けなくなりそうだ。なんというか不思議なもので、ショックだ。俺も結局、世間体の中で生きている人間に過ぎないということなのかもしれない。
そう考えている内に件の家についた。昼なのに冷たい雰囲気をまとっているその家は、まさにお化けが出てきてもおかしくないと感じさせた。窓硝子は所々割れており、建物の全体の木が古くなっているのもあって、年期を感じさせる。俺は鞄の中の懐中電灯をとりだし、にぎる。地主に許可をとっているので、堂々と正面玄関から中に入る。ガラガラと音が鳴り、中を見ると、思った通り砂ぼこりだらけだ。廃墟という程ものが壊れているわけではないが、ここに住みたいと思うものは曰くをのぞいてもいないだろう。玄関からは、奥の部屋の扉、左右の扉と計三つあったが、奥に進むことに決めた。扉をギィっと開ける。ここまでくると、玄関から廊下が長めなのもあってか光がほとんど入ってこず、良く見えない。懐中電灯をつけ、部屋を確認する。ここは居間のようだ。畳が敷き詰められ、ちゃぶ台に座布団、壁には時計があるがもう壊れている。棚には数冊の本が入っていたが、どれも状態が悪い。さらに奥に進む扉があったが、どうやっても開かなかった。次は押し入れを調べる。中を開けると、上下に二段分かれており、上には何もないが、下には布団が敷き詰められていた。
中に誰かいやしないかと思ってドキドキしながら開けたが、だれも居ないことへの落胆と安心で少し複雑だ。でも、なんやかんや楽しめていてよかった。そう思った時だった。
―――ふふふ
耳元で女の笑い声。そこそこ年を取った、それこそ人妻などがするような声質だ。俺は振り返る。何もいない。俺の気のせいか? でも、空耳をするほど俺は怖がっていたのだろうか? 冷や汗が出て、懐中電灯が震えている。おかしい、俺はこのような体験は初めてだ。俺はいつも地主の管理下にある事故物件と科にしか行かない。したがって、落書き跡とかはあっても、いまそこで誰かがいたずらなどしていることはあり得ないはずだ。外部の者が遊びでこの敷地に入るのは不法侵入だし、許可を取っているなら何も言わないはずはない。だから、聞き間違いだ。そうに違いない。
―――おぎゃ、おぎゃ
子供の泣き声? 今度は押し入れからだ、当然何もいない。いるはずがない。今度も聞き間違いだ、そう思ったが、
―――おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ
泣き声が、やまない。今度は俺の背後からだ、段々大きくなっているような気がする。おかしい、今までこんなこと経験したことないぞ。本当に幽霊がいるのか?
俺は手の震えが止まらない、一体どうすればいい、このまま振り返るか?
悩んでいる俺を弄ぶように、さっき入ってきた扉が、バタン! と音を立てて閉まる。急いで閉まった扉まで行くが開かない。すると今度は、目の前の扉を、ドン、ドン、と叩く音がする。不味い、不味い、まずいぞ。俺は、反対の扉を調べたが、やはり開かない。仕方がないので押し入れに隠れよう。そう思って、走るが痛恨のミスだ、座布団で足を滑らせてしまい、足首をくじいてしまった。何とか足を引きずって、押し入れに隠れる。
ふすまを閉め、懐中電灯を消し、息をひそめる。ふすまを閉めた瞬間、泣き声がやみ、静寂が訪れた。しかし、それと同時に、ギィ、と扉がきしむ音がする。その後、ツゥ、ツゥ、とゆっくり畳をすり足で歩く音が伝わってくる。俺は、さっきの赤ん坊の泣き声から推理して、おそらく死んだ女の霊だと予測する。もし、曰く通りだとすると、包丁を持っているはずだ...
足音は、俺のいる押し入れの前で、止まる。どうすればいい? 俺はこのまま殺されるのか? そう思うと涙が出てきた。でも声はあげられない。誰か助けて、そう思った時。
玄関の開く音共に
「岡山ぁあああああああああああああああああ!」
俺を呼ぶ声がした。
私は玄関を開けて叫んだ。汚い床も怖い雰囲気も最早どうでもよかった。開いている奥の部屋に入って、もう一度名前を呼ぶ。ガタン。良く見えないが、押し入れのある方から音がして、その後岡山の声がした。
「岡山!」
私はそう言って駆け寄る。一瞬ポスターか何か薄い物を滑りかけたが、持ち直す。
「岡山、そこにいるのね?」
「ああ、俺はここだ」
押し入れをがたがた揺らして一向に開けてくれない。何がしたいのかよくわからないが、私はそれよりも思ったことを聞く。
「岡山、聞いて。どうして、昨日の朝、あんなことをしたの?」
岡山は、それからがたがたと鳴らすのを止め、少しして答えた。
「それは、俺がお前に同情したからだよ。自分の大切なものをめちゃめちゃにされた、いや、お前が自分の大切なものを捨ててまで守ろうとしたものが壊れるのを俺は見たくなかったんだ」
私は息を吸って、答える。
「ありがとう、岡山。でも違うの! 私は、大切なものを、好きなものを捨ててるんじゃないの! 好きなものを大事じゃないと思い込んで、嘲笑って、それで捨てたの! 私は貴方がいう程立派なことはしてない! 私はただの臆病者なの!」
岡山は黙って聞いてくれている。
「私は、貴方がもってる好きの感情みたいなものを馬鹿にしてただけ! それで、それを動機に集まる人達を馬鹿にして、それで冷笑してただけ! そうしてるうちに、人の心そのものを見下してた! 思い入れとか、共感とか、何もかも忘れてた! だから私は一人だった! 私がみんなへの『好き』を忘れたから! みんなから私への『好き』もなくなったんだ!」
私は、感情を出した。自分の思ったことを正直に話した。それはとても恥ずかしかったが、私はこれが私に最も欠けていることだと思って、岡山に会うまでに気づいたこと全てを話そうとした。
「私は『好き』を忘れた! けど、貴方は私の『好き』を思い出させようとしてくれた! 私は感謝してる! お願い、私をオカルト研に入れて! 思い出したいの! 私の『好き』に! 今すぐは無理でも、私は本心を語れる『仲間』が欲しいの!」
岡山はすぐには答えなかった。
「あの風雅」
「何!?」
「押し入れが開かない」
えっ!? と声を上げてしまう。暗がりになって気が付かなかったが、押し入れにはつっかえ棒がたてられていて開けられないようになっていた。
つっかえ棒をはずし、開けてと声をかけると、押し入れが開いた。
「岡山!」
岡山は、にやついているような表情をしていやがった。
「狩野、ちょっと恥ずかしいぞ」
私の顔が赤くなるのを感じる。私は思わず、両手でほっぺをおさえてしまった。
「でもありがとう、俺、やっぱり狩野に声かけてよかった」
そう言って歩き出そうとしたところで、いててと足を抑えようとした。
「大丈夫!?」
「大丈夫だ」
「学校で暴れた時? 肩持ってあげるわ」
「平気平気」
無理やり肩をもった。心配させないでほしい。
その後、俺は狩野の補助を借りて、外へ出た。狩野はほっぺが相変わらず赤いが、表情は凛々しいままで俺を心配してくれているようだ。
庭の真ん中まで来たところで、
「それで、さっきの答えを聞いてないのだけれど」
顔をそらして聞いてきた。
「ああ、いいよ。オカルト研第二メンバー狩野風雅、歓迎しよう」
しかし、俺は問題が山積みな事を知っている。
「でも、学校の事はいいのか? オカルト研に入ったら、ますます今までより何言われるかわからなくなるぞ」
しかし、狩野はそれでいいという。俺と同じことをするわけでもないから奇人と言われる筋合いはないし、世間の目は怖いがちゃんと向き合ってみたいと思っているそうだ。
「私は怖がりすぎていたんだと思う。けど、勇気を出して、頑張ってみる。今日みたいに」
「ああ、いいぜ。もし、ちゃんと相手と向き合おうとして、人間関係にトラブルとかあったら相談しに来いよ」
「何であんたなんかに」
「俺友達にめぐまれてるんだぜ~? 二人しかいないけど、お前も頼りになりそうだ」
「わっ、私はただオカルト研究会会員であってね!」
という風な会話をしながら、俺達はすこしばかり、孤独でなくなった喜びを分かち合った。
彼らがいなくなった古家の庭から、カメラを持った一人の女が彼らの後ろ姿を眺めている。
「うぉ~、まさかあんなおちになるとは、センパイも隅におけませんなぁ」
そう独り言を言った後に、佐竹はわざとらしく大きな声で喋る。
「それでぇ~よかったんですかぁ~? センパイの足捻挫ですよぉ~? この前も一人で苦しんでたみたいだし、友人として心痛まないんですかぁ~?」
すると、だれも居ないはずの古家の玄関がガラガラと音を立て開かれる。中からはメガネをかけた人物がラジカセと包丁を持って現れた。
田中は佐竹の隣に立つと、
「...心が痛まないわけないでしょう、捻挫の件に関してははっきり言ってやりすぎました。ですが、落ち込んでいる彼を楽しませるにはあそこでネタばらしなどするわけにはいきません」
「でもぉ、落ち込んでいるのだって、元をたどれば田中先輩のもたらしたことじゃないですかぁ~狩野先輩とセンパイを友達にしようって~」
「...狩野さんがオカルト好きだとわかった時は、岡山君にとっても彼女にとってもいい話であると思ったのですが、岡山君はそもそも同類を欲していないみたいでしたし、狩野さんはよくわからないですが、ともかくあんなにも複雑だとは思っていませんでした。オカルト研究会ができれば自然と集まるというのが誤算だったようです」
「それぐらいわかるでしょ~?」
「そこまで問題ないとおもっていたのですよ。ですが彼女にはオカルト研に行けない理由があったのでしょう。それより」
ラジカセを置いて、佐竹の方に手を置く田中。佐竹はビクッと震える。
「『新聞部』の佐竹さん? この落とし前はきっちりつけてもらいますよ、訂正の記事と学校の噂の後始末等をきっちりと」
「はは~、佐竹が書いたわけではないんですけどね。それで、田中先輩はオカルト研はいるんです?」
「入りません」
「え~、友達なのに?」
「友達だからですよ。オカルトは私は好きじゃない、大体...」
そう言って彼はメガネを中指で上げ、続けた。
「馬鹿馬鹿しい....お化けなどいる訳がないでしょう、科学的に考えて」
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
面白いと思ったら、ぜひ、感想、高評価等よろしくお願いします。