5
ホログラムの端には、日付と時間が表示されていた。そこから察するに、この情景は昨日の放課後――。私が帰った後のことのようだった。
昨日の2人は、私の席の前で話していた。
『でもこのネックレスはベティナ様のおばあさまからもらったものですよね? 計画のためとはいえ、あの女に盗ませるなんて危険なのでは?』
『いいのよ。正直、このネックレスは私の趣味じゃないし。おばあさまに与えられてうんざりしていたのよね。あの女に盗られたとなれば使わない理由にもなるし、一石二鳥よ』
かなり罰当たりなことを言っているけど、この2人ならそんなことを話しても仕方ない気がする。今の2人は再現された会話にあからさまに動揺しているようだけど。
「だ、誰の仕業!? こんな嘘だらけの画像を流すなんて!」
『これで明日、殿下が机の中を見せるように言えば、あの女が私のネックレスを盗ったことにできる。ふふふ。あのすました顔がゆがむなんて、見ものだと思わない?』
ベティナの言葉を遮るように、ホログラムがそんな言葉を告げた。焦るベティナとは裏腹に、ホログラムは昨日の彼女たちを次々と再現していく。
「そこか!」
「きゃう!」
急にブロアーが叫んだと思ったら、女子生徒の悲鳴が響いた。
「この平民崩れが! お前! 何をしているのか分かっているのか! ボーフォール侯爵令嬢だけでなく、殿下にもあらぬ疑いを掛けたんだぞ!」
「なっ! 女子生徒になんてことを!」
フィロメナが抗議するように言ったがブロアーは女子生徒の襟首をつかんだままだった。まさかの女子生徒への蛮行に私はブロアーを睨みつけてしまうが、私とフィロメナ以外の女子生徒は誰も気にしていない。女子生徒は身をよじって抵抗していたが、ブロアーに手を掴まれて思わず持っていた何かを落としてしまう。
ホログラムが唐突に途切れた。女子生徒がなにかを取り落としたことで、過去の画像の再現されなくなってしまったのだ。
エルンスト殿下がその落とし物――小型のカメラのような魔道具を拾いながら、その女子生徒を睨んだ。
「さて特待生。何のつもりでこんなことをした。お前がこの魔道具をいじって画像を改変したのか。そうか、この魔道具で映像を映しているんだな。技術は認めるが、まさか私に罪を擦り付けようとはな」
にらみつけるエルンスト殿下を、女子生徒――ヒロインのアティは悔しそうな目で見上げていた。
「そもそも、勝手に画像を記録するとは何事だ。ん? あの魔道具を作ったのはお前か? 面白いな。その技術を認めんことはないがな。教室にこんな魔道具を仕込むなど、そんなことが罪にならんとは思わんのか?」
「そ、その画像は実際に過去の出来事を記録したものです! あの2人がアムスベルク公爵令嬢を陥れようとしたのは本当のことで!」
アティの抗議は殿下に火を注いだだけだった。
「黙れ! 貴様! 仮にこの魔道具が実際の出来事を記録するものだったとして、勝手に記録することが許されると思っているのか! この平民が! しかも嘘の画像をこんなところで流すとは!」
殿下に責められて、アティは思わず口を閉ざしてしまう。ブロアーがアティをさらに締め上げ、彼女がうめき声を上げてしまう。私をかばってくれるのはちょっと意外だけど、平民が貴族にそんなことをして許されるとは思えない。
「ちっ! なにしてやがる! その子を放せ! お前! 騎士の卵なんじゃないのかよ! 乱暴に女子生徒を掴むような真似、許されると思ってんのか!?」
「そ、そうですよ! 騎士なら女性を守るのは当然ではありませんか!」
「はっ! 黙れよ! アムスベルクの偽物が! 平民が殿下を疑うなど! 身分差を教えてやってるだけなんだよ!」
たまらず抗議の声を上げたオーガストとブレヒトに、ブロアーがゆがんだ笑みを浮かべていた。この3人、同じ攻略対象者だけど仲はあんまりよくない。この機会に、ブロアーはオーガストたちを嘲笑しようというのかもしれない。
「まあ、これでお前は終わりだ。お前もお前のバックも、そしてアムスベルク公爵令嬢もな。公爵令嬢に恩を売ろうとしたのかもしれんが、王家に喧嘩を売ったこと、許されると思うなよ」
「ほう。私の指示に従ったことが王家と敵対することになるのか。それは知らなかったな」
割り込んだ声を聞いて、思わず振り向いてしまう。そして突如として突風が起こると、ブロアーがあっという間に吹き飛ばされた。そして体勢を崩したアティを流れるように抱き留めた。アティには怪我一つない。相手を的確に選別して助け出すなんて、相当な戦闘能力だ。
ブロアーはすぐに顔を上げて相手を睨むが、突風を起こした相手を見て愕然としてしまう。殿下も驚いた顔のまま固まってしまった。
「なっ! お、叔母上!」
「さて、ブロアーは後で問い詰めるとして、エルンスト。お前はアティの魔道具を否定したな。あの画像が改変されたものだと。仮にも王族のお前が断言したのだ。根拠はあるのだろうな」
その女性――私たちの担任のカタリーナ先生の登場に、さすがのエルンスト殿下も顔色を無くした。ブロアーなんか、顔を白くしてぶるぶると震えている。
「い、いえしかし! あんなものを勝手に設置するなど! そんなことが許されるわけがないでしょう!」
「何を言っている? 学園が公の場というのはお前も同意しているだろう? 私の指示で教室を記録することに何の問題もない。それはお前たちも重々承知しているのではないのか?」
カタリーナ先生は深々と溜息を吐いた。
「それにお前は魔道具を勝手に設置したと決めつけたが、それを使うように指示したのも私だ。つまりお前は、なんの根拠もなく私のしたことを否定したということになる」
目を見開くエルンスト殿下からカタリーナ先生はカメラのような魔道具を取り上げた。
「アティ。計算通りだな。人感センサーとやらもうまく作動したようだ。この魔法陣で人をきちんと感知できる。再生した画像も、荒いが人物を判別できるものだった。昨日、教室に潜んできた生徒をちゃんと補足できたようだ」
「は、はい。先生の計算通りだと思います。消費する魔力量とか問題はありますが、第一段階としてはうまくいったかと。これなら、発掘された魔道具を使わなくてもカメラを作り出せるかも!」
嬉しそうに頷くカタリーナ先生に、ベティナとトリュスは顔色をなくしていく。王族のカタリーナ先生が認めたということは、それが本当に過去の映像を映したものだということが確定されたのだ。
「せ、先生! 違うのです! あれは! あの画像は、この平民が改変したものに決まっています!」
「ほう。お前は私が作った魔道具が、学生に容易く改ざんできるものだというのだな。それがボーフォール家の意見だと言って違いないのだな?」
冷たく睨むカタリーナ先生に、べティナは言葉を失ってしまう。彼女は予想だにしなかったのではないか。平民のアティが使った魔道具が、まさかカタリーナ先生が作ったものだったとは。アティは小さいころからカタリーナ先生の教えを受けているのだから、予測できてもいいのではないかと思うのだけど。
「さて、お前らは将来この国を代表する貴族の一員になる。ならば、わが国を取り巻く環境は分かっているな? 海を越えた先にある王国が凶悪な魔物との戦いに勝利する可能性が高いと。もしかの国が勝利したのなら、あの国から様々な魔道具が入り込むかもしれない。それに対抗するために我が国も魔道具の開発に一層の力を入れることになった。つまり、私が魔道具の開発に力を入れているのは国策ということだな」
カタリーナ先生の言葉に、全員が聞き入ってしまう。
「光の属性を持つ魔道具を開発するには光属性を持つ者の協力が不可欠だ。平民のアティを学園の生徒にしたのはそのためだ。光属性を持ち、魔道具の造形に深い彼女を取り立てることで魔道具作りを活性化させ、他国に負けない技術力を持とうという試みだ。で、お前たちは何をした? 何の権限があって、私の協力者がしたことを、嘘と決めつけたのだ?」
ベティナもトリュスも、何も言えない。本人たちは私を貶めたつもりかもしれないが、こんなに大ごとになるとは思わなかったのだろう。
「お、叔母上! 私はそんなつもりは! 国策に逆らうつもりなどは! 私が関わったという証拠はない! ボーフォール侯爵令嬢が勝手に言っているだけなのです!」
「それは調べればわかることだ。このことは義姉上にも報告させてもらう。義姉上は、アムスベルク公爵令嬢の化粧品の愛好家だ。彼女を私怨で貶めようとしたのならどう思うかな。実の息子とはいえ、甘い対応をする人ではない。王位継承権を持つのはお前だけではない。お前の弟もいるのだから、忖度を期待することはできないだろうな」
カタリーナ先生の言葉にエルンスト殿下は言葉を失ってしまう。本人は私を貶めただけのつもりかもしれないが、まさか王位継承にまで影響があることにつながるとは思わなかったのだろう。
でも、王妹のカタリーナ様と王妃様を敵にして、王位につけるとは思えない。
「さて。今日はもう授業という雰囲気ではないな。エルンストのしでかしたことを話し合わねばならんし。今日は自習だ。各々、自分がどうすべきだったかを考えておくように。特に女子生徒の胸倉を強引につかんだブロアーは、甘い対応で済まされるとは思うなよ」
そう言い残して、カタリーナ先生は教室を後にしたのだった。