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アティとの邂逅からさらに数日が経過した。
登校して教室に入ると、違和感を覚えた。なんだか教室内が騒がしい。何か問題でもあったのだろうか。
「おはよう。何かあったの?」
「あ、ベアトリクス様。おはようございます。いえ、ボーフォール侯爵令嬢が」
私がフィロメナに尋ねると、彼女はべティナのほうを指し示した。
「昨日までは確かにあったのに! ここにあるはずよ! なんでなくなっているの!?」
「べ、べティナ様。落ち着いて」
べティナが騒がしいのはいつものことだけど、こんなふうに大声で周りにいらだちをぶつけることはなかった。私が少し意外な顔をして席につくと、エルンスト殿下が教室に入ってきた。
「なんだ。騒がしいな」
「で、殿下。すみません。でも、私の大事なネックレスが、なくなっているんです!」
べティナが慌てて説明していた。エルンスト殿下はあきれ顔ながらも、その話にきちんと返事するようだった。
「家に忘れてきたのではないか? 貴重な物ならしっかり管理しろ」
「も、申し訳ありません。昨日誤って持ってきてしまい、そのまま学園に置きっぱなしにしてしまったんです。家で忘れ物をしたのに気づいたのですが、今日回収するからいいかと。でも、今日戻ったらどこにもなくて」
そう言えば、昨日べティナはちょっと珍しいネックレスをしていた。落ち着いたデザインだけど品が良くて、べティナにしてはいい物を使っているなと話していたのだけど。
「どうしよう。なくしたのかな。部屋を探したのにどこにもなかったのに」
「ええ? べティナ様の部屋ってきれいに片付いていましたよね? そこを探したのに見つからないなんて!」
べティナの取り巻きのトリュス伯爵令嬢が驚いた声を上げていた。彼女たちは親しく付き合っているようだから、お互いの部屋を行き来しているのかもしれない。
殿下はそれを聞いてあきれた声を上げた。
「教室に貴重品なんかを置いて帰るからだ。担任のカタリーナ叔母上も言っていただろう? ここはもう公の場だと。貴重な品を置きっぱなしにしたのだから万一盗られたとしても仕方があるまい」
「!! そうよ! 盗られたのかも! 誰かが私の机から持っていった可能性も! だって、私があのネックレスを持っていたこと、みんな気づいていたわよね!?」
そう言ってベティナは鋭い目でクラスメイトを睨みだした。
いやな流れになったわね。まさか、べティナはこのクラスにネックレスを盗った犯人がいるというの?
「そうよ! そうに違いないわ! あれはおばあさまからもらった世界に2つとないネックレスだもの! 欲しいと思う人がいてもおかしくない! 誰かが盗って、それを持っている可能性だって!」
「盗られたとしたら今朝か昨日? 今朝早く来た人か、昨日遅くまで残っていた人が怪しいんじゃなくて?」
ちょっと待って。昨日はクラスの仕事があって、多分私が最後の一人になっていたはず。いつも最後まで残るアティより後だったから間違いがない。この人、私に疑いの目を向けようとでも言うの?
大げさな溜息を吐いたのはエルンスト殿下だった。
「ならば確認してみてはどうだ? もしかしたら犯人はまだそのネックレスを持っているかもしれん。全員の持ち物を確認したら、犯行は明らかになるだろうな」
エルンスト殿下が言えば、それはもう王族からの命令だ。従わないことなんてできない。クラスメイトは席に戻って荷物や引き出しの中身を机の上に出した。私も何かきな臭いものを感じながらも、席に戻って机の中身を取り出した。
「!! なに、これ?」
「アムスベルク公爵令嬢。どうかしました?」
いつのまにかベティナがいて、いやらしい笑みを浮かべていた。
「え、ええ。いつの間にかこれが」
「ああ! これは私のネックレスじゃないですか! なぜこれがアムスベルク公爵令嬢の手にあるんです?」
嬉しそうに語るベティナを見て、はめられたと思った。
「知らないわよ。今机の中を調べたらここにあったんだから」
「知らないわけないですよね? ここにあるんだから。確か昨日はアムスベルク公爵令嬢はクラスの仕事で遅くまで残っていましたよね? まさかその時に?」
「そういえば、アムスベルク公爵令嬢はベティナ様のネックレスを『素敵だ』とおっしゃっていましたね。まさかそれは?」
ベティナとトリュスがそんなことを言い出した。
「ちょっと待って! 私はあなたたちより後に登校したし、今朝はすり替える暇なんてなかった! 昨日盗んだのならこんなところにあるわけはないでしょう!? とっくに持ち帰っているわよ!」
「昨日は何かの事情があってネックレスだけ残したのかもしれない。現状、このネックレスを持っているのがあなたなの手にあるのはそういうことでは? 殿下が命じなければ、あなたの荷物を調べることすらもできなかったですし」
普通に考えればこれがここにあるのはおかしいと思われたはずだ。そう思って期待に満ちた目でエルンスト殿下を見たが――。
「ふっ。そうだな。こうなったからには証明が必要だろう。確かに昨日なくしたはずのネックレスが今日ベアトリクスの机から出てくるのは気になるが、ミスということもあり得る。お前が盗っていないことを証明するべきだろう」
「なっ! 盗ったものをこんなところに置きっぱなしにするはずがないではないですか! 誰かが私に罪を擦り付けようとしたに決まっています!」
「何でこれが机の中にあるかはわかりませんが、こんなの何かの間違いです! ベアトリクス様が人の物を取るわけがありません!」
私とフィロメナが必死で抵抗するが、殿下の表情は変わらない。歪んだ笑みを浮かべながらこちらを責めてきた。
「私が荷物を調べるよう言わなければ盗ったネックレスをそのまま持ち帰ることもできたのではないか? 昨日は時間がなくてとりあえず自分の机に隠したという説もあり得る。違うというのならその根拠を説明せよ」
「そ、それは!」
私は言い淀んだ。
私がやっていないのは明らかだと思うけど、その証拠なんてない。ネックレスは確かに私の机の中から出てきたし、殿下が荷物を確かめなければ私に持ち帰っていたかもしれないのは確かなのだ。
やっていない、ということを証明するのは難しい。確かに、私にはベティナのネックレスを盗るチャンスはあった。昨日、私が一人で教室に残ったのは、残念ながら多くの生徒が知っている。盗んでいないのは私が一番よくわかっているのだけど、殿下に言われたからには証明しなくてはならない。
「どうしても私を犯人にしたいようですね。盗んだネックレスを置いておくリスクを、考えないわけはないでしょう? 私は何か罠に掛けられたにすぎないんです!」
「だが、そのネックレスがお前の机から出てきたのは確かなことだ。そのままならネックレスがお前の手に入っていたかもしれないこともな。さて、違うというならその根拠を説明してもらおうか」
私は歯ぎしりした。何か反論しなければならないと思うが、何も思い浮かばない。私が無実ということを証明しなければならないのに!
でも、そんな時だった。教室内に、ありえないはずの映像が映し出されたのは。
『ベティナ様。本当によろしいんですか?』
『構わないわ。殿下も協力してくれると言っているし。これで、あの女が私のネックレスを盗ったってことになる。ふふふ。あの女、ちょっと化粧品を作ったからって調子に乗っているのよ。最近は調査ばっかりで新しい商品も開発できていないくせに。王妃様の寵愛だってこれでおじゃんよ。あいつが王子妃になるなんてなくなるはずよ』
ぎょっとしてあたりを見回すと、教壇の周りにホログラムのような画像が映っていた。画像はそこまで鮮明ではないけど、確かにベティナとトリュスだと思う。私たちはあっけにとられながら、その画像に見とれてしまった。