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 学園の体育館に朗らかな声が響いていた。


「学園長、教師の皆様、そして、ともに新たな旅を始める同級生の諸君。今日、新入生代表として、皆の前で話せる機会をいただき誇りに思います」


 今日は王立ネザーランド学園の入学式が行われる日だ。私たち新入生を代表し、エルンスト第一王子が学園長に挨拶の言葉を述べている。


「今日この時より、私たちの学園生活が始まります。この瞬間から、私たちは無限の可能性を秘めた新しいページを開くことになるでしょう。私自身、新入生を代表する者の一人として皆とともに研鑽を積んでいくことを夢見ています」


 声は聞き取りやすく、言葉は滑らかだ。殿下はメモを用意していたが、それを一瞥すらもしない。堂々と言葉を続ける様は、私たち新入生の代表としてふさわしい姿なのかもしれない。


 ふと、周りを見渡した。


 会場に設置された来賓席はもちろん、私たちに用意された椅子一つに至るまで豪奢な物が用意されている。聞くところによると、この学園は最新の魔道具によって電気が通った家のようになっているらしく、どこでも魔道具を使いやすくなっているとのことだ。ここ、ネザーランド学園はこの国一番の学園で、貴族家の子弟が何人も通っているから、豪華なのは当然なのかもしれない。


 そんな的外れなことを考えているうちにも、挨拶は進んでいく。エルンスト殿下は相変わらず堂々としていてその言葉に感銘を受けている生徒は多い。うちのクラスにも恍惚とした表情をしている女子生徒を何人も見ることができた。


「最後に、この新たなスタートに立ち会えたこと、皆と一緒に学べることに心から感謝したいと思います。皆の夢が叶う日まで、ともに頑張っていこうではありませんか!」


 気が付いたら、挨拶が終わったようだ。周りの拍手につられて私も慌てて手を叩く。エルンスト殿下が学園長に一礼して、堂々とこちらを振り向いた。


「殿下・・・。さすがです! 素晴らしいご挨拶でした!」

「うふふふ。これから3年間殿下とご一緒できるなんて光栄ですわ」


 クラスからそんな声が聞こえてきた。その言葉に応えるように殿下がクラスメイトを見てにやりと笑いかけたような気がした。豪華な金髪に、堂々とした姿。細くもなく、かといって筋肉質でもない。均整の取れたその姿は、まさに「王子様」と言って差し支えがないかもしれない。


「今こちらを見ましたわよね」

「どうしよう! 私たちを、私のことを見たのかも!」


 そんな声を聞きながら、私は壇上を無感動に見つめたのだった。



◆◆◆◆


 入学式が終わり、私たちは教室に入った。


 席は階段状になっており、日本の大学のような雰囲気があった。入口には変わった装置があるほか、教室の壁のヒーターのような機械や天井のシャンデリアのような照明など、いたるところに魔道具が設置されている。聞くところによると、これらは担任が独自に設置したものらしく、魔法を学ぶ学園に来たことを実感させられた。


 そうした中、クラスメイトはさっきの挨拶の話でもちきりだった。「さすがは殿下、素晴らしい挨拶だった」「あんな人がクラスメイトとは誇らしい」――。殿下を讃える言葉にひそかに「うわあ」とうめいてしまう。


「クラスの中が浮ついている感じですよね。私たちの代表が堂々とやり遂げたんだから仕方のないことかもしれませんが」

「まあ、演説自体は結構優れたものだったからね。さすがは王家、しっかり教育されたのだなと思う」


 友人のフィロメナ・ケッペル伯爵令嬢とそんな話をした。彼女は入学前のお茶会で出会い、親しく付き合うようになった友人だ。気づいたら親友のような関係になっており、同じクラスになってうれしく思っていた。


 彼女ともう少し話すつもりだったが、一人の女子生徒が唐突に話しかけてきた。


「アムスベルク公爵令嬢はどう思います? 殿下は最後にこちらを見ていたように思いますけど?」


 揶揄するように話しかけてきたのは、ベティナ・ボーフォール侯爵令嬢だ。彼女、あの記憶では私の取り巻きみたいなことしていたのに、今世では付き合いはない。なのに、やたらと私に突っかかってくるのよね。今回も、私を会話に巻き込んだというよりも、第一王子から嫌われていることをあげつらいたいようだし。


「さあ。確かに殿下は最後にこちらを見ていた気がしましたが、どこを注視していたかまでは。もしかしたらボーフォール侯爵令嬢を見ていたかもしれませんよ」

「ふふふふ。まさか私などを確認されるはずはありませんわ。まあ、同じようにアムスベルク公爵令嬢を見ていたこともないようですけど。昔はともかく、今は、ねえ」


 彼女はどこか嬉しそうに笑った。ムッとしながら無言で彼女を睨んでしまう。


 正直、私とエルンスト殿下はうまくいっていない。私は彼の婚約者候補の一人だけど、顔合わせるたびに嫌味のようなことを言われている。私としては婚約者候補から外してほしいのだけど、王家からは拒否されてしまっている。王家としては公爵家の私と殿下が関係を築いてほしいようだ。


 そんなことを考えていると、教室の扉が開けられた。殿下が戻ってきたのだ。


 彼は教室内を一通り確認すると、私たちの前で目を止めた。そして鼻を鳴らすと、私を揶揄するように私に話しかけた。


「ふっ。公爵令嬢ともあろう者がたった1人の友人としか話さないとは、情けないことだな。そんな者しか友人がいないとは。未来の王妃になりたいのであれば、もっといろいろな生徒と交流すべきではないか」


 こんなふうに、殿下はいつも、私に嫌みのようなことを言ってくるのよね。王妃を目指すならどうとか、王家に連なるのならこうとか。


 正直、次期王妃にまったく興味のない私には関係のない。いつもは適当に対応するのだけど、さすがにこの言葉には・・・。


「そうかもしれませんね。でも、失礼ではなくて? ありがたいことに、ケッペル伯爵令嬢とは親しく付き合わせていただいております。今の言い方ではケッペル伯爵令嬢を揶揄するようにも聞こえますが」


 私は殿下を厳しい目で睨んでしまう。普段は聞き流すのだけど、このまま放置してしまってはフィロメアの名前にも傷がつくかもしれない。


「で、殿下! ケッペル伯爵は陛下の信頼も厚い忠臣です! 今の発言は彼の家を貶めることにもなりえるのですよ!」

「ちっ! ブレヒト! 口を慎め! 殿下の乳兄弟とはいえ、反対意見を言うなど何様だ! たかだか子爵令息が! 貴様がこのクラスに入ったのだって、殿下との関係があるからこそではないか!」


 殿下は諫めたブレヒト・ナールを怒鳴りつけた。不機嫌そうな顔をした殿下をブレヒトが必死でなだめている。


 最近の殿下は、忠臣の諫言にも一切耳を貸さない。乳兄弟のブレヒトを直接怒鳴りつけることも少なくないのだ。入学式では見事なあいさつを行ったというのに、こういうところは本当に子供っぽいと思う。

 

「殿下。ご機嫌が優れないのは分かりますが、どうか今日はこのあたりで。ほら、担任のカタリーナ先生がもうすぐいらっしゃいますし」


 仲裁に入ってきたオーガストに、殿下が何か言おうとした時だった。再び教室の扉が開き、担任のカタリーナ先生が一人の女子生徒を連れて入ってきた。


「お前ら。席につけ。ホームルームを始めるぞ」


 先生の言葉に、何人もの生徒が慌てて席に戻った。殿下も舌打ちしながらも、姿勢を正して席に戻っていく。オーガストは去り際にフィロメアに笑いかけたが、彼女は苦笑してそのまま席に戻っていった。


 カタリーナ先生がバンバンと名簿を叩き、席に戻った生徒たちを急かせた。


「旧知の友人と会えてうれしいのは分かるが、もう授業が始まる。静かにしろ。学園の、教室の中とはいえここはもう公の場だ。礼儀がなっていないことがあれば失態となるぞ。厳粛な処罰が下されることは少ないとはいえ、な」


 カタリーナ先生から言われた言葉は両親から繰り返し言われたことだ。学園に入学したら常に公爵令嬢としてふさわしい行動をしなさい、と。過去の栄光を誇るばかりでは、未成年とはいえ高位貴族の一員として恥ずべき行動をすると嘲笑されてしまうと。


 まあ、学園に入るにあたって誓約書にまでサインさせられたのにはあきれてしまったのだけど。契約書には学園は公の場で失態を犯せば叱責させると書かれていた。でも、この件で処分を受けたという話も聞かないから、形だけのものだというのが生徒たちの意見なのだ。


「さて。お前たちはこの学園に来る前から誼を築いてきたようだが、学園に入って初めて会う者も多いだろう。中には、学園で初めて会う者もいるのではないか? 今年からは、平民と一緒に過ごすことになるのだからな」


 教室中がどよめいた。中には顔を青ざめさせる生徒もいたほどだ。ベティナなどはあからさまに顔に嫌悪感を出していた。


「何を驚いている。特殊な技術や資質を持つ者はお前たちと同じように学園に通っているのは周知の事実だろう? 現に、上級生には平民出身ながらも優秀な成績を治める生徒もいるのだぞ」


 もともとは貴族の子弟だけが通っていた学園も、数年前から平民で優秀な生徒を受け入れるようになった。なんでもそれを行って成果を上げた外国に習ったそうだが、貴族の一部にはそれが受け入れられていない。べティナのようにそれを煩わしいと思う生徒も多いのだ。


 私としては、そんなの関係がないと思うのだけど。身分にかかわらず優秀な人は優秀だ。それは、前世で培った経験と今世で学んだことが原因だと思う。


「さて。今までは下のクラスにだけ平民が来ていたが、今年からはこのクラスにも平民が属することになった。彼女は勉学に非常に優れていてな。入学試験では満点を出し、さらには光属性の資質を持つという希少な存在だ。皆、心して接するように。彼女は諸君らと同じ、このクラスの生徒なのだからな」


 カタリーナ先生の隣に、何人もの生徒がこわばった顔で姿勢をぴんと伸ばした。そしてカタリーナ先生は後ろの生徒に合図を送ると、そっと教壇から離れていく。カタリーナ先生と入れ替わるように女子生徒が教壇の前に立った。


「ついに、この時が来たのね」


 つぶやいて、教壇に立った女子生徒を観察した。ピンクブロンドのきれいな髪をした背の低い女子生徒だ。美人、というよりもかわいらしいという言葉がぴったりだ。ばっちりと化粧をしているわけでもないのにきれいなのはそれだけ素材が整っているということだろう。制服姿だが、腰にちょっと古びたポーチを持っているのが印象に残った。


 彼女――アティは深呼吸して、私たちを見渡した。彼女は自分に集まる視線に気圧されたのか、ごくりと喉を鳴らした。そして決意するかのように、何とか言葉を紡ぎ出した。


「は、初めまして。ご紹介にあずかりました。アティと申します」


 口を開いた彼女に、違和感を感じた者は少なくない。私も何か聞き間違えたかと思って思わず眉を顰めた。


「わ、私はアペルドールン? の街から来ました。学術?勉学?が、ちょっとできて、えっと、光属性の資質があるらしく、ランシー男爵の推薦を受けてこの学園にくる・・・通うことになりました。将来は、魔道具作りの技師として働きたいと思っています」


 メモをちらちらと見ながらたどたどしく言った。人前で話すのが苦手という生徒は確かにいる。でも、それにしたって――。声は聞き取りにくく、顔は不安そうに視線を漂わせている。


「えっと、仲良くしてくれたらうれしいです! 今日から3年間、よろしくお願いします!」


 そう言って、彼女は初めて自信に満ちた笑みを浮かべた。その表情はほっとしたように緩んでいた。本人はやり切ったという思いがあるのかもしれないけど。


 でも、聞いていた私たちの感想は違っていた。


 言葉としては、何も間違っていないと思う。転校生の言葉として誤ったことは言っていない。自分が天才だとか、変わった技能がある人を求めているとかいう言葉もなかった。


 でも、入学式の殿下の挨拶と比べれば、違いは明らかだった。言葉は正しくても、彼女はおどおどしていて、口調も一定で抑揚がない。あらかじめ決めた言葉をなぞっているのがまるわかりだった。


 彼女は棒読みだった。聞いているみんながそうと分かるくらい、棒読みなのがまるわかりだった。


 呆然とする私たちに、彼女のドヤ顔だけが残ったのだった。

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