ミカの前世
空が赤から黄色へと変化する時間になった。
初めにこの世界に来て困り果てていたころに訪れた海を眺めることのできる丘に座り、空の変化を眺めていた。この世界では空でも様々な人が行き交っている。モニターが現れてはそこに近づく人やただ目的もなく漂っている人、どこかに向かうかのようにすごいスピードで移動している人など多種多様な様相が飛び交うのをふと眺めていた。
数分ぼーっとしていると、どうやら見知った顔がいることに気付いた。その人はモニターが消えてしまって呆然と立ち尽くしてしまった人に近づいているようだった。おそらくこの世界に来てばかりで課題に失敗した人にお節介を焼きに行っているのだろう。
相手がお辞儀をしているところでお節介焼きがこちらに気付いたようだ。近づいてきて声を掛けられる。
「なにこんなところで黄昏てるのさ」
ややはにかみながら、ミカは俺に話しかけてきた。
「いや、ミカはホントにすごいなーって思って」
「どうしたんだい?急に」
ミカは俺に限らず本当に色んな人に親切にしている。ここまで面倒見の良い人は前世でも見たことがないくらいだ。ミカの課題は"ボーイッシュで活発元気な女の子"を演じてモニター越しのお客さんを喜ばせることだから、この世界の住人に対して説明をしてあげたところでミカには何のメリットもない。
困ってる人を助けるという気持ちは俺自身にはなく、純粋な気持ちでそれを実践しているミカには少しながらも尊敬の念を抱いているのだった。
「あたしもこの世界に来て1ヶ月くらい経って慣れてきたなーって感じてるけど、ミカほど純粋にやさしい人には会ったことないよ」
「もーっ!そういうのやめてよーっ!」
ミカは照れ臭そうにしている。
「最初にこの世界に来た時にさ、ミカがさ、言ってたじゃん?」
「なになに?なんだっけ?」
「この世界では前世での話は避けた方がいいってやつ」
「あーっ......言ったような気がする」
「だから、本当は聞いちゃいけないかもって思うけど、もしよかったらミカの前世の話を聞いてもいいかな?」
「なんかアリス......今日は少し変だね。前世の話をするのは大丈夫だけどなんかあったの?」
何かあったというわけではないが、今日はそういう気分だった。いや、強いて言うならば......
「そうだなぁ......この世界に来てさ、前世と比べて不自由のない生活ができてさ、1ヶ月も経つと知り合いも増えてさ、この世界の居心地の良さっていうのを感じてきてるんだ。でも、その一方で、満たされている気分の中で物足りなさというのを感じてもいる。ミカはきっとこの世界が大好きだと思うんだけどあたしは前世に戻りたい気持ちもあって、なんていうか言葉にするのは難しいんだけど......」
「あー......何となくわかる。他の人がどういう前世を過ごしてそれでこの世界で生活してるのかが気になったみたいな?」
「そう......なんだけど、前世とこの世界のことに考えを張り巡らせてたら、ミカの前世が気になった......みたいな?」
「そうだねー、他人の前世はこっちに来たばっかだとやっぱり気になるよね?僕はもう5年位はこの世界にいるからある程度気を付けるようにはなったけど、最初の頃は確かに僕も色んな人に前世のこと聞いちゃってたね」
思ったより長い年月をミカが過ごしてきたことに内心驚いていたが、この世界に詳しいことを見るにそれ程の年数を過ごしてきたのだということはすんなりと腑に落ちる感じだった。
「まぁ、アリスとは仲良くなれた気もしてるし、いいよ!前世のお話」
「あたしもこの世界でミカが一番仲良しだよ」
ちなみにだが、この世界で会話するときはなるべく普段から女性言葉で話すように心がけている。前世と同じような言葉遣いのままだと、"メスガキ"をやるときに混在してしまう可能性があるからだ。
そのため、誰かと会話するときはなるべく一人称を"あたし"に統一して砕けた喋り方になるようにしている。
「なにから話そうかなぁ」
ミカは前世のどこから話そうか整理をしているようだった。
「あんまりまとまってないかもだけど、話してみるね。まず僕は両親が共働きだったから幼少期は一人で過ごすことが多かったんだ。二人とも教師で、家にいる時は何をするにも厳しかったなぁ。門限とかもきつくて宿題もしっかりやらないとダメで、でも二人とも仕事だから言うだけ言ってそばにはいてくれなかったんだよね。だから、学校の成績とかは良かったんだけど所謂がり勉君だったなぁ。友達もそんな作れなかったけど何人かはいたよ?でもあまり流行りのモノとかについていけてなくてそこまで仲は悪くはないけど良くもないみたいな感じだったと思う」
今でこそミカは知らない人にも積極的に話しかけるようになっているが、こっちに来てばっかの時は人と話すの苦手だったとか言ってたっけな......
「それで学校の成績は良かったから大学もすんなりいったんだけど、そこから就職活動で少しうまくいかなくて営業のお仕事に行ったんだよね。もうすでに取引のある会社を訪問するルート営業って奴だったんだけど、アリスはそういうの経験ある?」
「あたしは芸能界で働いてたから近い経験はしたことありそうだけど直接的な経験はないよ」
「えっ!芸能人だったの!?」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてない聞いてない!!そっかぁ......そりゃすぐに"メスガキ"をモノにできたわけか。僕の前世の話が終わったらアリスの前世の話も聞かせてよね」
「まぁ......いいけど」
少し悩んだが、ミカには話しておいてもいいだろうと思った。
「...っと。とりあえずそのルート営業ってので取引の拡大のお願いや新商品のPRなんかをしてたわけ。で、僕自身あんまり人と接してなかったからか会話をするのがすごいストレスになってたみたいで、働き始めてから5年位でめちゃくちゃ太っちゃったんだよね」
今の見た目からは想像がつかないが、そもそも前世とこの世界で性別も変わってしまっている人もいるし、更にこっちはトカゲ人間も獣人もいるような世界だ。前世での姿は想像つかないものと思ってよいだろう。軽く相槌を打ちながら話を促す。
「移動中もおかしを食べてたし、夜遅くなることがほとんどだったから帰りにお店でラーメンばっか食べてたと思うよ。そんな生活続けてたらまぁ健康を損なうもんでしてね......30歳を超えたくらいのところで検診に引っかかっちゃった」
俺が前世の頃は20代だったから10歳ほど年上だった。更にこっちで5年過ごしているとのことなので、一回りは年上ということだ。
「で、精密検査をすることになったんだけど、そこで癌が見つかって。見つかった時はまだ手術すれば治る見込みだったんだけど、運が悪かったみたいで術後に転移が見つかって、そこから抗がん剤で押さえこんでたんだけど残念ながら死んじゃったって感じ。1年位は頑張ってたんだけどね~、あんなに太ってた身体もすっかり痩せちゃってあの時はびっくりしたなぁ」
「そっか......そういえば最初に不治の病で亡くなったとか言ってたっけ......」
「おーっ!よく覚えてるね!まぁそんな感じで死んじゃったなーって思ってたら例の神様から説明を受けてこの世界に来たってわけ」
「その......あまり前世には執着はなかったの?」
「僕の場合はなかったなー。というより死に方が死に方だったかな?って感じだよ。最後枯れ木のような状態だったし毎日生きるのに必死だった記憶しかないし」
傍から聞くと辛いお話だが、当人にとっては軽い経験談のようにさらっとミカは話してくれた。
「もはや前世で死んじゃったからこっちの世界では前世でできなかったことをすべてやろーっ!って思ったくらいかな。だから、困った人がいたら助けるようなヒーローみたいな人間になろうと思ってこっちでは頑張ってみたのです」
そう恥ずかしそうに舌を出しながらミカは話す。ミカがなぜここまで純粋な気持ちで人助けをするのかが分かった。ただ、それをちゃんと実践するのはやはりミカ自身のすごいところなのだろう。
「さて......と。僕の前世のお話はざっとこんな感じです。では、アリスちゃんの前世のお話もお聞きしても......よろしいですかー?」
「今日はちょっとダメかな」
「なんでー!?」
軽く冗談を言うと大きくリアクションをするミカを見て、笑みがこぼれる。
「ははっ、冗談冗談。でもちょっと整理するから少し待ってね」
「もーっ!びっくりしたよ!楽しみにしてるからちゃんと整理してー」
軽い会話を挟みつつ、頭の中で考える。どこまで話したら良いモノか......
ある程度話すラインを決めて、整理し、そして話す決心を決めて......俺はポツポツと前世の話を語り始めるのだった。