電脳世界での生活
初めての"メスガキ"を達成してから一ヶ月ほどが経過した。
といっても、この世界での一日が前世の一日と同じかどうかは分からない。ただ、こちらの世界でも空の色が変化するようで、青からオレンジがかった赤に変化して暗い黄色を経由した後に緑になり、そして青に戻るという変化をしていた。
ここの住人は大体この青からまた青に戻ってくるのをこちらの一日として考えているようだった。
初めて課題を達成した後に達成したり失敗したりを繰り返しながら10人程度の課題クリアに成功していた。毎回別の人に対して対話をしていくのかと思ったが、同じ人が来ることもあることに気付いた。
課題クリアの人数には数えられないようだが、同じ人の悩みを解決した場合、報酬の方はもらえるようだった。
早々に課題を終わらせて生き返らせてもらうつもりだったが、せっかく報酬ももらえているのだから少しはこの世界を満喫しようという気持ちも芽生え始めていた。
ミカは本当に心の底からやさしい奴みたいでこの世界についてとても丁寧に説明してくれていた。
初めて報酬をもらった日にこの世界唯一の島を案内してもらった。どこどこの食べ物が美味しいとかかわいい洋服が売ってるとことか手を引っ張られつつ一緒にお店を見た。
洋服は残念ながら10000Gを超えるものがほとんどで軽く試着する程度しかできなかったが、リボン付きカチューシャが可愛いと言ってくれたのでそれだけ買って今も着けている。
今では娯楽の施設も自由に使えるしある程度気軽に服やアクセサリーを買える程度にはお金が集まっていた。ちゃんと課題をこなせるようになれば、この世界では何不自由のない生活を送れるように造られているみたいだった。
ある程度過ごしているとこの世界についても少しずつ理解ってくるようになっていた。
まず犯罪をすることができず、犯罪に当たる行為をした時点で弾き飛ばされるような動きで吹き飛んだ人を見かけた。セキュリティとして強制的に排除する仕組みのようだ。
吹き飛んだ人は海の向こう側から戻ってきていたので、この世界から消えるわけではないようだった。
そして、食事や睡眠は必要はないが、取ることはできるという感じだった。
おそらく前世の感覚をできるようにしないと不自由だからだろうが、食べすぎても太ることはないし何なら見た目を調整することのできる施設があるくらいだ。やはり電脳世界だから実際の肉体というわけではないのだろう。むしろ前世と比べてかなり自由のある生活が送れていた。
少し生活をしていれば新しい出会いもあるものだった。バーで飲んでいる時に絡んできたトカゲ人間のリョージと散策をしていた時に客引きで出会ったおねえ言葉のライオンのヨシコだ。
リョージはまあ酒癖が悪く酒が入ると周りに片っ端から声をかけてくるような奴だった。
ただ、相手が男だろうと女だろうとどんな見た目でも関わらず差別なく話してくる奴で俺も声をかけられたら知らない相手でも話をしてきた関係か不思議と朝まで飲み明かすほど話し続けたことで仲良くなった。
向こう曰く、「俺と朝まで飲みに付き合ってくれるやつぁ初めてだよ!」らしく、お互いに通話チャットの連絡先交換をした。
この世界はスマートフォンは存在しないが、代わりにホログラム上のパネルを意識することで表示させることができ、そのパネルから連絡やこの世界のマップや残高確認や今までに買ったモノの保管や表示等ができるようになっていた。
リョージの話は面白いわけではないが、とにかくまあ話が途切れないわけで1、2週間に一度は飲みに行くような関係になっていた。
ヨシコはその見た目から強そうな雰囲気が出ている獣人だったが、急に俺の前に来て凄んでいるのかと思ったらすごい小さな声で「あ......あのぉ......良ければ、うちの店に...ぁぅ......」と言い出して、あまりのギャップから大笑いをしてしまった。
どうも話を聞いてみると客引きをするお仕事に割り当たったのは良いが、弱っちい見た目だと舐められると思ったようで思い切って強そうな見た目にしようとライオンの獣人に見た目を変えたようだった。
しかし、元々の性格からか、そこまで強く出ることができず、小声になってしまってほとんどの人に白い目で見られて去って行かれてしまっていたとのことだった。
話を聞いている時にもかなり丁寧に話していたので、丁寧すぎるのがダメなんじゃないか?と指摘してみたが、実はこのライオン、女だったらしく油断すると女性言葉になっちゃうので気を付けた結果、丁寧に話してしまうとのことだった。
選択に思い切りが良すぎるとは思いながらも切実に悩んでいるようだったので、見た目をもっとかわいらしいのに変更したらどうかと提案したら前世でオドオドしてた陰キャだったからこの世界では強く生きたいの一点張りで見た目を変えるのは断固拒否という感じだった。
こっちのアドバイスを全部拒否されたらどうしようもねぇなと思ったが、適当に「なら思い切ってライオンの見た目で女性の言葉でしゃべったらいいんじゃない?おねえみたいな感じで」と言ったら、目を見開いてそれだぁ!と大きな声をあげながらすごい勢いで客引きに戻っていった。
数日経って島を歩いていたら急に「おねぇちゃーーーん!!」と大声上げながらこちらに来て、すごい感謝されながら友達になったという感じだ。それ以来こいつはおねえ言葉のライオンで少し有名になったようだ。
こうして、こちらの世界にも少しずつ縁ができてきて、課題をこなすだけでの日々から余裕も増えて楽しみも増えてきていた。ただ、不自由のないこの世界で楽しく過ごしていて、少し心の中でぽっかりと空いた感覚があり、楽しいはずなのに何か物足りない、そういった気持ちもまた少なからず感じていた。
どうやら俺は前世での生活を捨てきれないらしい。この世界での居心地の良さを感じながらもまた前世に戻る決意を固めて、神から与えられた課題を完了させるために頑張ろうと心に決めたのだった。