挫折、そして助言
「ねぇねぇ、お兄たん、僕と遊んでよぅ」
「おやおや?妾をお望みか?」
「いらっしゃいませぇ!ごしゅじんさまー!」
……
様々なタイプを試してみたが、どれも"お前はメスガキではない"と否定されてしまった。
くそっ!"メスガキ"ってなんなんだ……
20か30か試したところで一旦頭を切り替えるべく改めてこの世界を一瞥した。
当初思っていたよりもこの電脳世界は色とりどりのモノが存在していた。
宙に浮いている状態から見えるのはそこそこ大きな島に多種多様な建物が建っていることや渋谷程ではないが、それなりに人らしきものが歩いているのが見て取れた。
島の周りはほとんど海のような青さが地平線の先まで続いているが、実際の海と違い、キラキラした反射がなく、その感じから海を模した3D映像であろうことが分かった。
これから長丁場になるだろうことはもはや目に見えていたので、今後過ごすこの世界を息抜きに歩いてみることにした。
島の方に意識を向けて身体が移動する。
自分が思っていたよりも速く身体が移動したためややびっくりしたが、どうやら意識を強く向けるとより速く移動できるようだ。
遠いと思っていた島には1分ほどで着くことができた。
島には様々な建物や屋台が並んでおり、服屋や飲食店や何のお店かわからないものも含めてたくさんの施設が存在していた。
この世界に来てからお腹がすいたことはなかったが、どうやら食べたり飲んだりすることはできるようだった。
街行く人々は普通の人もいれば人型の動物のような存在やはたまたトカゲのような肌の今まで見たことないようなタイプもいてあくまでもここが電脳世界であることを実感させられていた。
お店を見てみると商品の値札に○○ゴールドというものが書かれているのが見えた。
「すみませーん。この商品なんですけど、ゴールドってなんすか?」
「あ”ぁっ!?あんた初めてかい?ゴールドはこの世界の所謂通貨さ!」
「これってどうやって手に入れるんすか?仕事みたいのをこなしたりとかすかね?」
「あんたもなんか課題が与えられてるだろう。その課題を達成したら報酬でもらえるみたいな感じさね。おれぁここで商品売るってのが課題で買ってくれる奴がいたら報酬でゴールドがもらえるって感じよ!」
「あぁ!そういう感じなんすね!教えてくれてありがとっす!」
店主と話して仕組みを理解することができたが、同時に今の自分では何も買うことができないことを理解した。
つまりはまず"メスガキ"というものを掴むことができなければこの世界では何もできないということだった。
とりあえず輝きのない海を眺めることのできる丘があったので、そこで腰を落ち着けているとショートカットの少女が俺に向かって近づいてきた。
「ふふっ。見てたよ。ここに来たばっかりで色々と頑張ってたみたいじゃない」
「あんた誰?」
「そうだね。端的に言うと先輩かな?君も訳あってこの世界に来たんでしょ?」
「そうだが......俺は」
続けてこの世界に来た経緯を話そうとしたところでその少女はしーっと人差し指を口元に当てて話を遮った。
「この世界に来る人は訳ありの人も多いから、前世のことをホイホイ話すのはご法度だよ」
軽くウインクをしながら続ける。
「僕のように不治の病で亡くなってこの世界に来た人もいれば犯罪を犯して死刑によってこの世界に来た人もいる。だから過去のことを聞くのは百害あって一利なしということで聞かないことが暗黙の了解になったんだ」
「そうなのか......教えてくれてありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
「まだ来たばっかだから助かるっちゃ助かるんだが......どうして助けてくれたんだ?」
経験上何の意味もなしに助けてくれる奴なんかいなかった。だから、こいつも何かしら下心があって近づいてきたのだろうと警戒していた。
「ははは!単純に来たばっかしなのに率先して課題をこなそうとしてるからすごいなーって思って声をかけちゃったんだよね」
「すごい?」
「そうそう、僕が最初こっちに来たときはボーイッシュで活発元気な女の子を演じて悩める子羊を満足させなさいって言われてさ。元々人と話すことも苦手だったから数日間は何にもできなかったよ」
「まぁ......元々俺は色んな人と話す機会があったから」
「そうだね。でも、たぶん君"メスガキ"を知らないんじゃない?なのに頑張って色んな話し方を試して何十回もチャレンジしてさ。すぐに相手に会話を切られてるのにめげないのを見てたら興味出てきたからね」
「......なんで俺の課題が"メスガキ"を演じることだって分かるんだ?」
「そりゃ相手に"お前はメスガキではない"ってさんざん言われてたじゃん。後少女っぽい感じとか生意気そうなギャルを試してたりとか見てたらさすがにね」
あの恥ずかしいザマをずっと見られていたかと思うと正直恥ずかしさが込み上げてきたが、同時にチャンスであると思った。
この少女は"メスガキ"というものを知っているからこそ違っていることが分かるのだ。ここでこいつから聞き出すしか脱却の道はなさそうだった。
「で、お前は"メスガキ"を知ってるのか?」
「完全には分かんないけど雰囲気は大体知ってるよ」
「もしよかったら......教えてくれないか?」
「もちろん!僕もできたら君と仲良くなりたかったし教えられる範囲で全然教えるよ!」
やたら好意的すぎて完全には信用することはできないが、とりあえずこいつから教えてもらうことには何のデメリットもなさそうだ。
「まずは"メスガキ"の基礎から話そうか。"メスガキ"はざーこ♡とかはーげ♡とか相手をバカにする発言を語尾に付けることが多いんだ」
「それなら最初にやった気がするが......」
「確かに相手をバカにしたような感じをやってた気がするけど、ただ相手をバカにするだけじゃなくて"自分の方が優位なように見せかけた上で実際は精神的に弱い"という設定を持った上でバカにしないとダメなんだ」
「?????」
早々に話が分からなくなってしまった。
「あー、ごめんごめん。実際にやってみた方がいいよね。そういえばまだ名乗ってなかったね。僕はこの世界に来てからミカって名前を名乗るようにしてる。君は?」
「あー......前世はカルマって名前だったんだが......」
「うわっ!めっちゃかっこいい名前じゃん!でも女の子っぽくないね」
「そうか......名前も新しくしといた方がいいのか?」
「まぁそうだねー。少なくともこの世界だと女の子っぽい見た目だったらそれに近い名前に変えといた方が過ごしやすいのは確かだよ」
「なるほど......そしたら、アリスとかにしとくか?」
「おっ!いいじゃん!アリスっぽいし今日から君のことはアリスって呼ぶね!じゃあアリスにちょっと"メスガキ"を実演してみるよ」
「......お願いします」
「はははっ!敬語にはならなくていいよ。じゃあやってみるね。あら!ダメダメなアリスじゃない!このスーパーエリートなミカがあんたのしょっぼいしょっぼい悩みを仕方なく聞いてあげるわよ!まったく私の高性能な頭脳に頼らないとダメなんて遊んでばっかでダメダメ脳になってるんじゃないかしら?ざーこ♡」
まったく思ってもいなかったキャラクターにやや引いてしまっている自分がいた。
「ちょっ......そんな驚いた顔で見ないでよ……恥ずかしくなるじゃん……」
「"メスガキ"ってホントにこんな感じなのか?」
「完璧にそうかって言われたら僕も自信ないけど大体こんな感じだったはずだよ」
「まぁ、お嬢様っぽい口調で......かつ自分をやや過剰気味にアゲつつ......相手を微妙に頭悪そうな表現でバカにする......って感じか......?」
「そんな感じ?一回やってみてよ」
「なになに?今日もぽっちゃりなオッサンの相手をするのかしら?この天才カル......アリスがオッサンの話を仕方なく聞いてあげるわよ♪ダイエットの相談かしら?それとも恋愛の話?あんたの相手をしてくれる人とか誰もいないんでしょうから仕方ないからこの......アリスがしょうがなくやってあげるわよ♪ざーこ♡......っとこんな感じか?」
「うわー!すごいすごい!少し違和感あるけど大分"メスガキ"っぽくなったよ!」
あまりにも素直に褒められてホントかよと思う気持ちもあったが、それ以上にここまで初対面で素直さをさらけ出すようなタイプは前世で会うことがなかったから新鮮な気持ちと共に恥ずかしさと胸が少し暖かくなる感覚を感じた。
最初から何か裏があると感じてずっと警戒していたのだが、こいつはどうやらホントにただのお人よしらしい。前世で散々クズなふるまいをしていた自分がこんな人と出会っていいのかと少し罪悪感を感じながら、恥ずかしさを払拭するようにこの"ミカ"に対して返事をした。
「その、全然すごくはないんだけど......素直に褒めてくれてありがとな」
「いいよいいよ!まだ違和感があるけどもう少し練習したらえっと......アリスはすぐ"メスガキ"になることができるよ!僕でよかったら全然練習相手になるよ!」
そのありがたい言葉を素直に受け取り、俺はミカと一緒に"メスガキ"を演じられるように練習するのであった。