2-1-3.
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「勝者、ディードリク殿下!」
判定の声を合図に、周囲から歓声が上がった。
「見たか、あの最後の一撃の鋭さったら」「凄すぎ」「流石だ」
「さすがですね、我が国の最強剣士が王太子殿下とは。これからは騎士団を殿下に守って頂かねば」
参りましたと剣を取り落とした両手を挙げて、降参のポーズを取られて苦笑する。
騎士団内における試合形式の練習に特別参加をさせて貰ったのだ。
本気のトーナメントであるならまだしも、誰もが怪我のない範囲でやり取りしているだけだ。
「花を持たせて頂いて感謝します」
せっかくの思いやりを台無しにするつもりはなかったので、あくまで小声で礼を告げ、放り出されたままの大剣を拾い上げて、まだ地に膝をついたままでいるサーフェス副団長に差し出した。
王太子に怪我をさせる訳にはいかなかっただけだろうに、リップサービスまでしてくれるとは。副団長という立場はいろいろ考えることが多くて大変だと思う。
素直に剣を受け取ってくれたサーフェス副団長は、しゃらりと涼やかな音を立てて愛剣を腰の鞘へと納めると、ガッと両手で僕の手を取った。
「本当に、お強くなられましたね。素晴らしき才能に敬服いたします」
真剣な目と掴まれたの手の力強さと大きさに、少し怯む。
頭ひとつどころではなく、自分の背は副団長の胸元までしかない。
髭の一本も生えず、どれだけ鍛錬の時間を取ろうとも筋肉らしきものも薄っすらとしかつかない。そんな自分との差からくる余裕を感じるのも悔しかった。
むしろ鍛錬のやり過ぎで細くなった気がしたので、ここ数週間は減らしている。
だから細いままなのかもしれないが、倒れる訳にもいかないので仕方がない。
食べればいいのだろうか、それも気が向かないのだ。どうしようもない。
「ありがとう」
胸の中で渦巻く引け目を、表に出さないようにするのが精一杯だった。
剣を持つのに不便を感じたことはないが、それでも自分の身体の線の細さを思い知らされる。
副団長が片手で軽々と扱う大剣を拾い上げることすら、かなり力を込めねばならない。そんな非力な国一番の剣士が、どこにいるというのだ。
愛用の細剣の柄を握りしめ、剣士としての礼をとり、鍛錬場を後にした。
***
「殿下。今日は調子が良さそうでなによりでした。いつもこの位よく動けるようになられると安心できるのですが。さぁ、この後はすこし休憩を入れてください」
「清浄。魔力があり余ってる僕には、どちらも必要ないよ。執務室に茶の用意だけしてくれればいい」
上から目線で褒められてカチンとくる。
嫌味たらしい侍従が差し出してくるタオルと共に、言葉もすべて拒否した。
そもそもこのロバートという侍従は、いくら副騎士団長からの直接の誘いを受けたとはいえ、今回の練習戦の参加を僕が受け入れたことに納得していないらしい。
「まだお身体が出来上がっていない時に、無理をし過ぎては成長に支障をきたすかもしれません。尊い御身に怪我をされたら如何するつもりです」
そう言われて、すごく頭にきた。
「いざという時に総大将となる身としては、そんな妄言を聞き入れる選択肢はない。そもそもお前は僕の行動に口出しできる立場にはない」
「では、そうドラン師に報告しておきます」
ドラン師の兄弟子でもある侍従は、僕の強い言葉に口元を歪ませながら頭を下げた。
茶の手配に行くのだろう。僕に背をむけてまっすぐ廊下を歩いていく。
実際にドラン師のところへ告げ口に行ったのかは分からない。
だが、憤慨していることを隠そうともしないその後ろ姿に、『まだ未熟者の癖に何を言っているのか』と言われている気がした。
そうは言っても、所詮は魔法による直接攻撃だけでなく属性付与攻撃すら禁じられた練習試合だ。
魔法剣士として身体強化と防御力強化のみ許された試合において、無尽蔵の魔力量を誇る王族である僕が、一体どんな怪我をするいうのか。
たしかに調子がいい時と悪い時があるという自覚はある。
魔法が発動しないとかそういう事ではなく、同じ魔法を同じように発動させても、消費する魔力が少なかったり発動が瞬時だったりする事がある、というだけだ。
『調子がいい時があるということは、調子が悪くなって突然すべての魔法が発動しなくなる事だってあり得るではありませんか』
言い辛そうにしながらも、そう口に出された時の不快感は忘れられない。
調子の良し悪しの理由を探る為にも鍛錬は大切だし、そもそも今回のように温い規定の練習で痕の残るほどの傷を負わされるようでは、軍の総大将として相応しくない。
賢王と謳われる父王の治世は平和で、戦争など起こるとは思えないが、だからといって鍛錬を怠ることは愚の骨頂だと何故分からないのか。
「休憩は、執務室で書類を読みながら飲む茶だけで十分だ」
花を持たせて貰った試合程度で疲れ切ったりしないと伝える為にも、王太子としての務めを優先する。
「しかし、正しく休息を取ることも、大切な鍛錬のひとつだと」
追い縋ってくる侍従とこれ以上話しても無駄だと判断し、目を合せることなく廊下を進む。
彼の言う休憩に、あの味のしないもそもそとした何かが出てくるのは確実だろう。
その方がよほど心にも身体にも悪い。
相変わらず僕の食卓に上るのは、味のほとんどしない繊維質で咽喉に絡む不思議な食べ物ばかりだ。香りや食感だけはいい。
どれを食べても味は誤差の範囲で、香りと食感が違うことだけが救いだ。
気の乗らない食事のせいで食欲は落ちているのに、体重が減らないのが不思議だった。
いや、成長期であるにもかかわらず、これほど鍛錬をしてもほとんど背も伸びなければ筋肉もつかないままなのは、我が国の王族の体質的なものもあるのだろうが、あの食生活が原因だと思う。
だが体調は、悪いということもない。
ただ心が、疲弊していく。
それだけだ。
「最小限のあの動きだけで、サーフェス副団長の剣を避けられるなんて。俺には無理だな。すごい」