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好きを取り上げられた王子様は  作者: 喜楽直人
第三部 側近ブレト・バーン
83/128

2-3-14.



 いつも笑顔でもどこか冷めた顔つきで僕を観察していたポールが、上機嫌で笑って仕事をしている。


「ようやく側近としての立ち位置がフラットになりましたね。次に入ってくる新入りも喜ぶと思います」

 弾む声で話すポールからは、これまで感じていた敵意にも似たマイナスの感情がほとんど消え去っていた。それはとても喜ばしいことのはずなのに。


 僕は、ひと晩悩んだ末にポールの申し出を受けることにした。そのことに後悔なんて全くないのに。


 なのにどうして、ため息が出てしまうんだろう。



『騎士団による遠征演習の際の、執務室での留守番役はブレトに。ポールには僕付きの侍従として行軍の同行班へ入って貰うこととする。まぁ実際にお世話をして貰う訳じゃないから、もしもの時の看病役ってことになるのかな。あ、いっそのことふたりでお留守番してる?』


 もう決めたことだからと告げた時のふたりの表情は、当たり前だけどまるで正反対だった。


『やったー!』

『ディード様、本気ですか?』

 全身で喜びを表現するポールとは対照的に、愕然としたブレトの顔が胸に痛かった。

 今すぐ取り消したいと思う心を押さえて告げる。

『本気だよ。それと、ポールは僕と一緒に歩く訳じゃないから、ブレトの試練も無しでいいよね』

『やった!』

『ディード様!』

『通常通り、王太子付きの近衛にひとり付いてきて貰うことにする。昨日の今日で悪いけど、変更点について騎士団に報告しておいてね、ブレト』


 更に、ブレトによるポールへの試練は認めないことや同行者にブレト以外の近衛を指定したせいで、ブレトが完全に絶望した表情(かお)をしているが分かったけれど、それにも気付かない振りをした。


 だってブレトが一緒に行軍してくれたら安心だけれど、それじゃ示しが付かない。

 ブレトと一緒に行軍に参加してしまったら、僕がひとりで成功したと認める人はいないんじゃないかって気がして仕方がないんだ。

 全部ブレトと一緒じゃないとなんにもできない人間になってしまいそうで、怖かった。

 このままだと僕はきっと、いつまでもブレトに寄り掛かったままになってしまう。

 ブレトに好きな人ができる邪魔を始めてしまうかもしれない自分がとても嫌だった。

 僕はこれ以上ブレトの負担にはなりたくない。


 ブレトは全然納得してないみたいだけど。でも説明は、できない。


 横から強く感じる視線に気が付かない振りをして、書類から顔を上げずにポールの無駄話に付き合う。


「これからも側近を増やす予定はあるけど、まだ誰と決まった訳じゃないよ」

「えぇー? あのですね、ブレト卿は文官ではないんですから。あんまり書類整理を押し付けちゃ駄目ですよ。負担が大きすぎます」

「そうだね」


 僕が肯定すると、ポールは満足そうに一層笑みを深めた。


「ようやく御理解が頂けたようで嬉しいです。これできっと、ブレト卿もディードリク殿下も伴侶を得る準備が捗りますね」


「そうかもね」


 伴侶。父王から婚約者を探すように言われていたことを今更思い出して、憂鬱になった。

 ドラン師のことがあったので何も言われないのを良い事に、僕はこれまで何もしようとしてこなかった。後ろめたさとか色々ごちゃまぜにあって、見ない振りをしてきたけれど、確かにそろそろ無視を決め込むのも限界だろう。


 もうすぐ僕は18歳になる。

 20までに結婚しようとしたら、19歳までには婚約者を決めなければならない。

 婚約者を決めてすぐに入籍できる訳じゃないからね。

 準備期間も告知期間も最低でも1年、できることなら2、3年は欲しいところだ。


 僕はもう、美味しいものをたくさん食べるようになって、体力もついてきた。

 色んなことに挑戦出来るようにもなった。

 楽しいと思うこと、好きだと思えることも、増えた。


 でも──僕が伴侶に求める相手の手を取ることは出来ないということがハッキリしてしまった。


 隣の席で書類を纏めるブレトへ視線を向けたいと思う気持ちに蓋をして、目を伏せる。


 この話題、いつまで続けるつもりなんだろう。

 できることなら、ブレトのそれは訊きたくないな。


 そんな僕の気持ちにまったく気が付く様子のないポールはしゃべり続ける。


「ディードリク殿下の好みの女性ってどんな感じですか?」

「なぜ?」

「ご令嬢を紹介したいなーって」

「なぜ?」

「なぜってそんなの、ご令嬢の御実家に恩を売れますからね!」


 堂々と仕える相手の個人情報を売ると言い出した側近に頭を抱える。


 どうしよう。侍従長のお孫さんだけどクビにしてもいいだろうか。

 クビにしたい。出来ることなら今すぐにでも。


 ずっと、この視線に認められてこそ一人前だと周囲から認められると思っていた。

 侍従長から推薦を受けた孫、いわば身内のような存在に認められないなんて、負けだと思っていたから。


 でも今の僕は、そのことに価値を感じられなかった。


 ポールから認められることで手に入る気がしていた自信。

 それを掴んでこそ、未来は明るいものにできるとずっと思ってきたのに。


 自分が投げやりになっていることには気が付いている。


 だって、僕が進むこの先にある未来は、ブレトの一番傍ではないのだから。

 僕の隣に伴侶となる女性が立つように、ブレトにはブレトの伴侶ができる。


 ──そんな未来しか、ないのだと思い知る。


 でも僕は、そんなもの、欲しくないな、と思ってしまうのだ。


 ポールを辞めさせたからと言って、僕が婚約ひいては結婚をしなくていい訳じゃない。分かっている。

 僕は、王族の血を残さなくてはいけないのだから。

 臣籍降下してしまうと、何故か僕たちの血は子へ繋がらないことが分かっている。

 王族として子を得てから家臣へ下ったとしても、何故か臣下に下ってしまってからは、王族の特徴を持つ子は産まれない。


 王族でいることは何かの呪いのようだと思う。

 まるで、この国を守るための、魔法が魂に刻まれているようだ。




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