2-3-13.
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「ブレト……」
──こんなに。こんなにブレトが怒っているは、僕のためなんだ。
それが伝わってきて胸が熱くなった。どくどくと胸の動悸が激しくて。身体の奥の奥まで痺れるような、深い感動で震える。
「っ」
ブレトの迫力に気圧されたのか、虚勢を張り切れなくなったポールが言葉もなく逃げ出していく。
「あ、ポール!」
思わず後を追いかけようとしたけれど、ブレトに肩を掴まれて止められた。
「ひとりにしてやりましょう。アイツには少し頭を冷やす時間が必要です」
「そう、だね」
首を横に振るブレトに同意する。
それに、すぐに追いかけて行って捕まえたとして、ポールへなんと言えばいいのかすら分からない。そんなの意味がない。
「僕、まだまだ子供のままなんだなぁ。早く、ひとりでなんでも出来るようにならないとだよね」
「ディード様。そんなに急に、大人になろうとしなくても、いいのではありませんか」
「駄目だよ。僕、これでもこの国の王太子なんだよ」
「それでもです。あれだけ大変な目に遭われたというのに、挫けなかった。それだけで十分頑張られていると思います」
「あはは。本当にブレトは僕に甘い。……でも、ありがと。それと、ごめんね?」
「ディード様?」
「ブレトに甘えてる自覚がなかった訳じゃないんだけどさ。それにしても、僕、甘え過ぎてたよね。ごめん」
「いえ、そんな。俺は全然気にしてないです」
「でも!」
「……ディード様?」
「でも、……ブレトだって、自分の好き、を、探しに行かないと、だよね。ごめん。僕、邪魔してたね」
「ディード様……そんな。一緒に探すんじゃなかったんですか」
「うん。でもさ」
──僕はブレトの、一番すき、に、なれないから。
「僕にはまだ、好きな食べ物や趣味を見つけるだけで、いいかなって」
こんなことになって、ようやく見えた自分の好きは、すとんと僕の心に納まった。
言葉にすることは、できないけれど。
「ディード様」
心配そうに眉を下げてる。そういう表情をしていると、ただでさえ垂れ目気味なブレトの顔は、まるで死んじゃいそうに見える。ふふ。
それほど心を尽くしてくれるから、だから手を離す事だって、できるんだ。
「でも、ブレトももういい年齢だもんね? 15も下の僕に付き合わせてたら適齢期を過ぎちゃうもんね。お嫁さん貰えなくなっても可哀想だしね」
笑えているかな。せめて、ブレトにだけはちゃんとそう見えるといい。
「ディードさま?」
「ポールってば、逃げ癖ついちゃったのかな。就任したばっかりなのにさぁ。何度目だよね。仕方がない奴だなぁ。ポールの分の仕事もしなくちゃいけないから、ブレトは早く騎士団との折衝を済ませて戻ってきてね」
机の上の書類を確認する振りをして顔を俯け、視線を逸らしたまま席に着く。
そのまま書類に目を走らせる。と言っても目は文字を上滑りするばかりで、まったく意味をなさなかった。そもそも同じ行を目が行ったり来たりするばかりだ。
それでも、ブレトが動き出すまで顔を一切上げるつもりはなかった。
しばらくそうやって仕事をしている振りをし続けたけれど、動く気配はまったくしない。
視線が突き刺さってくるのが辛くて、手をひらひらさせてブレトの退出を促した。
「……」
ついにブレトは深く頭を下げると、執務室から出て行った。
たぶんきっと、僕にも気持ちを整理する時間が必要だって思ってくれたんだろう。
もしかしたらブレト自身にも、時間が必要なのかも。
それは、僕がそう思いたいだけなのかもしれないけれど。
でも、ブレトは僕に過保護だから。
それはもう、まるで雛を守る親鳥のように。
大事にされている自覚は、ある。
僕が、心を寄せてしまうほど。
ブレトの忠義のその意味を、都合よく考えてしまいたくなるほど。




