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「はぁ。まぁいいです。その件については後ほどゆっくりお話しましょう。それでポール卿。俺とディード様が休日に一緒に出掛けることに対して、不満があるそうだな。仲間外れにされたと本気で思っているのか」
──! ブレトは一体、どこから話を聞いていたんだろう。
思わず変なことを口走ってないか、心配で顔が赤くなった。
「そうですよ。当たり前じゃないですか。だって、ズルいです。ふたりでばっかり一緒に出掛けて。俺はいつも留守番で」
「そうか。では、次の休日は連休を取ってくれ。俺と合わせて一緒に出掛けよう」
「!?」
「!!!」
吃驚し過ぎて、思わず声も出せなかった。
それはポールも同じようで、目を見開いて返事すらできていない。
固まったままのポールを、ブレトはまっすぐ見つめてそうして言葉を続ける。
「ディード様の遠征演習に、ご一緒したいのだろう? 俺の代わりに。ならば、ポール卿にその実力があると、俺に証明して貰わなければ」
「じ、実力って?」
「まさか、騎士団名物新人騎士の遠征演習がどのようなものか知らずに、同行を申し出た訳ではあるまい。なぁ、優秀な侍従兼側近どの?」
「それは……でも、王族には特別に馬車が用意されて、それで医療班なども同行するとお聞きしてます。だから俺も馬車に乗ってついていけばいいだけなんでしょう? それ位なら俺にだって務められますよ」
「同行班は多いさ。それは当然だろう。成人の儀を終わらせたとしても、王族の方々は皆、成長がゆっくりなのだ。尊い御身になにか遭ってからでは困る」
「では、」
「でもポール。僕は普通に、新人騎士たちとの行軍に参加するよ? いや、これまで参加してきた僕以外の王族だって、普通に行軍に参加してる」
「え? う、嘘だ!」
「嘘って。酷いな。僕はこの国の王太子だよ? なんですぐバレる嘘をここでつかなければいけないのさ」
「でも、そんな……そんな細腕で、できる訳がない」
「ディード様は嘘などつかない」
ばさり。ブレトは手にしていた騎士団への折衝の為の資料をポールに読ませた。
「そんな……」
「だいたい僕に護衛が要らないって言い出したのはポールじゃないか。それなのに、僕が行軍を達成できないって判断するってどういうことなの?」
「……」
黙ってしまったポールに、ブレトが追い打ちを掛けるように言葉を続ける。
「連休を取って、夜通し歩いて陽が昇ったら歩いて戻り、翌朝に登城したら騎士団の訓練に参加して貰う。侍従と兼ねる文官としての側近ならばと思っていたが、俺に成り代わりたいというなら護衛ができる腕が欲しい。有事の際には、殿下を連れて友好国まで逃げ切る体力と知力もだ」
証明してみせてくれ、とブレトに言われてポールが悔しそうに睨めつけた。
「そんなの。できないって分かってていうのは嫌味でしかないんですけど」
「では『できもしないことをやらせろ』と言い出すのは、なんて言うんだ?」
ブレトの問いにポールが羞恥で顔を真っ赤に染めた。書類を掴む手が震えている。
「いいか、ポール卿。俺の存在が気に入らないのは分かる。お前は優秀だという触れ込みで此処へ入ってきたからな。二番手扱いは気に食わないだろう。関係が確立してしまった場所に後から入ってきて焦る気持ちは分からないでもないが、嘘までついて、強引に割り込むのは駄目だ。実力以上に見せようとしても、結局それが出来なかった時は自分の価値を下げるだけだ」
「できもしないことだなんて、そんな。そんなつもりはないです。そもそも護衛がいらないほど殿下がお強いのは間違いないですし。そんな大袈裟な護衛なんかいらないんじゃないですか。こちらとしては、ブレト卿にばかり負担が集中しているのは良くないと気を使ったのに。酷い言い草しますね」
「集団に襲われて自分だけが生き延びるのと、誰かを守りながら逃げるのは、どれだけ難易度が変わるか。優秀な侍従という話だったが、そんなことも想像できないのか」
「そんなことにはなりませんよ。誰が我が国の神とも崇められている王族を襲おうとするっていうんです?」
へらへらと笑って言い逃れを続けるポールに、ブレトの眉間の皺が深くなる。
見たことないほど、怖い顔だ。不安からか、僕はぎゅっと手を握り締めた。
「そもそも、ここには仕事に来ているんだろう、ポール卿」
「勿論ですよ」
「ポール卿に休みがないというならクレームも仕方がないと思うが、殿下の休日の使い方が気に入らないというクレームに耳を傾ける義務などディード様にはない。お忙しいディード様にお前の個人的な気持ちを強要するな」




