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好きを取り上げられた王子様は  作者: 喜楽直人
第二章 ディードリク・エルマー・グランディエ 第一部 摘み取られた薔薇
8/124

2-1-2.



「ディードリク兄様、今日のケーキもすっごくおいしいですよ!」


 どうやら我慢が出来ずに先に食べ始めていたらしいハロルドが大きな口で苺のタルトレットを頬張っている姿に、頬が弛んだ。


「おいおい。そんなに大口を開けて食べてはいけないよ、ハル。そんな王子の姿を見せたらご令嬢たちに幻滅されてしまうよ」


 弟のハロルドもそろそろお茶会などの席にも慣れていくべきだろうと、母上か僕のどちらか、たまに父上の場合もあるが時間が取れる者がハロルドと一緒にお茶の時間を過ごすようになった。


 今日はひさしぶりに僕の番だった。


「お茶会って、サロンでしか開かないんだと思ってましたよ」

「天気のいい日は庭で開かれることも多いさ。招待客が多い時は、庭にたくさんのテーブルを用意して圧巻だよ。王城で開く時はハルもホスト側だ。ちゃんと覚えていかないとな」

 偉そうに兄ぶる僕の言葉に、ハロルドが「うへえ」と顔を顰めてみせた。


 今日はふたりきりなので、ガゼボの中だ。母上の好みで最近作られた鳥かごのような形をしている。

 清々しい風にのって花々の香りが漂う。

 そういえば、取り囲むように植えられた花々の名前と特性も覚えて、会話に繋げられるようにしなければいけなかったんだったと与えられていた課題を思い出して眉をしかめた。


 王太子になってから与えられた執務室で飲む、ただ息抜きの為に用意されるお茶とは違い、手順やタイミングなどもいろいろ違う。

 これが母上や父上が一緒にいる時は客を招いている時のように本番さながらの緊張した時間となる。

 今日も、本当はもっと気取って練習なのだと心して席に着くべきなのだろうが、ハロルドとふたりしかいないのに、いつまでも肩肘を張っていられなかった。


 タルト生地の上にカスタードやフィナンシェを詰めてナッツや果物が飾られている華やかな見目のタルトレットは、確かに頑張ればひと口で頬張れそうなサイズだをしていた。


 だが、本当にそうしたら飲みこむまで時間が掛かってしまうし、なによりあまり綺麗な食べ方はできない。


「ハル、口元から苺の汁が垂れてる」


 指摘してやれば、慌てて膝上に敷いていたナフキンで口を抑えた。

 そのままムグムグと咀嚼して飲みこむと、慌てて紅茶を飲んだ。

 ぷはーっと大袈裟なほど大きく息をはくと、目を輝かせて報告し始める。


「あのね、さっきこっちのサクランボのタルトをひと口で食べたら、サクランボの味とカスタードソースの味が口の中いっぱいに広がって、すっごくすっごくおいしかったんですよ! 是非、兄様もやってみてください!」


 苺は果汁が多くて失敗しちゃいましたけど、と笑う弟はとてもかわいい。


 けれどそれが許されるのは、ハロルドが気楽な第二王子だからだ。

 王太子である僕がそれをするのは許されない。


「そうか。では私は果汁の出ないナッツのものをいただこうかな」

「えぇっ、兄様ずるいです」


 お茶を用意してくれていた侍女が、タルトレットを盛り付けしてくれようとするのに必要ないと軽く合図を送って、一番手前に並んでいたタルトレットを自分で皿に取る。


 キャラメリゼされているらしいナッツの艶やかな色。

 食欲を誘う香ばしいバターとナッツの香りが鼻をくすぐる。

 ちょっと悩んで、ふたつ乗っている片方の根元の部分にフォークを入れると、サクッと小気味のいい軽い音を立てて綺麗に割ることができた。


 粉々にならなくて良かったという喜びを表情に出さないように気をつけながら、ゆっくりと口へ運んだ。


「!?」

「おいしいですよね! ボクもそれ最初に食べましたよ。でもやっぱり果物が乗ってる方が好きですけど、ナッツのもおいしかったです」


 満面の笑みを浮かべて同意を求める弟を否定する気になれなくて、僕は曖昧に頷いた。


 あぁ、ついに晩餐の席だけではなくなったのだと気分が沈む。



『好きなモノができれば、嫌いなモノができる。あなた様は自分の内に、この国自体以外には特別な物を作ってはいけません』


 ドラン師のご高説が頭の中で聴こえてくる。


 “おいしい”を取り上げることが、王太子としてどうして重要なのかまったく分からない。


 それでも、この国でもっとも高名な教育者であるドラン師を、ディードに論破することはできなかった。

 反発するればするだけ、無能で何も分かっていない子供扱いされるのだ。

 それは、思いの外ディードの心を削っていった。

 今はこれ以上、子供扱いされるのは受け入れられないという忸怩たる思いだけが残っている。



 口の中の水分を奪っていく繊維質のそれは、それでも香りだけは良くて、舌に感じるのっぺりとした味と、目と鼻から入ってくる情報により脳が期待する物との誤差に混乱する。


 それを表情に出さないようにするのに精一杯で、お茶の席でハルが楽しそうに報告してくれた会話の中身はほぼ素通りしていった。





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