2─3ー9.
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こんなに寒いのに。絶対に風邪を引く。
訓練場は当たり前だけれど障害物などなにもない吹きっ晒しの場所で、陽射しのない曇天の空の下、吹く風は身を切るように冷たい。
子供みたいに意地を張って、「大丈夫だ」と訓練に参加した王太子殿下に呆れた。
確かに鍛えることは大切だ。でも本人は17歳だなんて思えないほど細い。正直華奢を通り越して脆弱だとすら表現したくなる。遠目から王族として仰ぎ見る時と違って、すぐ目の前にしている青年というより幼い少年と表現したくなるその身体に、次代の王としてその重責に耐えられるのか疑わしくなってしまうのも仕方がないんじゃないかと思う。
流れるような白金の髪も、けぶるような濃くて長い睫毛に縁どられた金色の瞳も。まるで人間とは思えない。
白地に金の入ったディードリク殿下のためだけに誂えらえた騎士服を着て特注の細剣を構えている姿は、細い手足とその長さも相まってまるで精巧な人形のようだ。
強い光を持つ瞳と、くるくると変わる表情が、それを裏切っているけれど。
今朝の言い合いを思い出し、眉を顰めた。
殿下は、何故あれほどポールの言葉すべてに対して反抗するのだろう。
侯爵家の跡取りとして養子に迎えられる筈であったところを、是非にと乞われて此処へ来た。それに相応しい態度というものがあるはずだ。
留学もした。世界を見てきたポールはこの国の狭い視野から解き放たれて、多角的に物が見れるようになった。だから、確かにこの国の王族の魔力量の多さやそれによる近隣諸国への軍事的抑止力には敬意を持っている。
だが、ある意味たったひとつの血統だけに頼っていては駄目だと思っている。その血が絶えた時の反動に、耐えられる力が今現在この国にはない。
一侯爵領を治めるよりも、国の中枢に入り込んでその威勢を揮う方が面白そうだと思って、祖父からの要請を受けたというのに。
「まるで、お客様扱いというか、お邪魔虫扱いというか」
侍従としてしか必要とされていない気がする軽すぎる扱いに不満が募る。
自分よりずっとディードリク殿下に近い場所を許され、今もずっと近い場所で見守ることを許されているもうひとりの側近ブレト卿の背中を見遣って、目を眇める。
一体、自分のどこが信頼できないというのだろう。王太子殿下より、歳も上だ。頼られてもいいはずだ。
確かにブレト卿の方が上かもしれないけれど、近衛騎士として信頼を得ただけでしかないブレト卿よりも、ポールの方がずっと世界というものや物の道理について知っているというのに。
まだ成長途中だということなのだろう。容姿も、心も。
「はぁ。子供なら大人しく、大人の判断に従えばいいのに」
ため息を止められない。
ディードリク殿下は、その幼さ故に、国王として国を背負って立つよりも、誰かに守って貰う方がよほど合っている。
でも思ったよりも剣の腕は悪くないんだなぁ、と細剣を片手に模擬戦を行っている背中を遠くから見守る。
「あ。また勝ってる」
ディードリク殿下より頭2つ分以上も背の高い騎士が振った剣を、今朝掴んだばかりのあの細い腕が軽々と受け止め、捩じ上げる。それだけでも信じられないというのに、そのままあっさりと相手を弾き飛ばしてしまう。
何度見てもちょっと信じられない光景だ。
「ディードリク殿下って」
「ああ。凄いよなぁ。見た目を裏切る強さだ」
「あんなに華奢なのに」
「魔力量が桁違いだからな」
「あぁ。身体強化ですね。なるほど、どんなに幼く見えても王族ってことですか」
「おいおい。幼いだなんて。やめとけよ。我が国の王族の成長がゆっくりなのは、今に始まった事じゃないんだし」
「まぁそうですけど」
「気持ちは分かるけどな」
ぽん、と気安く肩を叩いてきた騎士が「よぉし、次は俺の番だ!」と剣を片手に前へと進む。
そうしてあっさりと、あまりにもあっけなくディードリク殿下に剣を弾かれ「参りました」と声を上げていた。早い。
訓練の終わりに、タオルを差し出し「お強いですね」と声を掛ける。
「ありがとう。でも大丈夫だよ」
微笑んで礼を告げつつも、「清浄 ……ね?」と魔法で済まされてイラつく。
「前にも忠告しましたが、あまりちいさなことにまで魔法に頼られるべきではないのではないですか?」
生活のすべてを魔法に頼るつもりなら、侍従など必要ないだろうに。なんで俺を侯爵家の養子にさせず、欲しがったりしたのか。
「これ位、なんともないよ」
ひらひらと振られる手が、癪に障る。
「そう、ですか。そうですよね、王族ですもんね」
「あはは。そうだね。でも最近は特に、今までに比べて必要になる魔力が減ったというか魔法効率が良くなった気がしているんだよね」
「細かい操作が安定していなかったとお聞きしています」
「ねー? ご飯美味しくていっぱい食べるようになったからかな。今なら誰にもそんなこと言わせないで済むよ」
自信に満ちた瞳だった。
楽観的過ぎるそれが、妙に苛立たしい。
いいや。俺との会話中ですら、隣を歩く男から視線を動かそうともしないことだって、腹が煮えくり返る。
「では、もっといっぱい食べて、もっと大きくならないとですね」
「ブレトまで。ヒドイや」
じゃれ合うふたりの世界から疎外されている自分が悔しい。




