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「無視するとか、陰険すぎませんか? これが美人なご令嬢相手だったら、こんな冷たい態度取らない癖に」
ポールが、ぶちぶちと恨み言を呟く。
それでも、僕としては断固無視しようとしてたんだけど、あまりにもしつこくポールが喚くからだろうか。ブレトが拳を握りしめた。
「どういう意味だ」
「ブレト、相手にしなくていいよ」
もう一度鉄拳制裁を加えようとしているようなブレトを今度こそ止める。
さすがに元近衛に本気で殴られたら、侍従でしかないポールは大怪我をしてしまうかもしれないからね。
「ねぇポール。僕よりずっと歳上の大人の男性が、自分を可愛いと称するのはどうかと思う。恥ずかしくないの?」
「うっ。殿下の正論パンチが胸に痛い」
ポールが胸を押さえてよろめいた。
糸目ではあるけれど、顔のデッサン自体は整っているからそんな馬鹿な大袈裟でコミカルな動きも似合っている。でも、いい加減にして欲しいんだよね、そういうの。
「もう。演技派だなぁ。馬鹿な事ばっかりしてないで、仕事してよ」
ブレトとの会話も途切れちゃったし。早く区切りの良い所まで仕事を終わらせて早く一緒にお茶がしたい。
「そうだぞ。ディード様ならともかく、ポール卿に可愛いは無理がある。ありすぎだ」
「えっ」
思わず手が止まる。やばい。顔が、熱い。赤くなったりしてないよね、僕。
慌てて手にしていた書類に顔を向けた。
「うわぁ。そういうとこ直した方がいいですよ、ブレト卿。そんなんだから、たくさんの女性を勘違いさせるんですよ。ホント女泣かせだなぁ」
ポールの言葉に、耳がぴくっと反応してしまう。
そういえばポールはさっきもブレトのことを、色男とかなんとかそんなこと言ってたな。
「先ほどから、なんなんだ。なぜ俺がたくさんの女性を泣かせるんだ? そんな非道したことはないぞ」
憮然とした表情で、ブレトが抗議した。
あ。よかった。やっぱりブレトもそれを言われるのが納得できないんだ。
「あぁやだやだ。誉め言葉が自然に口をついて出るタイプって、本当に厄介ですよねぇ。そうやって、自分の言葉選びが悪いのに周囲が勝手に誤解したんだって言い出すんですよねぇ」
「何を言いたい、ポール卿」
「ねぇ? 殿下も、そう思うでしょう」
ブレトの圧から逃れるように、ポールがくるりと僕の方を向いてじっと目を見つめられた。
その視線はまるで、さっきの僕に対して、勘違いするなと釘を刺している気がした。
「ブレトは……ブレトは、真面目で、僕が誰より信頼してる側近だよ。変なことばっかり言ってないで仕事して。こんな馬鹿なことばっかり言い続けるなら、側近から外すから。いいね、ポール?」
「あー、それは勘弁してください。祖父さんに殺されます」
両手を挙げたポールが「侍従の仕事してきますっ」と宣言して、執務室から出て行った。どうやらお茶の準備をしに行ったようだ。
「逃げましたね」
「逃げたね」
去っていくポールの背中を見送り、はぁ、とふたりで同時にため息をついた。
ふっと視線が合って、ブレトと一緒に笑う。
「戻ってくるまでまだ少し掛かるでしょうし、切りの良い所までやってしまいましょうか」
「うん。でも、丁度いいといえばいいのかも。これは手を付けたばかりなんだ」
「そうだったんですね。では決裁済の書類を文書科へ届けてきましょうか。それ位の時間はありますよね」
決裁した文章は、各部署に廻す前に文書科へ持って行って承認番号を受け管理することにしたのだ。
まず上申書や補助金申請などを行なう際に必ず2枚同じ書類を提出して貰い、受付した証明として、受付した部署に割り振られた記号と日付、そして何番目に受けつけたのかのナンバリングを受付番号として申請者へ発行する。
その受付番号と決裁時の承認番号を、文書科で紐づけして保管しているのだ。
そうすることで、問い合わせがあった時に個人の記憶に頼らなくてよくなっている。
導入時は面倒臭いという声も上がった。だが運用してまだ半年しか経っていないけれど、書類がどこかで紛失したり誰かのところで止まってしまうことも無くなり、担当者が休みをとっても問い合わせに対応し易くなったと、現場とくに実際に実務にあたっている者の間で概ね好評のようだ。
まぁ仕事の手順は増えたのは間違いないんだけどね。
王太子になって初めて自分で立ち上げた改革だったから、受け入れられて本当にホッとした。
「ううん。それこそ帰ってきたらポールに任せるよ」
「そうですね。何処に行くか報告せずに席を外すなんて、側近として不適格ですからね」
「自分で準備したお茶が冷めても、お菓子が無くなっても、側近のお仕事はしてもらわないとね。仕方がないよね」
「ですね」
ふふふ、とまた笑いあった。
いいな。こういう瞬間がいい。




