2-2-18.
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大会議室は、突然の呼び出しを受け集められた関係者たちで犇めき合っていた。
定員数以上の椅子が持ち込まれ、部屋をぐるりと取り巻いている。
シャンデリアで照らされた者たちは、表情にこそ出していないものの皆不安に揺れていた。
早朝、突然国王から呼び出しを受けただけでも驚く。しかも議題を教えられていないにも関わらず、ここで見聞きしたことについて一切他言無用とまで書き記されていたのだ。
慌てて今日の日程をすべて変更して駆けつけた者たちは、会議室の雰囲気に吞まれ、隣り合わせた者と私語を交わすことすら憚られた。
その分、会議室の中央で跪かされたドランへ、疑義の視線が集中していた。
「グランディエ国、ルドヴィック・タンクレード・ グランディエ 国王陛下のご入場です」
入場の声に、会議室にいた者は皆一斉に立ち上がり頭を垂れた。臣下としての礼を取る。
勿論跪かされていたドランも、その場で深く床に付けんばかりに頭を垂れた。
「ドラン・クーパー。ここへ呼ばれたのは何故か、理解しておるか。あぁ、顔を上げての直答を許す」
早朝、突然家までやってきた騎士に連行され、理由も説明されぬまま掛けられた陛下からの問いに、ドランは憤慨した。
それでも矜持を胸に王への礼を忘れずに取る。
「わかりません。分かる筈がない。早朝やってきた騎士どのに突然連行されて、なにが分かるというのでしょう。私は、このような辱めを受ける筋合いはありません。身に覚えなど一切ありません」
堂々と言い切る。その瞳は爛々と輝いて、この国の王をまっすぐ見つめ返していた。
「残念だ。私はいま、とても残念で仕方がない」
失望した視線が告げていた。そんな目で見られたことの無かったドランは、拳を握りしめて憤慨した。
「なぜです! 私は真摯に、陛下から頂いた王太子教育総括として務めて参りました!」
「教育者として恥じる行為はしていない、と?」
「当たり前です!」
「即答するか」
ふうと大きく息をはいて、呆れた様子で玉座に肘をつく。
その態度にドランは大きく傷ついた。
「ドラン・クーパーよ。そなたは私に、ディードリクの魔法は安定に欠けると報告を上げていたな。『威力はあっても稀に発動しないことがある』と」
「はい。それを私の指導力不足だと仰るならば、甘んじて受け入れましょう。ですが、私でなくとも同じ結果であったと主張いたします」
ドラン師から堂々と指摘されて、隣の部屋で推移を見守っていたディードの身体が振るえた。
長年続けられた蔑みは、骨の髄まで沁み込んで僕の心から反抗心を奪ってしまった。
「『好きなモノができれば、嫌いなモノができる。あなた様は自分の内に、この国自体以外には特別な物を作ってはいけません』」
「!」
「そなたが、ディードリクへ行った教えだそうだな」
「勿論です」
「ふむ。恥じるところはない、と言った言葉は本当のようだ」
「えぇ。えぇ、勿論ですとも!」
「だがそれは、私にとっては間違いだ」
「!! ……ど、どういうことでしょうか。何かの謎かけでしょうか」
「この場にいる領主たちに聞く。お前たちは自領の民を愛しているか」
「勿論です」「愛しております」「当然至極でございます」
口々に回答する領主たちの声は、硬く冷たかった。
先ほどよりずっと鋭く冷たい視線が中央に跪くドランへと注がれる。
「畏れながら発言をお許しください。我々は先祖代々、一族が守ってきた地を愛さずにはいられません。その地に住む民を愛しております。民が懸命に作り出した産物に感銘を受け、自慢と誇りを感じます。領地の風景、一日の空の美しさ、水の恵みに感謝と敬意を抱いております。愛する領地を守り、民の笑顔にできることこそ、誉れであり幸せであると感じます」
ひとりの侯爵の言葉に、皆が頷いていた。
頭の痛い行動をとる民もいる。それでも投げ出したりただ武力行使による恐怖政治を行なわないのは、愛する地に住む民に幸せを感じて欲しいからだ。
「えぇ、そうでしょうとも。ですから私の教えも、国自体への愛を禁じてはおりません! 論点をずらすのはお止めください」
ドランは、遺憾だとばかりに憤慨した。
自分は国だけを愛せと教えたのだ。国=領地だという図式であるならば、なんらおかしいことはないではないか、と。
「では、ドラン・クーパー。からっぽの国を、どう愛せというのだ」
「え?」
「愛というのは、人から命じられて感じるものではない。義務から発生することもない。むしろ嫌う方向へ、人の心は動くのではないか」
「それは……しかし、それこそ王族の務め、義務でございましょう!」
「聞こえなかったか? 愛は義務から発生することはない。相手に対する敬意や好意があってこそ生まれる。そうして、嫌な言い方をすれば差し出したものに対して帰ってくるものが無ければ育つことなく消えてしまう儚いものだ。理想だけではいつか枯れ果てる」




