2-2-12.
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「王太子教育の総括であるドラン師から、『好きなモノができれば、嫌いなモノができる。あなた様は自分の内に、この国自体以外には特別な物を作ってはいけません』 と。それが帝王学というものだと教えられていたそうです。好きなモノを作らない為に、食べるものも読む本も、無味乾燥としたものばかりで毎日埋め尽くされていたようです。たとえば、ケーキやクッキーは小麦麸、肉料理は豆を擂り潰した何か、本なら法律書や歴史書といった勉強に役立つもののみ、といった具合だったそうです」
できるだけ淡々と。事実だけを説明していく。
淡々としすぎて、辛さが伝わりきっていない気がしたので、付け加える。
「それが、王太子教育が始まってすぐから8年間。ずっと続いたそうです」
「8年は、長いな。私のような歳になってからでも、長い。15歳となったディードリクからすれば人生の半分以上の時ということか。永遠にも感じた長さであっただろう」
「はい。殿下は、帰り際に買った何の変哲もない果実飴に、大喜びされました。ただの、庶民が小遣いで買えるような、飴なのに」
飴の甘さに喜ぶ姿を思い出して目が潤んだ。
ディード様は、望めば幾らでも、もっとずっとおいしいものを食べられたはずなのだ。
王族として、王太子として。この国で最も王族の中でも更に特別な人として。誰よりも豪華な食事に舌鼓を打つ毎日を過ごしたって誰にも文句を言われることのない御方なのに。
「ただの飴を喜ぶほど、か。ディードリクには、辛い思いをさせてしまった」
陛下の声に、後悔が滲んでいた。
小謁見室の空気が沈む。
会話に混ざりはしていないが、この場にはサーフェス副団長や王宮医師長、そして常なら2人いる筈の陛下の近衛がひとりだけ列席している。
たぶんきっと、ドラン師との繋がりがまったくないと言い切れる者のみがここにいるのだ。
王太子付きの侍従にジェラルド・キーツがいるように。王太子付近衛隊にそのジェラルド・キーツと繋がりのあるノンツォ卿がいるように。
この国のみならず近隣諸国まで鳴り響いた教育者としてドラン師の持つ伝手や情報網は根が深くどこまでも広い。
慎重な取り扱いを求められる今回の調査において、最初の一歩目から踏み間違える訳にはいかない。
今ここにるすべての者は、ディード様が幼い頃から努力してきた姿を知っている者ばかりだ。
一番歴史が浅い自分ですら憤るような非道な教育を受けていたと聞かされて、悔やまない者など居はしない。
文字になった報告書で読んで知るのと、言葉で伝えられるのは、やはり違う。
会話を重ねることで伝えたりない部分を補うべく自分は今ここに立っているのだろう。
陛下においても、昨夜聴取を受けたサーフェス副団長や王宮医師長からも報告を受けているのだろうが、直接話を聞かされるとまた違った感じ方をするのだろう。
国王とて、人の親だ。自分の愛する息子がそのような境遇に置かれていたと知らされて、苦しまないはずがない。
「そうか。そのような酷い教えをディードは受けていたのか」
天井を仰いだ陛下が、大きく息を吐く。
そうして前を向いた時には、父親の顔ではなく為政者の顔に戻っていた。
「帝王学の定義は揺らぎのあるものだ。国によって指導者が求められる強さも正義も違うものだからな。だからといって、人間らしさを奪うような教育が認められる訳がない。王とて人間よ。好きなもの、愛するもの以上に、守りたいと思えるものはないのだから」
ディード様がドラン師から受けていた帝王学の授業について、陛下からの見解をいただく。
確かにそうだ。国によって神だって違う。
善く生きる道が違うのだから、政に求められるものも違っていて当然なのだろう。
実際に政を執り行っている者としてのお言葉は実感が籠っているからだろうか。とても深い。頷くことしかできない。
自分以外にこの場に居合わせている者すべてが、陛下のお言葉に頭を垂れた。




