2-2-9.
■
「ブレト卿。このようなところで寝ていてはお風邪を召してしまいます」
寝れないと思ったのに、いつの間にかソファの背に身体を預けて寝ていたらしい。
朝食を届けに来た昨夜の侍従どのに揺り起こされた。
「え、あ。ここは……あー、いや思い出しました。失礼しました。大丈夫です、鍛えてますので、部屋の中で寝たところで風邪を引くことはありませんよ」
恰好付けて答えてみたものの、最初に間抜けな声を上げた状態ではどうにもならないようだ。
侍従どのの顔が笑って見える。
「朝食を持ってまいりました。食べている間に、湯浴みの準備をしておきましょう」
「いえ、どうぞお構いなく」
恐縮して理の言葉を告げるも、きっぱりと首を振られてしまった。
「この後、陛下と対談がございます。サッパリなさってからの方がよろしいかと思いますよ」
指摘されて、思わずスンスンと自分を臭った。
なるほど。確かに自分が汗臭い気がする。この部屋へと案内された時に用意して貰った清拭もまだ寝るつもりがなかったので顔くらいしかしなかった。そもそも寝衣へ着替えてもいない。昨日から着ている私服のままだ。
「陛下にお会いするなら、このままでは駄目だろうな。お手数をお掛けするが、よろしく頼みます」
素直に頭を下げた。
「畏まりました。着替えもご用意させて頂きます」
部屋を下がるならついでにと、サーフェス副団長へ朝方まで掛けて書いた補足の紙を届けて貰うように頼む。
侍従は「すぐに届けて参ります」と快く受け取って、今度こそ部屋から下がっていった。
確かに、湯浴みをしてもこの服をまた着て、謁見するのは不敬に当たってしまうだろう。
やらねばならないことが山積みだ。
俺は、急いで用意して貰ったオムレツとトーストを掻っ込んだ。
「旨いな」
カリカリのトーストはバターがたっぷり沁み込んでいるし、こちらも贅沢にバターを使ってあるのだろう綺麗な黄色をしたオムレツもふわふわで濃厚で最高だ。
同じ王城で食べていても、近衛として出されている食事とは素材もその調理方法も贅沢そのもの。別格の味わいがする。
「これを周りが食べている中で、豆や小麦麸の練り物をひとりで食べていたのか」
辛そうに笑う顔が、頭をよぎる。
突然、ディード様の苦難がリアルに迫ってきて、胸がぎゅっと痛くなった。
「くそっ。ふざけやがって。どうせ自分達は旨い物を食べ続けていたんだろうに」
持っていたフォークを添えられていたトマトに突き刺した。
真っ赤に熟れたトマトは瑞々しくて、果汁が弾け飛んだ。汚れた皿を見つめる。
王太子教育が始まってからの6年間、ドラン師もずっとディード様と同じ物を食べていたのなら少しは……いや、ディード様に押し付ける前から自分がそういった食事を続けてきて、その効果を自分で体感していたということなのだろうか。それなら、少しは見直せる気がしなくもない。
「でもやっぱり、老成期に入ってからの粗食と成長期の粗食は違う」
もりもりバリバリ。用意された朝食を次々と口へ運んで咀嚼する。
オムレツに掛けられていたチーズソースをトーストの欠片で拭って食べ、オレンジジュースとミルク、添えられていた飲み物もすべて飲み干し完食した。
窓の外は晴れて綺麗な青空が広がっている。
昨夜のことが嘘のように、いつも通りの、静かな一日が始まると感じさせる朝だ。
けれど、絶対に昨日とは違う日にしてみせなくてはならない。
昨日までの苦しみを、ディード様から取り除かなくては。
「湯浴みの準備ができています。着替えも準備してあります。汚れ物はランドリーに廻しますのでそのままで」
食器を下げに来た侍従どのからと声を掛けられたので、立ち上がる。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです。湯の準備と着替えも、ありがとうございます」
さぁ、気合を入れて。
戦いの準備をしよう。




